第42話

 直後、マイケルの手から紫色の光りが溢れ出す。


「マイケル!?」


 あまりのまばゆさに顔を腕で庇う。


 薄目で見た景色の先で、マイケルの腕や顔の皮膚がぼろぼろと崩れ始め、筋肉繊維がむき出しになっていく。


「十七夜月さーん……」


 人体模型のような状態になりながら、マイケルは俺の名を呼んだ。


「すぐに離せ! それは人間が扱えるような力じゃない! 死ぬぞ!」


 魔力の規模としてはエクスカリバーと似ている。けれどエクスカリバーは人間でも扱えるように調整されていたが、こっちはむき出しの力そのものだ。振るう時だけ力を発揮する剣と違って、常に神の力にさらされることになる。


 神の力は不可能を可能にする力だ。そんな力を扱うには力が使用者に適した形になるか、使用者が力に適した形になるかしかない。


 マイケルはあの宝石によって、神の力に適した存在になろうとしている。それはつまり人間ではないなにかへの変貌。人としての死を意味しているんだ。 


「それが望みデース……」

「なに!?」


 マイケルは顔中の筋肉を歪めて邪悪な笑みを浮かべた。


「わたしは絶望していマース。このまま死ぬならそれでいいデース。そもそも十七夜さんについてきたのだって、わたしは途中で死ぬつもりデシタ。でも、もしも、力を手に入れることができたなら……わたしはこの世界を滅ぼしたいと思ってマーシタ」

「ま、マイケル!? うわあ!」


 一際強い光が視界を覆いつくす。


 数秒後、光りがおさまって目を開く。


「マイ……ケル……?」

「フシュゥゥゥゥウウウウウ……」


 目の前には、口から白い呼気を漏らすマイケルが立っていた。


 全身の筋肉が隆起し、身長は二メートル以上ある。


 体の表面には骨格に添わせて骨のような装甲が装着されており、顔も髑髏の仮面をかぶっていた。


 異様な変貌を遂げたマイケルのほの暗い瞳の奥で、赤い眼光が爛々と輝いている。


”マイケルううううううう!?”

”なにこれどういうこと!?”

”マイケルはどうなっちまったんだ!?”


