第26話
再びアゲハを背負って帰宅。
陽詩と雫の「またか」といいたげな視線を受け流しつつ彼を俺の布団に寝かせた。
「配信みとったけど、なんでこやつは暴走したんじゃ?」
「いろいろ事情があるんだよ……」
「事情ってなんなの?」
二人に詰め寄られて俺はざっくりとこれまでの経緯を説明した。
生活費を得るために愛剣を質屋に売ったこと。
それをアゲハが買って精神を乗っ取られたこと。
その結果、暴走して俺に襲い掛かってきたことを。
「そもそもなんで伝説の剣を売るんじゃお主は……」
「生活のためにしかたなくだ。それにあとから買い戻そうとしてた。本当だぞ」
「それより、剣が意志を持つなんてことあるの? そっちの方が驚きなのだけれど」
「それには俺もびっくりだ」
「うう……ん……」
まったり茶を啜っていると、アゲハが目を覚ました。
「起きたか」
「アニキ……ご迷惑をおかけしてすいません……」
「いいんだ。悪いのは、なんていうか……俺だからさ」
仕方ないとはいえ、エクスカリバーに恨まれるようなことをしなきゃアゲハが暴走することもなかった。
この責任は俺にある。その事実は受け止めなくちゃならない。
「いいえ、アニキは悪くありません……。ボクの弱さがいけないんです……」
「どういうことだ?」
アゲハは体を起こして、布団の端を握りしめた。
「剣の声が聞こえたんです。力が欲しいか? と。ボクはその声に返事をしてしまったんです」
声、か。
俺は一年エクスカリバーを使ってきたが、声が聞こえたことはなかった。
もしかしたらアゲハは俺よりずっとエクスカリバーとの相性がいいのかもしれない。
だからこそ、エクスカリバーの影響をもろに受けてしまっているんだ。
「お主はなぜそんなに力にこだわるのじゃ? 別に世界征服を目指しているわけでもおらんのじゃろ?」
「ぷっ……世界征服って」
「おいデカチチホルスタイン。まだ貴様の体の一部であるうちにその無駄にデカい乳に別れをいっておくのじゃな」
ひゅっ、とレイピアを振りぬく陽詩。
雫は刀を鞘から半分抜いて受け止めた。
「望むところよミニマムロリミジンコ。首と腰を切って二頭身にしてあげるわ」
「腰を切って二頭身……? って、わらわの足はそんなに短くないわボケぇ!」
こいつら、アゲハには興味ゼロかよ。
「で、なんで力にこだわってるんだ?」
「あ、はい。それは、ボクがデザイナーベイビーだからなんです」
「デザイナーベイビー? それってあれか。遺伝子を編集して理想的な子供を作るっていうやつ?」
アゲハはこくりと頷いた。
「そうです。デザイナーベイビーは全国におよそ五万人いるといわれており、ボクはその中の一人なんです」
「五万人……なんでそんなに?」
「社会実験だそうです。様々なステータスをもって産まれた子供たちの中で、もっとも社会に適応する個体を調べるためだとか」
ちょっと非人道的すぎやしないか。
百年後の倫理観はよくわからないな。
「お前がデザイナーベイビーっていうならそれこそなんで力にこだわるんだ? 普通の人よりよっぽどいいステータスなんだろ?」
「逆です」
「逆? どういうことだ?」
「ボクはあらゆるステータスを最弱に設定された個体なんです」
「……マジか」
そりゃ社会実験だもんな。優れた個体ばっかりじゃなくて弱っちいのも作らないと実験にならないよな。
「だからアニキ!」
「おう」
アゲハは急に俺の手を掴んで、涙ぐんだ瞳で見つめてきた。
「ボクはアニキとの出会いに運命を感じたんです! この人ならきっとボクを強くしてくれる! せめて人並みに戦えるようにしてくれるって思ったんです!」
ぽろぽろと涙を流すアゲハ。
きっとこいつはかなり苦労してきたんだろうな。
戦うことが日常になっているこの時代で、人より弱いってのは大きなコンプレックスになるはずだ。
同じ男として、こいつの悔しさに応えてやりたい。
エクスカリバーに潜在能力を引き出されたアゲハは間違いなく強かった。
あの力を素で発揮できれば誰もアゲハのことを弱いなんていわないだろう。
希望はあるってことだ。
「まかせとけ。お前は俺の舎弟だ! 俺が絶対に一人前にしてやる!」
俺はアゲハを抱きしめた。
力を入れたら折れてしまいそうなほど華奢な体だ。
