第40話
「やばいやばいやばい!」
俺は焦っていた。
先日、アゲハの暴走によって破壊されたドローンの買い替えとともに、念願だったノートパソコンを購入。
今後は動画編集なんかにも着手しようかな、なんて思っていたら俺のチャンネルの登録者数がここ数日で一気に減り始めていることに気がついた。
なぜだ。なぜ急に登録者が減り始めたんだ。
「そりゃ常に映像垂れ流しだからじゃろ。ちっとは編集せい。なんならわらわが教えてやるぞ?」
陽詩は畳に寝そべりながらアイスを片手に言った。
「わたしが思うに、もっと視聴者にとって有益な情報を増やすべきじゃないかしら。ダンジョンの情報共有なら任せて」
そういってちゃぶ台の向かい側でお茶を啜る雫。
「お言葉ですがアニキ。アニキの動画の見せ場はやっぱり派手な戦闘シーンだと思います。ボクの特訓のついでに特大魔法を披露してみてはいかがでしょうか」
アゲハは自分の部屋から持ってきた漫画を閉じて顔を上げた。
今日も今日とて当たり前のように俺の部屋でくつろいでいる三人が各々の意見を口にする。
どれもまっとうな意見に聞こえるが、どうにも腑に落ちない。
マンネリにしては減り方が異常だ。俺の登録者数はおよそ四百万人前後なのだが、一日千人近くが登録を解除している。この三日間で三千人だ。
いくら何でもこれはおかしい。
「ちょ、ちょっとまて、
俺は会員専用のオープンチャットに「最近チャンネル登録者数が駄々下がりなんだけど原因がわかる人いる?」と送ってみた。
するとすぐに返事が来た。
”あれでしょ、三股かけてるからでしょ”
”すごい噂になってるよ”
”マオマオたんと同棲同然の生活しつつ藤堂家のご令嬢を家に連れ込み、黒衣の剣士にまで手を出す見境の無さが原因”
”憧れと親しみやすさが軽蔑と嫉妬に変わった結果だな”
ちょっとまった、なんで陽詩たちのことが知られているんだ。
いったい情報の出所はどこなんだ? と続けてタイピングする。
”マオマオたんが動画で最近毎日ジャージ戦士の家に料理を作りにいってるっていってた”
”なんでも侍魂の総会で雨水ギルドマスターがジャージ戦士と娘の関係について話したらしい”
”ダンジョン帰りらしきジャージ戦士におんぶされている黒衣の剣士の目撃情報が相次いでいる”
おいちょっとまて、これって。
「お前らのせいじゃないか!?」
三人娘を指さすと彼女たちはぽかーん、としていた。
「かっかっか、そういえばうっかりしゃべってしまったかもしれぬ」
「もう、お父さんったらなにを話したのかしら。恥ずかしいわ」
「申し訳ありません、アニキ。ダンジョンの帰りは足に力が入らなくなってしまうので、とんだご迷惑を……」
悪びれてるのはアゲハだけかよ。
「ああ、もう! お前らしばらく出禁だ!」
「ええ!? ちょっとまたんか! それじゃわらわはどこでだらだらすればいいんじゃ!」
「自分の家でだらだらしろよ!」
なんで俺んちにくるんだよ。
「わたしはお父さんが暴走してるだけだからいてもいいんじゃないかしら?」
「まずお父さんを落ち着かせてからこい! な!?」
物事には順序ってもんがあるだろうがよ。
「ボクは……アニキに会えないと寂しいです……」
「それは! それは……なんかごめん……だがしかし!」
罪悪感を覚えるが甘いことはいってられない。
これは俺の生活に関わる問題なんだ。
「俺は登録者と視聴率が回復するまで自分の動画に専念する! わかったらはやく出てけ!」
「ぶーぶー! 自分の実力の無さをおしつけおってー! わらわはお主のこと暴露ったが登録者も視聴率もかわっとらんぞー!」
さっそく口を尖らせる陽詩。
くっ、お前はなにいっても受け入れられるけど俺は世間体を気にしなきゃやってけないんだよ。
「やめなさいよ。幹也くんの迷惑になるじゃない」
「そうですよ、ひなの姉御。アニキの生活が安定してこそこの場所があるのです。ここはアニキの意志を尊重しましょう」
お、さすが冷静な二人は聞き分けがいいな。
「むぅ、たしかに幹也が路頭に迷ってはわらわとしても心苦しい。しかしお主ら、わらわに隠れてこっそり会いに来る気ではなかろうな……?」
「な、ななな、なにをいってるのかしら!? お父さんの説得にかこつけて呼び出そうなんて思ってないわよ!?」
「ぼ、ボクも、お隣さんなんでばったりあっちゃうことがあるかもしれないとか思ってないです!」
俺も陽詩も焦る二人に向かって白い目を向けた。
お前らなぁ。
「ほほぅ、お主らの考えはよーっくわかった。おい幹也よ!」
「なんだよ」
「喜ぶがよい。今日から三日間、こやつらを監視してやる。その間になんとかするがよい!」
陽詩らしからぬ提案だな。
「どーせお前もなにか裏があるんだろ」
「あるといえばある。聞きたいか?」
「そりゃな」
「お主がこのまま配信者として落ちぶれればわらわのギルドに入らざるをえないじゃろう。つまりはそーいうことじゃ」
「おい! 不吉なこと言うんじゃねーよ!」
俺の失敗に賭けてるってことだろ、それ。
「そ、そうよ! それに幹也くんが入るギルドはなにもあなたのギルドって決まってるわけじゃないでしょ!」
雫が食ってかかるも陽詩はふん、と鼻をは鳴らした。
「いいや、わらわじゃ。だってわらわは幹也のせいで弱くなったからのう。その責任をとってもらわねばならぬ」