 視聴者たちはこの状況を飲み込めていないようだった。


 マイケルは神の力の一端を手に入れたことで、全身の細胞が作り変わった。つまり魔神化したのだ。彼は、神の力を扱える器になった。


「十七夜月サーン……死んでクダサーイ」


 ボッ、とマイケルの姿が消えたと思ったら、腹部に強烈な衝撃が走った。


 踏ん張りが効かず体が浮き上がる。


 遥か後方へと吹き飛ばされ、見えざる壁サイレント・ウォールに背中を叩きつけられた。


「ぐはっ!? ま、マイケル……」


 とんでもない威力だ。エクスカリバーでさえ俺の手の薄皮一枚を焦がす程度だったのに、まともにダメージを受けるなんていったいいつぶりだろう。


 チート単体とチート能力者にはこれほどの差があるのか。


 少なくとも日本に帰ってきてから初めてじゃないだろうか。


 それにこの圧力プレッシャー。ベルンドで初めて陽詩と相対したときか、それ以上の威圧感だ。


「十七夜月さーん」


 いつの間にか目の前にマイケルが立っていた。


 彼は俺の頭を掴んで持ち上げ、顔を覗き込んでくる。


「マイケル……お前……なんで……」

「いま最高の気分デース。この力があれば世界を滅ぼせマース」

「世界を滅ぼしてなんになるんだよ……」

「気が晴れマース。それだけデース」


 そんなことのために、人間であることを捨てられるのかよ。


 そんなことのために、人を傷つけるっていうのかよ。


「十七夜月さーん。きっとあなたが一番の脅威になりマース。なので、ここで殺しマース」


 ぎりり、と頭を掴む手に力がこめられる。


 マイケルは右手で拳を握り、大きく振りかぶると、先ほどよりもさらに強い力で殴りかかってきた。


 メガトン級の拳の乱打を受けても、俺はされるがままだ。


 ダメージは蓄積されていく。体中の骨が軋んだが、それ以上に心が痛い。


 反撃すれば倒せる。その確信はある。俺は一年間も神の力であるエクスカリバーをふるい続けてきたんだ。俺の体にはじっくりと馴染ませた神の力の一端が宿っている。


 はっきりいって、いま力を手に入れたばかりの初心者チート能力者ビギナーに負けることはない。


 だができない。俺にはマイケルを攻撃できない。彼がこれほどの力を持っている以上、手加減できる気がしなかったからだ。


「ハハハハハハハ! 十七夜月さーん! 楽しいデース!」


 髑髏の仮面に、水のようなものが流れているのが見えた。


 泣いてるのか、マイケル。お前も心が痛くてしかたないのか。


 クソ、俺はどうすればいいんだ。


 反撃しなければさすがの俺でもいつか死ぬ。それに世界にも大きな被害が出る。無関係の人々が危険にさらされる。


 かといって反撃すれば死ぬのはマイケルだ。


 拳を握ろうとすると、マイケルのあの屈託のない笑顔を思い出してしまう。


 友か世界か、どっちが大事だ----。






”戦うのじゃ! 幹也!”






 殴られながら手首を見ると、リストバンドにそんな一文が表示された。


”あなたが殺されるのはマイケルさんにとって救いにはならないわ!”

”世界のためにも、自分のためにも、そしてマイケルさんのためにも拳を握ってくださいアニキ!”


 このコメントは、もしかして。


「みんな……。でも……」


 本当にいいのか。


 俺は、本当にマイケルと戦っていいのか。


”思い出すんじゃ幹也よ。お主は誰のために戦っておるのかを。いつもお主の傍で見守っている者たちがいることを!”


 その一文は濁流のように押し寄せるコメントの波に流され、あっという間に消えてしまった。


「誰のために……」


 そうだ、俺は。


 俺には、いつだって背を押してくれる仲間がいたじゃないか。


 異世界を救って、たった一人で百年後の日本に放り出されて、そんな俺がこうしていられるのはみんなのおかげだ。


 俺はずっと、俺を支えてくれたみんなのために戦ってきたんじゃないか。


「すまん、マイケル……」

「なんデースか十七夜月さーん! 遺言ならお早めにお願いしマース!」


 マイケルは大きく振りかぶって、俺の顔面に拳を放った。


「俺はみんなのためにも、負けるわけにはいかないんだ」


 俺は彼の拳を受け止める。


 大きな手だ。でも、もういい手とは言えないな。


「ホワッツ!?」

「俺は……俺には……ずっと支えてくれた仲間がいるから……」


 頭を掴むマイケルの手首を握りしめる。


 力が緩み、ようやく地上に足がついた。


「な、なんなんデスかこのパワーは! まさか、あなたもすでにこのパワーをもっているというのデスカ!?」

「俺の大事な人たちの期待に応えるためなら、俺はお前もぶっ飛ばす!」

「だれなんデスか大事な人って!」


 そんなの決まってるだろ。


 金も住所も戸籍もない俺を、最初からずっと見守ってくれた仲間たち。


 俺に居場所を与えてくれた唯一無二の存在。


 そう、それは----。


”わらわじゃ!”

”わたしかしら”

”もしかして……ボクですか……?”


視聴者リスナーのみんなだあああああああああああああ!」


 俺の拳がマイケルの胸を穿つ。


”うおおおおおおおおおおおお! いってくれるじゃねーかジャージ戦士いいいいいいい!”

”愛してるぜこの馬鹿野郎おおおおおおおおお!”

”いけ! 火星までぶっ飛ばしやがれえええええええええ!”


 コメントの数が凄まじい勢いで増えていく。


”ふっ、可愛いこと言うじゃないのジャージくん”

”がんばってジャージ先輩!”

”ふぉっふぉっふぉっ、世界の命運はお主に託された! ゆけい、ジャージ戦士よ!”


 再生数は五千万人を突破。


”ぼくのゆめは、いつかじゃーじせんしみたいなつよいひとになることです。”

”若いっていいわねぇー”

”ジャージくん。君を見ていると青春時代を思い出すよ。いつもありがとう。しがないサラリーマンより。”


 さらに六千万……九千万……一億三千万……二億八千万……四億……八億……最終的に十六億二千八百万人に再生された----。

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