可哀そうに。これからたくさん肉を食わせてやるからな。
「あ、アニキ……!? い、一人前っていったい……そ、それより恥ずかしいです……! ボク、汗かいてて! だから!」
「おっと、すまん」
俺はアゲハの肩を掴んで体を離した。
なぜか目を逸らすアゲハ。彼は頬を染めながら、ところどころ破れた服を隠すように自分を抱きしめた。
「ボク、服がボロボロなので……き、着替えてきます! あとシャワーも浴びてきます!」
そういってアゲハは逃げるように部屋を飛び出した。
男同士なんだからそんなに恥ずかしがることないのに。さては照れ屋なんだな。
俺は今、燃えている。アゲハを一人前の男にしてみせる。そんな思いで胸がいっぱいだ。
あいつがエクスカリバーを使いこなせるようになれば暴走しなくなるだろうし、なにより俺自身がアゲハの力になってやりたい。
いまならわかるぜ雨水さん。だれかを支えたいっていう、あんたの気持ちがさ。
「死ねええええ!」
「くたばりなさい!」
俺が決意を固めていると陽詩と雫の刃が火花を散らした。
「お前らいつまでやってんだよ!」
「だってこやつが!」
「だってこの子が!」
だってだってじゃないよまったく。
こいつら目先の感情に振り回されすぎじゃないか。
女同士ってのは気が合わないととことんダメだって聞いたことあるし、やっぱり俺とアゲハみたいな男の友情こそ最高だな。
しみじみ男友達の良さを実感していると、玄関がノックされた。
「あの……着替えてきました」
「おおー、入れ入れ……え?」
玄関が開いたその先にいたのは、黒いパーカーを着たアゲハ。なにかのアニメのキャラクターが大きくプリントされたアニメパーカーだ。
うん、パーカーはいいんだ。アニメ柄なのもいいんだ。なんせ時々アニソンとデスメタルを爆音でループしてるのを知ってるから好きなんだろうなとは思ってた。
問題はその下だ。
大きめのパーカーの裾からちらりと見えているのは赤いスカートと黒タイツだった。
「え? スカート? え? なんで? え?」
「ボク……女です……」
アゲハはエクスカリバーを胸の前に抱きながら、恥ずかしそうに人差し指を突き合わせた。
ぴしり、と部屋の空気が固まった。
「えええええええええええええええ!?」
叫ぶ俺。
「嘘じゃろ!? お主女じゃったのか!? 詐欺にもほどがあるじゃろ!」
同じく仰天してる陽詩。
「ちょっとまって、お願いだからちょっとまって」
頭を抱えて現実を受け入れようと頑張る雫。
そりゃみんな驚くわ。
「な、なんで普段は男の格好を……?」
「女の格好だと、いろんな人に声をかけられて怖いのです……」
ああ、そういうことか。
陽詩や雫みたいに強ければ突っぱねることもできるだろうけど、アゲハじゃ守ってあげるよとかなんとかいわれて付きまとわれるんだな。
男装の理由はわかった。
だからといってすぐに受け入れることはできないけど。
戸惑う俺たちをよそに、アゲハひょこひょこと部屋に上がってきて、俺の腕にしがみついた。ふにっ、と柔らかいものが押し付けられる。
「あ、あ、アゲハ……なんていうかその……胸が……」
「あててます」
「あ……そうなの……」
なにが王子様だよ。しっかり女の子じゃないか。俺の馬鹿。
シャワーを浴びたばかりなのか、シャンプーの甘い香りが漂ってくる。
髪も湿気を含んでてなんか色っぽい。
それでもエクスカリバーが微妙にちくちくと俺に電気を放ってくるので変な気分にはならなかった。
----いつか切る。
そんな声が聞こえた気がした。
「アニキ。ボクが一人前になるまで、よろしくお願いします」
「そ、それはどういう意味で?」
「あらゆる意味です!」
「あ、うん……」
動揺しすぎてなにをいえばいいのかわからない。
ただひとつ、わかったことがある。
見掛け倒しという言葉。あれは嘘だ。
人は見かけで判断しちゃいけない、と俺は強く思った。
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2023/07/14 抜け字を修正しました。
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