第16話
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マオマオたんグッズがひしめく部屋の中。
藤堂雨水はマオマオたんシールをこれでもかと貼り付けたノートパソコンの前で固唾をのんでいた。
画面に映っているのは生配信中のマオマオたん。
いつもは下ろしている髪を後頭部でくくり、薔薇の刺繍が入った真っ赤なエプロンを着て料理に励んでいる。
突然の料理してみた動画には驚いたが、普段は笑顔を絶やさない彼女が真剣な顔で食材を切る様子を見ているうちに雨水は心から励ましたい衝動に駆られた。
「がんばれマオマオたん! がんばれ! 君ならできる!」
今作っているのはカレー。マオマオたんの大好物だ。これはマオマオたんが過去に上げた動画の中で一度だけ言ったことだったが、雨水はしっかりと記憶していた。
なぜカレーなんだ、と疑問符を浮かべるコメントが投稿されるたびに、彼はその動画のURLを送りつける。
『ふぅー、そろそろどうじゃろうか』
ずっと煮込み続けていたカレーの味見をするマオマオたん。おたまにすくって一口啜る。
『うむ、うまい! アドバイスをくれたみんな! 感謝するぞ!』
カメラに向かって百点満点の笑顔を向けてくれた。
「はうっ! よかったねぇ……よかったねぇ……マオマオたん……。お小遣いあげようねぇ……」
雨水はにやにやしながら五万円の
コメント欄では同士たちが「ナイスおひねり」「ないおひ~」と称賛してくれる。
共にマオマオたんの成長を見守り感動を分かち合う。嗚呼、なんて充実したひとときなのだろう。
ノートパソコンから、その後ろの机に視線を移す。
そこには亡き妻が写真の中で微笑んでいた。
「葉子さん。雫は立派になった。いまはまだ戸惑っているかもしれないが、あの子ならいずれギルドを背負って立つだろう。俺のような古い価値観ではなく、新しい考え方を取り入れるはずだ。俺の役目は、もう終わったんだ」
そして始まった。マオマオたんを応援するという新たな役目が。
雨水は燃えていた。彼女をきっと業界ナンバーワンの配信者に育ててみせると。
一時停止した動画。静止画となって微笑むマオマオたんを見る。
雨水は、ふいにちくりと胸が痛んだ。
「むっ……なんだろうなこの気持ちは……」
画面に手を触れるが、伝わってくるのはモニタの硬質な手触りだけ。
いつだったか、幼い頃に頭を撫でて喜ぶ雫の顔が瞼の裏にちらついた。
「寂しいだけ……か……」
あの十七夜月とかいう若者に浴びせられた言葉を口ずさむ。
ふっ、と自嘲気味に息を漏らすと、ほぼ同時にノートパソコンから「メールじゃぞ!」というマオマオたんの着信ボイスが鳴った。
マウスを握りメールボックスを開く。
送り主は雫だ。
大方、今晩はなにが食べたいか聞くためだろうと思いつつ、雨水はメールにマウスポインターをあわせてクリックした。
ところが本文はない。
動画が添付されているだけだ。
「動画だけ……?」
とりあえず再生してみる。
するとそこには、さきほど部屋に突撃してきた若者と、彼に肩を抱かれて座る雫が居間のソファに座っている様子が映っていた。
「な、なんだこれは……!」
雨水は目を剥いて動画の中の雫を凝視した。
いつもは清楚で女の子らしい格好を好む彼女が、ヘソがでるような白いキャミソールと黒い革ジャン。さらにほとんど下着のようなデニムのショートパンツを履いている。
頬には涙の刺青(おそらくシール)までしてあり、耳には大量のイヤリング。
雨水は十七年彼女の父親をやってきて、娘のこんな姿は見たことがなかった。
『イエーイ、親父さんみてる~? どーもー、十七夜月でーす! ちょりーっす!』
ノートパソコンから不快な声が聞こえてくる。
十七夜月と名乗ったジャージの若者は、髪をオールバックにしており、まるで画面の向こうにいる雨水を挑発するかのように舌をだしている。
その邪悪な顔をみた瞬間に雨水は眉間に力が入った。
『実は~、おたくの娘さんとお付き合いすることになっちゃって~。でさ、もうわかると思うけどこの子、俺色に染めちまったから。ま、事後報告みたいな? なー、雫ー』
十七夜月はさらに雫を抱き寄せる。
『う、うん……わたし、もう真面目なんかやめる……幹也くんのものになる……』
頬を微かに赤らめ、そんなことをいう娘。
「くっ……」
思わず顔を背ける雨水。
いつも凛としているあの雫が女の顔をしているところなど、父親として見たくはなかった。
『雫はもう親父さんなんか必要ねーもんなー。俺さえいればそれで万事オッケー? みたいな?』
『うん、幹也くんがいればいい。幹也くん……す、好き……!』
『俺らマジ世界でサイキョーのカップルみたいな感じなんでヨロシクぅ~』
『み、幹也くん!』
突如、雫が十七夜月の首に腕を回し、抱き着いた。
「雫ぅ!?」
雨水もまたノートパソコンのモニタを両手でつかむ。
『え? え、ちょっ、どうしたの雫? あれ、こんなの台本に----』
『好き! 好き! 大好きだよぉ幹也くん! もうあなただけでいい! わたしの全部をあげるから、わたしだけの幹也くんでいて!』
『お、おう……お、オッケー! マイ・スイートハニー! 盛り上がってきた----』
『幹也くぅん! わたしをめちゃめちゃにして! これまでのわたしを壊してよぉ!』
息を荒げて十七夜月の胸に額をこすりつける雫。
男の足の上にまたがるなどというはしたないことをして、もはや動画を撮っていることなどおかまいなしといった様子だ。
『おわぁ!? お、落ち着け雫! あ、あー、とにかく俺たちいまからお楽しみなんで、動画はここまで! 文句があるなら部屋から出てこいよ、お・と・う・さ・ん! じゃあな!』
十七夜月の手が画面に伸びてきて、動画がぶつりと音を立てて切れた。
「ゆ、許せん~……! うおおおおおおお!」
雨水は目から血の涙を流し、ノートパソコンを両手で挟みつぶした。
妻の写真の横に置いてあった愛刀を掴み、自室の扉を切り裂き蹴破った。
「かぁああああのぉおおおおおお!」
町中に響き渡りそうな怒号が、藤堂家を揺らした。
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