第十一章 入り乱れる人々の思惑

第43話 万明玉の推理

 仮氷室の階段をおり、万明玉たちは隠し扉のまえにたった。

 李薫児が人を呼び、今にも乗りこんでくるかもしれない。あせる万明玉は、さっそく隠し扉の仕掛けを押そうとする。しかし、階段のうえから声がふってきて、彼女の手はとまった。


「妻殿!」


 階段を駆けおりる音がして、武俊煕がすがたをあらわす。


「孝王殿下?」


 武俊煕には二度と会わないと決め、万明玉はここにいた。その彼が目のまえにいるなど信じられず、彼女はとまどってあとずさる。同時に、彼をまた目にできたよろこびで、胸が熱くなった。

 武俊煕は「なにをしているんだ?」と万明玉に問い、仮氷室のなかを見まわすと「淳皇后?」と驚きの声をあげる。


「どうして、ここに?」


 万明玉が武俊煕にたずねた。


「妻殿が心配で……様子を見に行ったら自室におらず、書置きを見つけた。来るならここだと思ったんだ」


 ――書置きが見つかるのは、朝だと思ったのに。


 偽の花嫁として嫁いだのは、万明玉の独断だと言うよう書置きした。武俊煕はその書置きを読んだらしい。またも予定どおりにいかない事態に、万明玉はあせる。

 万明玉に答えたが、理由など些細な問題だと気づいたのだろう。武俊煕は疑問の声をあげた。


「妻殿、これはどういう状況なんだ? なにをする気だ」


 今度は万明玉が答えあぐね、視線をさまよわせる。しかし、答える必要はなくなった。


「お従兄にいさま、いらっしゃいますか?」


 また階段のうえから声が聞こえてきて、万明玉たちの話は中断されたのだ。今度の声は女らしい。

 とんとんと階段をおりる軽い音がして、曲春華がすがたをあらわした。


「どうなっているの? ここに来る道中、みんな眠っていて……」


 仮氷室にはいってきた曲春華が不安げな面もちで武俊煕に訴える。

 もともと混乱していた武俊煕は困惑して眉をよせ「小華、曲家に帰ったはずでは?」と、従妹にたずねた。

 曲春華は表情をやわらげ「ええ、帰ったわ」と返事すると、従兄に答える。


「でもね。わたしはお従兄さまがどこにいるのか、常に知ってるのよ」


 さらりと答え、曲春華は胸をはった。

 武俊煕はますます困惑したらしく「小華。おまえはわたしの屋敷に密偵でもおいているのか?」と、従妹にたずねる。

 おそらく、是と言いたいのだろう。曲春華は黙ったまま、満面の笑みを武俊煕にむけた。


 ――玥淑妃に初めて会いに行った日も、曲春華はやけに都合よくあらわれた。彼女が怪異に襲われているのに出くわしたのも、武俊煕といっしょにだ。


 今までのできごとを思いおこし、曲春華の話に万明玉は納得する。彼女のやりようは、度を越していると万明玉は感じた。しかし、今は曲春華のふるまいになどかまってはいられない。いつ警備の宦官が駆けこんできてもおかしくないのだ。曲春華を気にする必要もないと感じた万明玉だったが、武俊煕のすがたがあらためて目にはいり、考えを変えた。


 ――この状況。孝王殿下がわたしと関係ないと印象づけるには好都合かも?


 一計をあんじた万明玉は、曲春華にむかって叫ぶ。


「静かにして! 武俊煕、それに曲春華。あなたたちが下手にうごけば、今すぐ淳皇后の命をうばうわ!」


 万明玉が脅した途端、曲春華はびくりとした。そして、部屋のなかを見まわすと、淳皇后に目をとめる。彼女は青ざめて疑問の言葉を口にした。


「なぜ、皇后さまがここに?」


 しかし、曲春華の疑問にだれも答えない。

 時間がたてばたつほど、状況は悪くなると知っている万明玉は、隠し扉の牡丹の彫り物を思いきり押した。

 以前と同様。がちゃがちゃ、ぎいぎいと金属や木材がぶつかりあう音がしはじめる。

 隠し扉がずずずと重い音をさせ、ゆっくりとひらいた。

 扉がひらききると同時に、万明玉が淳皇后に命じる。


「さあ。あなたが殺し、死んでもなお冒とくしつづけた柳毅に、ひざまずいて謝罪しなさいッ!」


 たいまつを手に、楊冠英が隠し部屋のなかにはいった。たいまつの火が、横たわる柳毅のすがたを照らしだす。

 横たわる柳毅をまじまじと見た淳皇后は、驚き目をまるくして疑問の声をあげた。


「彼があのときの方士ですって? 十五年前に死んでいるなら、なぜあんなに生き生きとしているの?」


 冷え冷えとした視線を淳皇后にむけ「その言い方はなに? しらじらしい」と口にし、万明玉は淳皇后をののしる。


「生きた人間の生気をあなたがあたえたから、体をたもっているんじゃない。もっと言えば、魂魄のない師兄の体をあなたが方士でも雇い、あやつったのよ。そして、柳毅みずからに後宮の使用人や武俊煕の花嫁を襲わせ、彼らから生気をうばわせたんだわ!」


 万明玉は言いきった。

 しかし、淳皇后は認めない。彼女は「なにを言っているの? なぜ、わたしにそうする必要が?」と疑問を口にし、ふるふると首をふった。

 万明玉が淳皇后の疑問にきっぱりと答える。


「皇位継承権のある武俊煕を追い落とし、あなたの息子の地位を盤石にしたいのでしょう」


 すると、淳皇后は「馬鹿を言わないで!」と叫び、主張した。


「わたしは皇帝陛下の正妻。その私に息子がいる。どんなに孝王が優秀であろうとも、彼は側室の子でしかない。わたしの息子の立場はゆるがない!」


 言いきると、今度は淳皇后が万明玉に「あなたは方士なのだろうけど、貴族の出身なのよね? だったら、わかるでしょう?」と、問いただす。


嫡女ちゃくじょで父上が溺愛する姉上が家督をつがなかった。だから、庶子しょしのわたしが家長になれたのはよく理解している』


 淳皇后の話を聞くうち、ばん正風せいふうが以前に言った言葉が、頭をよぎった。そして、万明玉は大いにとまどう。


 ――淳皇后の話は、理にかなっている。だけど……


 まちがっていたと認めきれず、万明玉は「後宮のなかに大の男を隠すなんて自由、あなたにしかできない!」と淳皇后をゆびさしてなおも断罪した。

 柳毅から視線をはずした淳皇后が、万明玉にむかい「いいえ。わたしではないわ!」と否定し、首をふる。淳皇后の訴えはつづいた。

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