異世界を救った勇者は子供に手を焼く

第46話

 八月も後半にさしかかったある日。


 今日も俺の部屋には騒がしいやつらが集まっている。


「貴様のダイエットに協力してやろうというのじゃ! 喜べ淫乱サーロイン!」

「別にダイエットなんてするつもりはないし、なんならあなたがするべきじゃないかしらこの寸胴カルビ!」


 部屋の中で刃を交えて本物の火花を散らしているのは、朝比奈陽詩と藤堂雫の武闘派娘コンビだ。


 ことの発端は先日に四人でいった海。海では喧嘩もなく、みんなでスイカ割りをしたり砂に埋め合ったりビーチバレーをして楽しんだ。


 スマホでも写真を撮ったがアゲハがインスタントカメラを持ってくるというサプライズを用意してくれたので、みんなで思い出の写真も撮影した。


 帰りの電車では陽詩と雫が寄りかかりあって眠るという、亀の出産にも勝るとも劣らない貴重な瞬間を見ることができた。


 俺たちは楽しみつくした。それはもう大いに楽しんだ。


 なのにいまは二人とも暴れ牛の如くブチギレておられる。


”部屋の中で刃物を振り回すなw”

”マオマオたんの口からこんな汚い言葉が飛び出すなんて興奮するううう!”

”会長の娘さんって、もっと大人びた感じだと思ったけど友達の前ではこんな感じなのね”

”アゲ丸が女だと知ってショックを受けたのは俺だけなのか……”

”ジャージ戦士のプライベートは愉快だなぁ(はなくそほじー)”


 ちなみに一連のやりとりは俺のスマホで配信中だ。

 

 なんなら海で遊んだ時も配信した。


 というのも先日のマイケルの一件のあと、陽詩が自分のチャンネルで視聴者リスナーたちに俺を嫌いになるのは筋違いだと言ったり、雫が自分のギルドの人たちに俺とはただの友達だと説明したことでなんとか視聴者が戻ってきた。


 陽詩はまだしもなんで雫のギルメンにまで邪険にされなきゃいけないのかよくわからないが、詳しく聞いても雫にはぐらかされてばかり。状況が落ち着いたから別にいいけど、ちょっと気になる。

 

 視聴者たちの信頼が戻ってきてからは、マイケルとの戦いでまた一気に注目を浴びたこともあり順調にチャンネル登録者が増え続けている。現在は約一千万人が俺のチャンネルに登録している。ありがてぇ。


 ただやはり三人の女性と怪しい関係をもっている疑惑があるのは今後の活動に悪影響を及ぼすと賢者たちかいいんに助言され、いっそのこと期間限定で私生活を配信することで俺たちは単なる友達であることをアピールしたらどうかという結論に至った。


 そんなわけで、こんな犬も食わないような喧嘩でさえ配信しているのである。 


「ああー! まだいうか貴っ様ぁー!」


 小麦色に焼けた陽詩が叫んだ。視聴者たちも”マオマオたんが吠えた!””マオマオの怒った顔でピザが三枚いける!”と大興奮だ。


 陽詩の奴は自分の体型を気にしている。


 というのも、十分ほど前にアゲハが現像した写真を持って帰ってきたのだが、その写真を見た雫が陽詩を見て「可愛いー!」といったのだ。


 はじめは陽詩も照れていたのだが、雫が「子供っぽい水着が似合う」とか「抱っこしたくなる」とか言い始めて雲行きが怪しくなっていった。


 陽詩にしては珍しく、本当に珍しくキレることなく「ふふん、それでもわらわはスタイル良いじゃろ」と問いかけると、雫は「わたしの方がいいわよ」と稀に見る天然っぷりを発揮してしまった。


 途中からこめかみに青筋を浮かべていた陽詩は、とうとう我慢の限界がきてレイピアを抜いたというわけだ。


 たぶん雫も浮かれていたんだと思う。陽詩に気を許していたからこそつい本音が出てしまったのだろう。


 実際、誰が見ても雫の方がスタイルがいい。俺だって、例えば女神様にどっちがナイスバディですか? と聞かれたらきっと雫だと答えるだろう。


 だからといって本人の前でそんなことはいわない。これは仲良くなったことで起きた悲劇といわざるをえない。


「ひなの姉御もしずくの姉御もどっちも可愛いですよ」


 アゲハはまだ旅行気分なのか、写真を見ながら上機嫌になっていた。


”アゲ丸って普段はスカートを履くような女の子なんだな”

”あのティーシャツのアニメ知ってる”

”あれでしょ、日アサの女児向けアニメ”

”魔法少女ステゴロ・バーサク”

”そうそう、オープニングがデスメタルのアニメだよね”

”魔法のサックで殴打する~……って歌詞のやつだっけ”


 アゲハの好きなアニメについてよく知らなかったが、あいつずいぶん濃いものを観てるんだな。


 いや、まて、それより日曜の朝からなんてもん放送してんだ。大丈夫かこの国。


「しゃらあ!」

「はいいい!」

 

