第5話

 事故配信を終えて帰宅。


 ちゃぶ台の上には白米と味噌汁が並んでいる。


 今夜の夕食であり、この一週間の献立だ。


 あれほど食いたくて仕方がなかった米も、さすがに七日連続となると辛いものがある。


 初日は感動して泣いたけどな。美味さというより懐かしさで号泣した。


 とりあえず動画は撮影できた。配信したのは誤算だったけど、動画が撮れていることには変わりない。


 これさえあればギルドも俺を認めるはずだ。


「しっかし、さっきからうるさいな」


 なぜか帰宅してすぐからスマホが震えっぱなしだ。


 さすが2125年。どこにいてもフリーワイファイが飛んでるのはありがたいのだが、変なメールがくるのはいただけない。


 サイレントモードにしようと思ってスマホを開くと、目を疑った。


 届いていたのは迷惑メールなんかじゃない。どれもこれもギルドの勧誘メールだったのだ。


「うっそだろ! 選び放題じゃん!」


 よくみるとその中には【月夜の咆哮ルナティック・シャウト】や【眠れる森の美女スリーピング・ビューティー】、【幸運の刃ブレード・オブ・フォーチュン】もある。


 昼間の面接官たちの高圧的な態度が脳裏をよぎる。


 あいつら、人のことを散々コケにしといて動画がバズった途端にこれかよ。


 なんかあんまり嬉しくないな。人を見かけで判断しといていざ実力がわかったとたんに手のひら返し。


 そのうえいまはあいつらのせいで人間不信気味だし、組織に所属するのはあまり気乗りしない。はっきりいって萎えてる。


 よく考えたら俺はこの時代にいつまでもいるつもりはない。さっさと元の時代に戻ることが望みだ。それなら仕事に追われる生活よりも、自由な時間が多くもてるフリーランスのほうがいいんじゃないだろうか。


 なんていうか、このまま動画配信者として生計を立てた方がいい気がしてる。


 配信された動画の再生数は伸び続けており、現在一千万回再生を突破している。コメントも「次はいつなのか」、「もっと見たい」、といった今後の配信を熱望する声が大きい。


 この再生数が維持できるならなんとか暮らしていけるだろうけど、そうはいっても安定収入を捨てるのもなぁ。


「そうだ。ひとりで悩むくらいなら聞けばいいじゃん」


 俺は配信を開始した。


”お、また配信始まったぞ”

”でもここダンジョンじゃないんじゃない?”

”なんかすげーボロボロな部屋だぞ”

”もしかしてここが黒ジャージの家?”

”かわいそう”


 ものっそい同情されとる。こんな部屋に住んでりゃしかたないか。


「えーと、みんな。今日は俺の配信を見てくれてありがとな」


”こっちこそいいもの見せてもらった。ありがとう。”

”すごいもの見せてもらったんでお互い様ですよー”

”感動した”


 みんな優しいな。


「実は俺、いま悩んでることがあるんだ」


”なになに”

”悩みって?”


「俺はちょっと複雑な事情があって、戸籍もないし金もない。家族とか友達とか、頼れる人も誰もいない。それでもなんとか生きていかなきゃいけないと思ってギルドに入会しようと思ったんだけど、俺みたいな奴を雇ってくれるところはなかった」


”衝撃の事実”

”まさか無戸籍児だったとは”

”強く生きろ”

”あれだけ強いのに入会できないとかギルドは見る目がない”


「でも今日の配信でギルドからオファーが来てるんだ。それもたくさん。ただ、面接のときの対応からしてどこもあんまりいい環境だとは思えない。本当に入会していいか迷っているんだ」


”んー、正直ギルドに入ってちゃんと稼いだ方がいい気がする”

”いや、実力も見抜けないような無能の下で働くなんて間違ってるだろ”

”将来のことを考えたら堅実に働いた方がいいよ”

”たとえフリーランスになっても俺たちが見守ってるよ!”


