第23話

 俺たちは呆気に取られていた。


 少年の凄まじい食べっぷりに。


「すげぇな……」

「よく食べるのう」

「どう考えても胃の大きさと釣り合ってない量が入ってるように見えるのだけれど……」


 魔力を消費したら確かに腹が減る。それは間違いないのだがいくらなんでも彼の食べっぷりは異常だ。


 十人前はあった食事のうち半分は食べてるぞ。


「もぐもぐ……美味しいです……」

「こうも勢いよく食べると見ていて気持ちがいいのう」

「そうね。ね、幹也くんも遠慮しないで食べてね」


 そういって胡坐をかいた俺の足に手を置く雫。


 俺は二人前も食べれば十分だ。


 しっかしどれもうまいな。味が濃い唐揚げやハンバーグとあっさりした味噌汁やほうれん草のおひたしなんかが抜群に合う。


 だいたいどっちがなにを作ったのかわかるわけだが、いっそ二人で飯をつくればいいのにと思ってしまう。


「あー! 貴様なんで幹也に触っとるんじゃ! このエロ!」

「え、エロ!? わたしはただ足に手を置いただけじゃない!」

「触り方がエロいんじゃ! それキャバ嬢がやるやつじゃろ! わらわ知っとるぞ!」


 人に馬乗りになっといてよくいうなこいつ。


「むしろなんでキャバ嬢の触り方を知ってるのよ! あなたのほうが煩悩まみれじゃない!」

「幹也にわらわを好きになる権利を行使させるために動画で勉強したんじゃ!」

「じゃああなたもやればいいじゃない!」

「う……うむ……まぁそうなんじゃが……」


 急に尻すぼみに声が小さくなる陽詩。


「まさか恥ずかしいの? 男の子に触るのが」


 雫は小馬鹿にするように笑った。


 こいつら実は仲が良いんじゃないだろうか。


「ば、馬鹿な! そんなわけないじゃろう! 見ておれよ!」


 陽詩は俺の隣にちょこんと座るともじもじし始めた。


 飯食ってるからあんまり強引にされたら怒ろう。


 そう思っていると、陽詩はジャージの肘のあたりを軽くつまんだ。


「ど、どうじゃ……」


 どうじゃっていわれても、そりゃお前。


「正直、いままでで一番ぐっときたかもしれん」

「本当か!? なーっはっはっは! どうじゃみたかドスケベポニーテール! 幹也はストレートなエロよりこういうのが好きなんじゃ! わかったかこのスケベ!」


 陽詩はすぐに俺から手を離して雫を指さした。


 女性がスケベって言われてるところなんて初めて見たぞ俺。


「くっ……なんであなた常にずうずうしいのにそういうところは奥手なのよ……。逆になんかいやらしいわ……」

「はーん。さえずるがよいわファッションビッチめ」


 ファッション感覚でビッチになるメリットってあるのだろうか。


「いやらしいかどうかはよくわからないけど、お前、普段からわりと俺に触ってるじゃないか。なにをいまさら照れてんだ?」


 触るくらいなら水着見せたり馬乗りになるよりずっと簡単だと思うけどな。


 素朴な疑問をぶつけると、陽詩は頬を染めて口を尖らせた。


「ふ、普通に考えて、人前で口説くのは恥ずいじゃろがっ……」


 ごもっともだった。


 二人きりのときもこれくらい大人しければいいのに。


「さすがアニキ……女性にモテモテで雄々しいことこのうえないです」


 ここまで食事に夢中だった謎の美少年がようやく会話に参加した。


「腹いっぱいになったか?」

「はい……とても美味しかったです」


 少年は、それはもう幸せそうな笑みを浮かべた。


「そうか。そりゃよかった。ところでお前、名前はなんていうんだ?」

「ボクは雷門らいもんアゲハといいます。アニキの名前はなんていうんですか?」

「俺は十七夜月幹也だけど……そのアニキってのはいったいなんなんだ?」


 さっきからちょいちょい気になるんだが。


「アニキはアニキです。ボクはアニキの一番の舎弟になることにしたんです」

「ちなみになんで?」

「それは、ボクの肩を掴むアニキの手があまりにも男らしくて……」


 ぽっ、と顔を朱に染めるアゲハ。


 つまりこいつは男らしさを学びたいってことなのだろうか。


「な、なんじゃ幹也の手が男らしいって! そんな理由で舎弟になる奴がおるか!」

「わからなくは……ないわ」


 雫がぼそりと呟くと、陽詩は「は?」と一音発した。


「おい、いまなんといった? まさかお主も幹也に肩を抱かれたのか?」

「ふっ、事故みたいなものよ。気にしないで」

「おいなんじゃその勝ち誇った態度。燃やすぞ!」


 陽詩が手のひらにしゅぼっと火を灯し、俺はすぐさま火に手を被せて鎮火した。


「バッカ野郎お前! 部屋の中で火をつけるやつがあるか!」

「お、おぉ……すまぬ……」

「ったく……」


 ぱっと陽詩の手を離すと、彼女はぽーっと自分の手を見つめながらため息をついた。


 おい、なんだその反応。俺の手には百年後の女子を興奮させるフェロモンでもでてるのか?


「で、とにかくお前が俺の舎弟になりたい理由はわかった。俺としてもエクスカリバーをうまく扱ってもらったほうが安全だと思うし、しばらく面倒をみさせてくれ」

「本当ですかアニキ。嬉しいです……」


 アゲハはにこりと微笑んだ。


 ほんとに女の子みたいにかわいい顔してるな、この子。


「二人もいいだろ? お隣さんなんだし、邪険にしなくてもさ」


 いちおう陽詩と雫にも許可をとる。


 とる必要があるのかどうかはよくわからないが、とらないとまた不満がたまりそうな気がするしな。

 

「……男の子なら問題ないわ」


 なんで男なら問題ないんだよ。


 いいや、よそう。深く考えないことにする。


「手……おっきんじゃぁ……」


 陽詩はあいかわらず惚けてる。


 じゃあ、まぁ、オッケーってことで。


 いずれにしても、面倒をみるのは俺が百年前に戻るまでの間だけだ。


 いつまでもこの時代に居座るわけにもいかないし、あるていど訓練したらぼちぼちダンジョンの調査を始めよう。

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