第4話

 目の前には四つのプロペラを回して滞空するドローン。ドローンの下部にセットされたスマホには俺の顔が映っている。


 準備はできた。あとは画面を押すだけだ。一年ぶりのテクノロジーでちょっと戸惑ったが多分大丈夫だろう。


「しっ、やるか!」


 俺は手のひらを拳で叩き、画面をタップした。

  

 撮影、開始だ----。


 俺は走り出す。手首につけた発信機マーカーを頼りに、ドローンも後ろをついてくる。


 柔らかい草の上をひた走ると、視線の先で一本角が生えた羊が行く手をふさいでいた。ブレイクホーン・ウール。雑魚だ。


「フレイム・スピア!」


 手のひらから放たれたのは炎の槍。


 ブレイクホーン・ウールを一瞬で焼きつくし、炭化した死体を飛び越える。


 なるべく鮮やかに倒していこう。もたついてるとかっこ悪いからな。


”お、なんだこの配信”

”生配信?”

”っぽいね”

”てかジャージってw”


 リストバンドの小型モニタにコメントが映った。え、なんだこれ。


「まさか俺、撮影じゃなくて配信にしてる!?」


”なんだこのジャージ男w”

”さあ”

”事故配信じゃね”

”何層までいくの?”


 これは切っちゃったほうがいいのか。いや、でも、やり直すの面倒くさいしいいかこのままで。


「あーっと、そうだな、六層! 六層までいきます!」


”自殺乙でーす”

”六層って上級探索者レベルじゃん”

”本気?”

”だれか警察に連絡した方がよくない?”


 まぁ見てろって。


 平原を走っていると白い螺旋階段が現れた。階段の先は空が黒く切り取られたようになっている。ほんとにどういう構造になってんだこの建物は。


 ええい、余計なことは考えるな。なんだろうと行くしかない。これは実績作りだ。踏み出す一歩が将来の糧となる。


 二層に上がるとそこは荒れ地だった。


 乾いた風が砂塵を巻き上げる赤土の大地を走る。


 岩場の陰から二体のリザードマンが切りかかってきたが、俺はとまらない。


「フローズド・サークル!」


 胸の前で手を打ち鳴らす。俺の周囲が一気に白く染まり、リザードマンは瞬く間に凍りついた。


”うおおおおお!?”

”魔法の展開速度と威力がぱねぇ!”

”なんだなんだ?” 

”おい、この人誰だ!?”

”知らない! こんな人みたことない!”


 視聴者リスナーが二百人を突破した。コメントもどんどん増えてくる。ちょっと楽しいなこれ。


 二層から三層に駆け上がる。


 三層は森か。とにかくまっすぐだ。登りと下りの階段は常に直線状にあるってネットに書いてあったしな。


 倒木を乗り越えまっすぐ走る。


 すると目の前に、両手に巨大な四本の爪を備えた熊型の魔物が立ちふさがった。


”タイラント・ベアだ! 三層だと最強種だぞ!”

”ていうかもう三層!? すでに中堅下位レベルだよ!?”

”おいおいおい、なんなんだよこいつ! タイムアタックでもしてんのかよ!”

”面白くなってきたぜえええええええ!”


 視聴者のテンションも上がってきたみたいだ。


 タイラント・ベアが赤く濁った瞳で俺を見下ろし、巨腕を振り上げた。


「ライジング・ボルテクス!」


 視聴者を意識してあえて派手な技をチョイス。


 体の表面に青い稲妻がほとばしる。俺は閃光となって木々をなぎ倒し、そのままタイラント・ベアも吹き飛ばす。


”おおおおおおおおお!”

”信じらんねぇなんだよその威力!”

”タイラント・ベアを一撃!?”

”よく見たらこの人、武器も防具ももってないぞ! ていうか上下ジャージじゃん!”

”タイムアタック&縛りプレイってこと!?”


 視聴者は続々と増え続けて八千人を突破した。おい、気持ちいいぞこれ。


 四層への階段を見つけて上層へと跳躍する。


”階段使え!”

