第27話

「あああああああ! ない! ない!」


 コンビニでアイスを買った帰り。俺はポケットをまさぐりながら叫んだ。


「なんじゃ騒がしいのう」


 隣にはちゃっかり俺にアイスを奢らせた朝比奈陽詩が呆れた様子で立っている。


 俺は体中を叩くが財布の膨らみを感じない。


「財布がない! 俺の財布がなーい! あっ!」


 上着のポケットに手をつっこむと、穴があいていた。


「中身は入っとったのか?」

「……あんまり」

「なら気にせずともよいではないか。新しく買うがよい」


 そういうことじゃないだろう。確かに中身はせいぜい数千円しか入ってなかったが、金額なんてものは大した問題じゃない。これは心の問題だ。


 いつ生活に困ることになるかわからない俺の状況的に、たとえ百円でも無駄にはできない。


「おい陽詩。お前は家があって家族がいていつ配信がこけても生活が保障されているからそんなことが言えるんだぞ。いいか、一円を笑う者は一円に泣く。十円を笑う者は十円に襲われる。百円を笑う者は百円に吊るしあげられる。千円だとどうなると思う?」

「死んでしまうのかのう」

「死ぬのはまだ早い。たぶんご近所さんから総スカンを食らうくらいだ」

「それは怖いのう」 


 陽詩はまるで興味なさそうにさくらんぼのような舌でぺろりとアイスを舐めた。


 ああ、まったく。生活が豊かだと人ってのは繊細さを無くす生き物なんだな。


「まぁよいではないか。こんどわらわが奢ってやるから」

「そういう問題じゃねーよ。財布をなくしたってことがなんか嫌なんだ。自分が不幸みたいな気分になるだろ」


 というか不幸だろ。


「あー、それはわかるのう。いま不幸なんじゃなーと思うといろいろやる気もでんしな」

「そういうこと。あー、なんかいいことねーかなー。また動画がバズるとかしないかなー」

 

 俺がそういうと、服の裾をくいっと引っ張られた。


 顔を向けると陽詩が自分を指さしていた。


「わらわがおるじゃろ」

「……それは、お前がいるから幸せだといいたいのか?」


 傲慢すぎるんじゃないかそれは。


「そ、そんな、こっ恥ずかしいこと考えとらんわっ! ……そうじゃなくて、配信じゃったらわらわがおるじゃろ」


 少し考えて察しがついた。


「もしかして……あれをやるのか?」

「いかにも! 再生数を稼ぎたいのならまかせるのじゃ!」


 陽詩は、とん、と自身の胸を叩いた。

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