第20話
「どうじゃ幹也! そろそろわらわのことが好きになってきたじゃろう!」
朝っぱらから人んちでエビフライの準備をしているのは、昨日俺に激辛カレーを食わせた朝比奈陽詩だ。
「いや、食の好みが合わないのはちょっと……」
「なにぃ!? なぜじゃ! なにがいけないのじゃ!?」
そんなことをいいつつ、陽詩は衣のタネに一味唐辛子を一瓶ぶちこんだ。
「それだよ! なんで激辛にするんだよ!」
「辛い方が美味しいではないか!」
深紅の衣を纏ったエビが油に投入され、ジョワジョワと音をたてる。
「限度ってものがあるだろ絶対!」
「いいや辛ければ辛いほどうまい! 辛さのうまさは無限大じゃ!」
「発想が馬鹿!」
「あ、馬鹿っていったのじゃ!」
こんがり揚げられた真っ赤なエビフライを菜箸で持ち上げる陽詩。
目をきらんと光らせて飛びかかってきた。
「うおおお!?」
馬乗りで組み敷かれて眼前にエビフライを突きつけられた。
「さあ食べてみるがよい! 恋に落ちる味じゃぞ?」
「落ちるのは地獄だろーが!」
「恋も地獄もいっしょじゃ。一度落ちたら抜けられん。さあ食ってみるがよい!」
エビフライから揚げたての脂が滴り落ちてくる。
俺はとっさに顔を背けて躱した。
「どわあああ! あぶねえって! せめて冷ましてからにしろって!」
「まったくしょーがないのー。わらわがふうふうしてやるでな」
陽詩がエビフライをひっこめようとしたその時、玄関が開かれた。
「おはよう幹也くん! 朝ごはん作りにきたんだ……けど……」
入ってきたのは雫だった。彼女は俺と俺に馬乗りになっている陽詩をみて硬直。
陽詩も彼女をみて固まった。
「だ、だれじゃお主!」
「あなたこそ誰なの!?」
あ、ちょまって、エビフライから脂が垂れ----。
じゅっ、と熱々の脂が額を焦がした。
「あ、わりと平気だったわ」
レベルが高くて助かった。
※ ※ ※
「むすー」
「つーん」
ちゃぶ台の向こう側にはお互いにそっぽを向いて座る陽詩と雫。
朝っぱらから空気が重いんだが。
「二人とも仲良くしろよ」
「無理じゃ」
「無理よ」
息ぴったりじゃないか。
「いちおう理由を聞かせてくれるか。なんで初対面なのにお互いに嫌いあってるのか」
「この女、前に幹也の配信でみたことがあるぞ! ビッチっぽかったから嫌いじゃ!」
おおっと陽詩選手、開幕から罵声を浴びせかかったー。
「び、ビッチですって!? 幹也くんを押し倒しといてよくいうわ!」
「いいやぜったいビッチじゃ! ちょっと弱ったフリして男を惑わす誘い受け型トラップビッチじゃ!」
そんなトレーディングカードゲームみたいなタイプのビッチがいるのか。広すぎだろ世界。
にしても今日も暑いな。汗でシャツが張り付いて気持ち悪い。
「ち、違うわ! 幹也くんは本当にわたしのことを心配してくれたのよ!」
雫はちらりと俺に視線を送った。
「それはただの善意じゃ。なーにを勘違いしとるんじゃ。幹也はわらわのことが好きなんじゃぞ!」
「好きじゃねーよ」
「好きになる予定なんじゃぞ!」
勝手に好きってことにされてたまるか。
「な、何よ予定って……」
「あー、こいつはちょっと頭が茹ってるんだ。その話は置いといて、雫はなんでこいつが気に入らないんだ?」
「なんでって……幹也くんは知ってるでしょ」
まぁそうだよな。
陽詩のせいってわけじゃないが、父親が推してる相手なんかそう簡単に受け入れられるものじゃないよな。
できれば雫には陽詩の存在を隠しておきたかったが、まさかアポ無しで家に来るとは予想できなかった。
「なんじゃなんじゃ! わらわにも詳しく教えぬか!」
「いや、それはできん」
