第37話

 翌日、俺とアゲハは昨日と同じくダンジョン一層に足を運んだ。


「よし、作戦はこうだ! まずアゲハが暴走する! 俺がエクスカリバーに負ける! これでいいな?」

「いいと思います」

「じゃー、さっそく暴走してみてくれ!」


 俺が叫ぶと、アゲハは困ったように眉尻を下げた。


「……えっと、どうすればいいのでしょう」

「それは……」


 わからん。暴走の発動条件ってなんなんだろう。


 こんなとき配信していれば視聴者のみんなに相談できるのだが、今回は配信していない。


 後々わざと負けたことがバーちゃんに知られるときっと面倒なことになるしな。あいつ、負けず嫌いっぽいし。


 二人で知恵を出し合って、とりあえず限界まで体力を使えば暴走するのではないかと考えて腕立て伏せをすることにした。


「はーち……きゅーう……じゅ、じゅー……あうっ」


 べちゃり、とアゲハはつぶれたが、暴走する気配はない。


「もうちょっとがんばってみよう。次はマラソンだ」


 一層を走らせてみる。


 十分ぐらい走ったところで「も、もう無理です……」といって倒れた。


 体力じゃないのだろうか。


 とりあえず木陰に移動して休憩することにした。


「すいませんアニキ……どうすればいいのかわからなくて……」


 エクスカリバーを抱きながら木によりかかり、アゲハはそういった。


「気にするなよ。お前は一生懸命やってるって」

「いいえ、ボクなんて……」


 俯いてしょぼくれるアゲハをみると、なんだかとても励ましてやりたい気持ちになる。


 俺はアゲハの頭を掴んで自分の額を押し付けた。


「お前ならできる。がんばろうぜ、いっしょに」

「あ、あ、アニキ! ち、近いです!」

「これくらい舎弟なら気にするなよ」

「あ、アニキ……ボク……ボク……アニキに優しくされると嬉しくて……もう……」

「アゲハ?」


 とつぜん、アゲハの膝の上に置いてあったエクスカリバーが光り出した。


「え、なんで!?」


 わけがわからない。いったいなんで暴走したんだ。


 いくら考えても答えは出てこなかったが、とにかくエクスカリバーが覚醒した。


「昨日の今日とはいい度胸だな、ご主人」


 バーちゃんに乗っ取られたアゲハがエクスカリバーを抜いた。ややこしいが、とにかく敵意むき出しってことだ。


 俺の仕事はこっからだ。最高の負けっぷりを披露してやるぜ。


「死ねええええええ!」


 バーちゃんが切りかかってくる。


 相変わらず凄まじい勢いだ。だが軌道が直線的なので雨水さんの太刀筋よりも避けやすい。


 負ければいいとはいえ、あまりにもあっけなくやられてしまっては嘘がバレる。それは逆効果だ。


 なるべくいい勝負を演じて、最後に負けなきゃならない。


「ちょこまかと! そんなに僕が怖いのか!」

「そりゃ刃物を振り回す奴が怖くないわけないだろうが!」

「ならこれはどうだ! ボルテクス・アロー!」


 バーちゃんが剣を振るうと、大量の雷の矢が出現した。


 直撃しても無傷。これじゃ負けようにも負けられない。


「どうした! お前の力はそんなものかバーちゃん!」

「バーちゃん!?」


 頭上に振り下ろされた剣を前腕で受け止めた。


「なんなのさ、バーちゃんって!」

「アゲハがお前につけたあだ名だ。嬉しいだろ?」

「馬鹿にしてるのか!? 僕は男だ!」


 あ、やっぱり男なんだ。


 魔法と剣技の応酬が続く。


 俺はひたすら回避に徹した。


「おいおい、そんなんじゃ俺に傷一つつけることなんかできないぜ!」

「ならみせてやる! 僕の最大魔法を!」


 バーちゃんの体が宙に浮かび、空に黄金の魔法陣が展開した。


 あれは、ちょっと痛いかもしれないな。


 だが、逃げるわけにはいかない。受け止めなくちゃならない。あいつの全てを。


「こい!」


 俺が叫ぶと、バーちゃんは切っ先を俺に向けた。


「ボルテクス・バーストランス!」


 空の魔法陣から巨大な雷の槍が降ってくる。


 大地を抉り、数億ボルトという電圧が俺の全身を駆け巡った。


「かはっ……!」


 黒い煙を吐き出して、俺はその場に倒れた。


 口の中が焦げ臭い。戦闘不能になるほどじゃないが、さすがにいまのは効いた。


「はぁはぁ……ど、どーだご主人! 僕は強いんだぞ!」


 俺は答えない。仰向けに倒れたまま、気を失ったフリを続ける。


「はやく立てよ! あれだけ大口叩いといてまさかその程度じゃないんだろ!」


 バーちゃんが近づいてくる。俺の首筋に刃をあてがった。


 俺はもう戦えません。完全に勝ったと思えば引っ込むだろう。それまで待つしかない。


「……ご主人? ねえ、ご主人。ほんとうは起きてるんでしょ? ねえってば」


 バーちゃんの声が震え始め、ずしゃ、と両膝を地面についた。


 あれ、なんか思ってたのと違う反応だな。


「ご主人……嘘でしょ……? ……やだ……死んじゃやだよぉ! ご主人!」


 俺の胸に顔を埋めて泣き始めてしまった。


 ええー、こうなるのかよ。これはちょっと予想できなかったんだが。


 いつまでも俺を呼びながら泣くバーちゃんを見ていたらなんだか可哀そうになってきてしまった。


 これだけ悲しんでくれるならたぶんもう許してくれるだろ。


 俺はそっと彼の頭に手を置いた。


「バーちゃん。俺は生きてるよ」

「ご主人!?」

 

 泣きはらした目で俺を見つめるバーちゃんに微笑みかける。


 すると彼のこめかみに青筋が浮かんだ。


「騙したんだね……」

「え?」

「僕を……騙したんだね!」


 ジジジジジ、と大気が震えだした。


 なんか、逆鱗に触れたっぽい。


「い、いや、これは仲直りするための作戦で」

「もうなにも聞くもんか! ご主人のぉ……馬鹿ああああああああ!」


 その日、ダンジョン一層の半分が焦土と化すほどの大爆発が起きて、丸一日ダンジョンは閉鎖された。


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2023/07/16 配信をしていない理由について文章を追加しました。

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