 アゲハがにこにこしている手前で刃を交える二人。


 ひゅひゅひゅん、と銀の刃が風を切る。


 どうか壁が傷つきませんように。そんなことを願って見守っていると、アゲハがもっていた写真が真っ二つに切り裂かれた。


「あ……」


 宙を舞う哀れな写真。あれは、よりにもよってアゲハのピンショットじゃないか。


 一番可愛く撮れました、といって何度も俺に見せてきたお気に入り。


 自己主張が少ないアゲハが自ら見せに来るだけあって、黄色とオレンジのチェック柄の水着を着てスイカを抱えながらとびきりの笑顔をカメラが捉えた奇跡の一枚だ。


「ぐぬぬぬ!」

「うぐぐぐ!」

「………………」


 そんな最高の一枚を台無しにしたにも関わらず、陽詩と雫は鍔迫り合いに突入していた。二人ともまるで見ていないが、彼女たちの後ろではアゲハが両手を床について無残な写真を見下ろしている。


”ああー、アゲ丸可哀そう”

”ついさっき見せてくれた写真が……”

”せっかく可愛く撮れてたのに”

”これ、来るんじゃね?”

”なにが”

”あ、来るかも”

”くるくる”

”こいやああああああああああ!”


 来てたまるかよ。 


「お、おい……アゲハ。……落ち着け」


 争う二人を間に挟んだまま、なだめるように声をかける。


 俺の声が届いているのかいないのか、彼女はエクスカリバーを片手にゆらりと立ち上がった。


 やばい。これは本当にやばい。

 

「うぅ……うわああああああああん!」


 アゲハは金色の瞳から大粒の涙を零し、エクスカリバーを両手で握りしめた。


 彼女の絶叫に呼応するようにエクスカリバーが青白く発光。一瞬、部屋が白く染め上げられると、アゲハの髪は逆立ち、全身に電気を帯びて、何度も静電気が起こっているような音が発生していた。


「む! 貴様も参戦する気か舎弟の癖に! さすがにガリガリのお主よりわらわのほうがスタイル良いぞ!」

「……僕は舎弟じゃない」

「あなたよりアゲハのほうがスマートでよっぽど女の子らしいわ!」

「……僕は女の子じゃない」

「や、やめろアゲハ! こんなところで暴れたらアパートが滅ぶ!」

「……僕は……アゲハじゃない!」


 アゲハの精神を乗っ取ったエクスカリバーのバーちゃんがぎろりと俺を睨んだ。


”きたああああああああああ!”

”へ・や・の・な・か・で・w”

”声低い! かっこいい!”

”アゲ丸くうううううううううん!”


 視聴者たちはおおはしゃぎだが俺はそれどころじゃない。


「ご主人……」

「ま、まて、落ち着け……ここは……」

「死ねええええええええええ!」 



 六畳一間の狭い部屋で、特大の雷撃魔法が放たれる。


 畳はめくれ上がり、LED照明のカバーは粉々に弾け、視界が真っ白に染まった。


 俺はとっさに胸の前で手をあわせ、魔法を発動。


 俺の周囲に時計が出現して周囲の時間が止まった。


「リライフ」


 時計の針が猛烈な勢いで逆回転を始める。同時に爆風が縮んでいき、砕けた照明のカバーも元に戻り、めくれ上がった畳も狙いすましたかのようにはまっていく。


 これはダンジョン十層で得た新たな力。時の魔法だ。


 属性魔法とは違う特殊魔法に属する魔法で、本来は神にしか扱えないはずの力だが、なぜか今の俺には扱える。


「おおおおおおお!」


 全力で魔法を発動した。


 百年前の日本から来た俺には、この時代の戸籍がない。身分証もない。配信のおかげで金はそこそこあるが無駄遣いができるほど裕福でもない。


 このアパートを追い出されたら次に住む場所が見つかるかもわからないんだ。なんとしてでもこの部屋は傷つけさせない。


”部屋がもどっていく!”

”すげえええええ! 逆再生みたいだ!”

”ちょっとまった、戻しすぎじゃない?”


 戻しすぎ。そんなコメントが目に入って慌てて魔法を止める。


 時計の針が一斉に停止して時間の逆行が止まった。


 部屋は元通り。というか、畳も壁もいつも以上に綺麗だ。


 たしかに戻しすぎたかもしれない。なれない魔法だから力の加減がわからなくて、魔力が尽きる寸前まで発動しちまった。


「はぁ……疲れた……」


 どっと疲労感が押し寄せてきて俺はその場に尻もちをついた。


 部屋は綺麗になりすぎたが、問題ない。むしろ喜ばしいくらいだ。


 俺は手のひらを見つめた。


「この力を使いこなせれば……」


 俺は百年前に戻れるかもしれない。いやきっと戻ることができる。


 いまはまだ半径三メートル程度の範囲までしか発動できないが、熟練度を上げていけば世界全体の時間を巻き戻すことだってできるはずだ。


 道のりは長いが挑戦する価値はある。


”お、おい……なんだこれ……”

”マジか”

”これ、大丈夫なの?”


 なんかコメント欄が騒がしい。


 時を操る魔法が珍しいからだろうか。


 そう思っていると、ふと、陽詩たちが妙に静かなことに気づいた。


 恐る恐る腕を下ろしてみると、部屋の中央に三人の服が落ちていた。


「みんな……?」


 服がもぞもぞと動いている。


 服の下から三人同時にひょっこり顔をだしたのは、まだ十代にも満たない幼児たちだった。


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