”すごすぎワロタw”

”もはや雷神”


 四層は沼地。足をとられるのは面倒だ。


「エアリアル・ブラストぉ!」


 前方に暴風の魔法を放つ。吹き荒れる風が地面を抉り沼を吹き飛ばす。


”沼が割れた!”

”モーゼかよw いや笑えねぇw”

”おい、そろそろ情報出てこないのかよ!?”

”それがぜんぜんでてこないんだ! どこのギルドにも所属してないぞこの人!”

”ソロってこと!? この強さでそんなことある!?”


 五層へ続く階段まで一直線に進む。


 階段を駆け上がったところで立ち止まった。


 ここは暗闇エリアなのか。一切の光もない闇の向こうから、気味の悪い笑い声が聞こえてくる。


”ここを突破するのは無理だ! 引き返せ!”

”ダンジョン死亡者ランキング堂々の第一位のエリアだぞ!”

”暗闇はほんと死ねる”

”でもこの人ならいけるんじゃね?”

”いけよ! ビビんな! 突き進めええええ!”


 およそ四十万人の視聴者たちが口々に引き返すよう訴えかけてくる。って、いつの間にかすごい増えたなおい。


 死亡者ランキング一位だとかそんなの関係あるか。あと一層でクリアなんだ。いくしかないんだよ。


 両の拳を握りしめ、魔力を溜める。


 橙色の炎が灯り、やがてそれは紅蓮の火球となっていく。


「おおおおおおおおお! サンズ・オブ・インフェルノおおおおおおお!」


 両手を前に突き出すと、二つの火球が放たれた。火球は部屋の上方でぶつかり合うと、部屋全体を白く染め上げるほどの大爆発が起きた。


 凄まじい魔力の奔流が部屋全体を包み込み、暗闇に紛れていたリーパーやガイコツ剣士、デーモンやシャドウが塵となって消えていく。


 俺は疑似太陽の下、遠く見えた階段に向かって走り出した。


”!!!!!!!!!!?????????”

”もうなにもいうことはねえええええ! いっけええええええええ!”

”うおおおおおおおおおおおおおおおお!”

”最高にエキサイティングだぜえええええええ!”


 六層に登ると、そこは城の内部のような場所だった。


 左右の壁には怪しげに揺らめく松明。足元は石畳。視線の先には巨大な城門。その手前には、門番のように立ちふさがるミノタウロス。


 ミノタウロスは俺を見るなり、両刃の斧を振り上げて襲い掛かってきた。


「ブモオオオオオオオオオオ!」

「うおおおおおおおおおおお!」


 右手に魔力を込め、ミノタウロスの左胸を穿つ。


 ずるり、と手を引き抜くと、ミノタウロスは仰向けに倒れた。


「はぁ……はぁ……クリア……だ」


”わあああああああああ!”

”すっげーもん見た!”

”ミノタウロスを一撃!? しかも素手!?”

”なになにいまなにが起きてるの?”

”一層から六層まで三十分もかからず踏破する配信者があらわれた”

”しかも武器なし防具なしの縛りプレイ”

”えええええ!? それもう伝説だろ!”


 視聴者は増え続けている。百万人を突破して、二百万、四百万、七百万……八百万人を越えた辺りで緩やかに増加が落ち込み、最終的に八百四十八万九千九百五十三人が訪れた。


 外国語のコメントもかなり多いから、日本人だけが見に来てるわけじゃなさそうだ。


 なんでもいい。とにかく、これだけの人が見に来てるんだ。ダンジョン攻略の実績としては十分だろう。


 もうここにいる必要はない。


「さて、帰るか」


”帰るの!?”

”もっと上まで行けばいいのに!”

”だから! この人は! 何者なんだよ!”


「じゃあな、みんな。楽しかったよ」


 いろんなコメントが嵐のように投稿されていたが、俺はスマホの画面をタップして配信を停止した。


「俺が何者かっていわれてもなー」


 俺は何者でもない。いまは何者でもない。俺は、ただの----元勇者だ。


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