 賛成と反対が半々ってところか。


 さてどうしたもんかと悩んでいると、ノックの音が部屋に転がった。


「ごめんくださーい」


 時刻は午後十時。こんな時間にだれだろう。


 玄関を開けると、そこにいたのは【幸運の刃ブレード・オブ・フォーチュン】の面接官。あの、脂ののったおっさんだった。


「あれ、こんな時間になんのようですか」

「いやー! 十七夜月さん! 今日は失礼しました!」

「はぁ?」


 なんだこの人。昼間と違ってずいぶん腰が低いな。表情もわざとらしいくらいにっこにこだし。


「あの動画、観ましたよ! まさかあれほどの実力をお持ちだとは! これは放っておけないと思いましてこうしてお伺いさせていただいた次第でありまして」

「あの、それってつまり」

「はい! これはギルドの勧誘でございます! ぜひうちに入っていただけませんか?」


 勧誘。わざわざ来てくれたのか。


「あの、でも昼間は」

「まぁまぁまぁ! 昼間のことはいったん忘れて、ここは賢くいきましょう。賢く。ね?」

「いや、賢くっていっても……」

「大丈夫です! もうなにもかも大丈夫! 十七夜月さんの受け入れ態勢はバッチリ整っております! ほら、こちらの書面にサインしていただければすぐにでも----」


 なんか妙に強引だな。さっさと話を切り上げたがってるっていうか。


「ちょっとまってくれよ。あれだけ人の欠点をあげつらっといて、いまさらそんな態度をとられても困る。まずは昼間の態度について謝罪してもらわなきゃ納得できない」


 書類の束を押し付けられるが、俺は受け取らない。これは単なる直感だが、このおっさんからはなんか嫌な感じがする。


「…………ガキが」


 おっさんは急に低い声で呟いた。


「なに? うおっ」


 俺が困惑していると、おっさんはいきなり胸倉を掴んできた。


 先ほどまでの笑顔は嘘のように消えており、いまは鬼の形相で睨みを効かせてくる。


「俺だってなぁ、お前みたいな底辺のなかでも特別クソみたいな奴に頭下げたかねぇんだよ。わかれよ。お前は会社ギルドからお恵みをいただいてるってことをよぉ」

「なんだと?」

「ちっ、そもそもお前があんな動画をネットに上げなきゃこんなことにはならなかったってのによぉ。なんだあれ。俺へのあてつけか? ふざけやがって。お前のせいで今日面接した俺が叱られちまったじゃねーか。いっそ慰謝料を払ってもらいたいくらいだ」

「落としたのはそっちじゃねーか!」

「当たり前だろうが。だれがお前みたいなクソガキを雇うかよ。こちとら天下の幸運の刃様だぞ。入社できりゃ将来安泰の大ギルド様だ。それをお前みたいな小汚いガキが……ああ、ムカついてきた。これ以上俺を苛つかせる前に、さっさとサインしろ!」

「……そうか」

 

 そういって書類を受け取ると、おっさんは意外そうな顔をしてすぐに下卑た笑みを浮かべた。


「わかっていただけましたか」

「ああ、わかったよ。テメェらのギルドがクソだってことがな」


 俺は手に持った書類を魔法で燃やし、キッチンシンクに投げ捨てた。


「あああああ! なんてことしやがる!」

「お前のとこのギルドには死んでも入らない。誰が入るかってんだよ」

「クソ! クソ! 後悔するなよ! お前は人生最大のチャンスを棒にふったんだ! ザマアミロ!」


 おっさんは燃えカスになった書類を鞄につめこんで、ぎゃあぎゃあと喚きながら帰っていった。


「お前の下で働く方が後悔だっつの」


 ちゃぶ台の前に戻る。


 スマホには大量のコメントが届いていた。


「やっべ、配信したままだった」


”正解正解! 断って大正解!”

”幸運の刃ってあんなやばいギルドだったのかよ!”

”前々から黒い噂あったじゃん? パワハラとか”

”自分で落としといてあの態度はねーよ”

”安心しろよ! 俺たちが見守ってやるから!”

”今後の動画も楽しみにしてます! がんばって!”

”応援してるぜー!”


「みんな……ぐす……」


 泣いちゃ駄目だ。ここは笑顔じゃなきゃ。


「よーし、やってやる! 俺はやってやるぞ! これからもばんばん動画を投稿するから、みんな、応援よろしく!」


 こうして俺は、動画投稿者として生きることを決めたのだった。 



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2023/07/04 誤字を修正しました。

2023/07/07 誤字を修正しました。


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