藤堂家の知られざる闇は、俺が責任もって墓まで持っていくつもりだ。
「そう、これは二人だけの秘密なのよ。ね、幹也くん?」
またなんでそう火に油を注ぐようなことをいうのかな。
「二人だけの秘密じゃと!? なんじゃそれ! ずるい!」
「いや、そんないいもんじゃないぞ」
人んちの親の性癖に関する秘密なんて共有したところでな。ただただ気まずいだけだ。
「そうかしら? わたしは幹也くんと秘密を共有できて心強いわ」
雫はちゃぶ台に両手で頬杖をつきながらにっこり笑った。
だからなんでそう対抗心を燃やすんだ。
「ぐぬぬ……! そ、それならいまから秘密を作るぞ幹也!」
「はぁ? やだよ」
「ええからちょっと耳をかせい!」
面倒だったが断ってごねられてもそれはそれでさらに面倒になるだけだと思い、手をこまねく陽詩に従った。
ちゃぶ台に身を乗り出して俺の耳元にそっと顔を寄せる陽詩。
か細い声でぼそりと呟いた。
「あのな、わらわな……処女じゃ」
「ばばばば! バカなこといってんじゃねーよオメー!」
すぐさま顔を離すと陽詩は頬を赤くしながら強がるように笑っていた。
照れるくらいなそういうこといわないでくれ頼むから。
「どーせ、自分は処女とかそんなこといったんでしょ……」
しかも速攻で雫に見破られてるし。
「なんなんじゃお前ー! 自分がビッチじゃからって純潔を妬むな!」
「ビッチじゃないわよわたしだって処女よ!」
いっちゃっていいのかそれ。
「嘘つけこのビッチ! 貴様さっき幹也がシャツをめくって腹を掻いてるときに腹筋に見惚れとったじゃろう! わらわちゃんとみとったからな! あの目はビッチの目じゃった!」
マジかよ。
「なっ! そ、それは! たまたま目に入っちゃったんだからしかたないじゃない! あなたこそこんな朝早くから男の子の家に遊びに来るなんて不潔だわ!」
不潔かどうかはわからないが、あんまり居座られても迷惑だとは思ってる。
「わらわはいいんじゃ! 幹也を好きにさせる権利を行使させるためじゃから!」
「だからなんなのよそれ! 素直に幹也くんが好きっていえばいいじゃない!」
雫の言葉に、陽詩の顔がしゅぼっと赤くなった。
「ば、馬鹿者! わらわが幹也を好きなんじゃなくて幹也がわらわを好きになるんじゃ! き、貴様こそ幹也に惚れとるんじゃないか!? ええ!? どうなんじゃ貴様!」
耳まで真っ赤にしながら雫を指さして叫ぶ陽詩。
さっきの照れ顔もそうだがこいつが赤くなるのは珍しいな。二人きりでいた時は一度だってこんな顔しなかったのに。
「ち、違うわよ! わたしはただこの間のお礼っていうか、いつか幹也くんがわたしのギルドに入ってくれるように今のうちから仲良くなっておこうと思って!」
「はああああああ!? 幹也はわらわのギルドに入るんじゃ! ビッチギルドになんぞ入らんわ!」
「だれがビッチギルドよ! わたしたちのギルドは健全よ!」
あーだーこーだという口喧嘩はどんどんヒートアップしていく。
この二人が出会ったらろくなことにならないだろうとは思っていたけど、まさに的中したって感じだな。
もう俺が入り込む隙はない。放っておこう。
「あ、俺そろそろ配信の時間だからダンジョンいってくるな」
「だいたい貴様、食材なんぞもってきて料理なんか作れるのか!? どうせほうれん草のおひたしとかじゃろう!」
「いいじゃないほうれん草のおひたし! あなたこそ朝からエビフライなんて馬鹿じゃないの!?」
「うるさーい! 男の子はカレーとエビフライと唐揚げが好きだからいいんじゃー!」
聞いてないな。
よし、いこう。
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