第44話
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病院の帰り道。
マイケルは肩を落として街灯が点々と照らす夜道を歩いていた。
検査の結果、いたって健康体だった。最初から怪我などしていなかったかのように傷一つない状態だ。
胸を貫かれたあの時、たしかに死を覚悟したのにまさか生きながらえるとは微塵も思ってなかった。
いまさらもう一度死ぬ気にはなれない。
あの、心臓を破られた時の感覚を一度でも経験すれば、だれでも死に対して怯えるようになる。徐々に死が迫ってくるあの感覚は、二度と味わいたくはない。
だがそれ以上に、目を覚ましてすぐ幹也から「生きてりゃいいことあるだろうが! 諦めんなよ!」といわれて泣きながら殴られたことが死を拒絶するようになった一番の理由だろう。
「憂鬱デース……」
これから先、なにを支えに生きていけばいいのだろう。
マイケルはわからなかった。どこへいけばいいのかも、なにをすればいいのかもわからなかった。
習性じみた帰巣本能に従って六畳一間のアパートに帰ってくる。
この、なんの温もりもない我が家に。
「ホワッツ?」
なぜか自分の部屋の電気がついている。
不思議に思いつつ、ドアノブをひねって玄関をあけた。
「ダディー!」
「オカエリナサーイ!」
すると二人の女の子が足に抱き着いてきた。
キッチンでは、一人の黒人女性が鍋を掻きまわしている。
「マリリン……?」
マイケルが名前を呼ぶと、彼女は頬を隆起させてこちらを見た。
「おかえりなさい、マイケル」
「な、なぜ、ここにいるんだい?」
夢かと思った。
けれど夢にしては、目の前のマリリンにも足に絡みつく子供たちにも、存在感がありすぎていた。
「あなたが心配だったから。最後の通話の日に、夜行便にのって来たのよ」
「でも、君は、ケビンと……」
「あの日は大雨だったの。ケビンは割れてしまった窓を取り替えてくれてくれただけなのよ。でもびしょ濡れになってしまったから、お風呂をかしてあげたの」
「じゃ、じゃあ、なぜモニタを切ったんだい?」
マイケルがそういうと、マリリンは悲しそうな顔をした。
「ノー……。あれは切ったんじゃない、切れてしまっただけなの。近所の電柱に雷が落ちてパソコンがショートしたのよ」
「てことは、君は浮気していなかったってことなのか?」
マイケルがそう問いかけると、マリリンは頷いた。
「やっぱりそう思っていたのね。わたしは焦ったわ。きっと勘違いさせてしまったんじゃないかって。ねえ、マイケル。これからはわたしもこっちで働くわ。そして、いっしょに日本で暮らしましょう」
マリリンはそっとマイケルに歩み寄り、彼の胸に顔を埋めた。
「オー……。オーケー……オーケー、マリリン……オーケー、マイエンジェル……ぐすっ」
腕の中に感じる確かな質量に、そのぬくもりに、マイケルは涙と鼻水をがどっと溢れ出し、マリリンと子供たちを抱きしめた。
いつまでも、いつまでも。
力強く抱きしめたのだった。
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