「それは設定でしょ!」
「設定じゃないわ!」
陽詩と雫は、ぐるる、と唸って額を突き合わせた。
「ひなの姉御。その時はボクも姉御のギルドに入ってもいいですか」
アゲハの提案に、陽詩は顎に手を当てて考える。
たっぷり五秒ほど悩んで「よかろう」と答えた。
「お主もエクスカリバーの所有者となってしまった責任をとらせねばならんからのう」
「わ、わたしも……幹也くんにとってもらわないといけない責任があるんだけど……」
雫がぽつりと呟く。
ちょっとまて、陽詩とアゲハはまだしも雫に対してなにか責任をとらされるようなことしたか俺。
でも、たしかに聞いた気がする。なんだっけ。なんの責任をとれっていわれたんだっけ。
なんかすごくビッチっぽいことを言われたのは覚えているんだが、それ以上は忘れてしまった。
「と、とにかく! あなたの言い分はわかったわ! そういうことならこれから三日間は幹也くんのアパートにはこない! それでいいでしょ!」
「甘いわ! 監視するといったじゃろうが! 今日から三日間は三丁目のロイヤル・ホステスに集合じゃ! わかったか!」
「くっ……わかったわよ。もう」
「さあ、そうと決まったらゆくぞ貴様ら!」
二人は陽詩に背中を押されて部屋をでていった。
「それじゃ幹也よ。せいぜいがんばるがよいぞ!」
そう言い残して玄関を閉める陽詩。
急に部屋が広く感じた。
なにはともあれ、これで作業に集中できる。
「しっ、やるか!」
俺は頬を両手で叩き、気合を入れた。
※ ※ ※
「ダメだ……ぜんぜんダメだ……」
これまでの切り抜き動画を作って投稿するも再生数は伸びない。それどころか減り続けている。
せっかく生活が安定してきて、さあこれから本悪的にダンジョンの調査を始めるぞ、なんて思っていたのにまさかこんな問題が発生するなんて。
編集で頭を使い糖分が欲しくなったのでコンビニに行く。
炭酸の缶ジュースを買って熱されたアスファルトを歩く。
公園にさしかかり、噴水の前のベンチに腰掛けた。
「どうすりゃいいんだ……」
「どうすればいいデースか……」
誰かさんが同じようなことをいったので顔をあげた。
右に顔を向けると、ワンカップを片手にうなだれている黒人が座っていた。
あれ、この人。
「マイケル?」
声をかけると彼もまた俺に気づいた。
「オー、十七夜月さんじゃありまセンか」
「こんなところで奇遇だな」
「そうデスね……実は今日、仕事をバックレまして……。ああ、いや、わたしのことより、十七夜月さんもなにか悩み事デスか?」
「ああ、まぁな……実は俺、ダンジョンの攻略動画を配信してるんだけど最近どうにも再生数が伸び悩んでてさ……」
「オー、それは悲しいデスね……応援してマース」
マイケルは眉を八の字にして心から同情してくれているようだった。
「ありがとう。マイケルは?」
「わたしはー、いろいろデース。仕事の悩みとか、家庭の悩みとかデース」
聞けばマイケルはたった一人で日本に来ているらしい。
俺も日本に帰ってきたときは独りぼっちだったし、妙な親近感が湧いた。
「そっか……俺も君を応援するよ、マイケル」
「アハハ、ありがとございマース。十七夜月さーん、ここで会ったのもなにかの縁デース。乾杯しまショー!」
「ああ、いいよ」
俺たちは缶とワンカップをこつんとぶつけた。
「負け犬たちに」
「オー、負け犬たちに!」
ぐっとジュースを飲み干した。
慰めあうのが悪いことだとはいわないが、このままのんびりしてても仕方がないな。
家に帰って次の動画作りを始めないと。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」
「あ、ちょっとまってクダサーイ。時に十七夜月さーん。十層の噂、知ってマスか?」
「十層の噂って?」
「なんでも十層にはサイキョーアイテムがあるそうデス。でもバリアがあって並みの探索者でははいれないそうデス」
最強アイテム。なんだそれ、ものすごく動画映えしそうじゃないか。
いままでは陽詩たちがいて家を長い時間あけておくわけにもいかなかったけど、いまなら上層階も目指せるな。
「なぁマイケル! その話、もっと詳しく聞かせてくれないか!?」
「オーケーデース。でもその代わりなんデスけど……もしいくつもりなら、わたしもつれていってくれまセンカ?」
マイケルは真面目な顔でそういった。
いっしょに来るくらい別にかまわないさ。なんなら俺の目的は動画映え。
どうせ最強アイテムを手に入れても正規ルートで売ることができないんだから、アイテムそのものにはさほど興味はない。
二つ返事で了承し、握手を交わす。
大きくてゴツゴツした職人の手だ。
「いい手だな」
「ありがとゴザイマース。十七夜さんもいい手をもってマスねー」
「そうかな?」
「イエース。この手は何万回も剣を振ってきたがんばり屋の手デース」
マイケルは白い歯をみせて笑った。
「十七夜さーん。いっしょにイキましょーネー」
爽やかな笑顔だ。なのになんだろうこの違和感。きっと見間違いだろうけど、彼の目の奥にほの暗い闇が見えた気がした。
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