煦煦たる皇子殿下の寵妃は絶佳の呪術師 ~失踪した初恋の人を探し求める美貌の方士は、偽りの花嫁を演じるうちに二度目の恋に落ちる~

babibu

第一章 初恋の消失と途切れた誓い

第1話 無限の延命術

 りゅう失踪の数日前。


 夜風がさわさわと木々をゆらす音にまじり、金属と金属がはげしくぶつかる音がひびく。金属音は闘技場から聞こえてくるらしい。月明かりに照らしだされた石づくりの舞台で、男女が打ちあい稽古をしていた。

 男は細身の剣、女は鉄製のこん棒を手に戦っている。彼らはおたがいに一歩もひかず、剣と棒をはげしく交錯させていた。


「いい身ぶりだ。ばん師妹しめい


 妹弟子の腹めがけて細身の剣を突きだし、柳毅がばん明玉めいぎょくをほめた。

 鉄こん棒を剣にぶつけ、万明玉は兄弟子の剣の軌道をそらす。


「あたりまえよ! 師父しふの弟子のなかで、わたしが一番優秀なのだから!」


 万明玉は自信満々に主張し、兄弟子に勝ち気な笑顔をむけた。

 妹弟子が突きを封じたのに、柳毅は声をあげて笑う。宙返りで後方にしりぞいた彼は、おだやかな口ぶりで妹弟子に返事した。


「師妹は負けん気がつよい」


 柳毅にあわせ、万明玉は自分もサッと後方にさがる。彼女はあごをあげて「ふふん」と笑いとばした。それから「りゅう師兄しけいはわたしのつぎに優秀よ」とつづけ、彼女がそう考える理由を語る。


「師父をのぞけば、長命を手にいれている弟子は、わたしと師兄だけなのだから」


 万明玉と柳毅。ふたりが師事しているのは、左隠君さいんくんと人々から呼ばれる仙道士だ。

 仙道士は、霊的な境地である不老不死にたっするべく修行や方術、調薬などをおこなう。彼らはたいてい、人里はなれた山奥の秘境などで修練に明け暮れていた。


 得意になっている万明玉に、柳毅は「慢心してはいけないよ」とおだやかに言いきかせた。彼は言葉をつづける。


「長命なだけで、不老不死ではないからね」


 人差し指と中指をたてた刀印をむすび、柳毅が言った。そして、印をむすんだ指を剣身にゆっくりとはわせる。彼が指をはわすと同時に、剣が炎をまとった。


「ほんとうにそう?」


 兄弟子に問いかけた万明玉は、彼にむかって鉄こん棒をかまえなおす。


「どういう意味だい?」と柳毅。


「かぎりなく不死にちかづく方法はあるじゃない」


 きっぱりと言い、万明玉は笑った。

 妹弟子の答えが気にいらないらしい。柳毅は「師妹、もしかして」と口にし、そっと眉をよせる。

 万明玉の話はさらにつづいた。


「わたしたちの修練は、生きながらにして魂魄と肉体をわける術を体得するにいたっている。だから昔話にでてくる狐狸精こりせいの王妃みたいに、わたしたちは自分以外の肉体に魂魄のうつしかえができる。つまり古い体を捨て、新しい体へ魂魄を乗せかえつづければ、どこまででも延命できるわ」


 自信のある口ぶりで話し、万明玉は兄弟子にほほ笑みかける。

 ところが、柳毅は万明玉の意見に賛同しなかった。それどころか「なんて方法を考えるんだ!」と声をあらげた彼は、剣を妹弟子にむけると勢いよくとびかかる。万明玉との距離をぐんぐんとつめ、彼は叫んだ。


「他人の生を犠牲にし、自分を生かすなんて邪道だ!」


 言いきるとともに、炎をまとった柳毅の剣が万明玉をするどく突いた。

 柳毅のうごきは万明玉の想像より俊敏だ。彼女はぎりぎりの瞬間に彼の剣をさけるので精いっぱい。剣身をさけはしたが、剣のまとう炎が彼女を襲う。


「キャッ!」


 万明玉の手の甲に剣の炎がふれた。猛烈な熱波に、彼女は思わず悲鳴をあげる。

 柳毅は「万師妹!」と声をあげ、慌てて戦闘態勢をといた。

 万明玉も戦っていられなくなり、やけどで痛む手を「あちち」とひらひらとふる。

 血相をかえて万明玉に走りより、柳毅は「すまない!」と声をあげた。彼は、すばやく万明玉のやけどを見ると、顔色を青ざめさせる。


「冷やさなければ!」


 大慌てで言って、柳毅はあたりを見まわす。どうやって患部を冷やそうかと考えているのだろう。彼はきょろきょろとあたりを見まわした。せわしなく視線をうごかしながら、柳毅は「心をみだしてしまうとは、わたしも修行がたりない」と弱弱しく言う。

 しかし、柳毅の見解に万明玉は同意できなかった。彼女は手の甲のやけどを見つめ、考える。


 ――乱心者なんかに、わたしは負けない。師兄が心をみだしただけなら、うまく逃げきれたはずよ。


 万明玉は、やけどから柳毅に視線をうつした。彼女の目に、あたふたする柳毅のすがたがうつる。打ちあい稽古中の彼とは別人だ。めぐまれた体をもち、武術や方術をよくするが、兄弟子はやさしい性格で人柄もいい。慌てる兄弟子を眺めながら、万明玉はさらに考えをふかめた。


 ――柳師兄は、彼自身が思っている以上に強い。彼なら霊的な境地にたっするかもしれない。なのに……


 柳毅の現状に不満がある万明玉は「ねえ」と兄弟子に呼びかけ、たずねる。


「柳師兄は、ほんとうに結婚するの?」


 あたりを見まわすのに忙しいからだろうか。柳毅の反応はすこし遅れたが「そうだよ」と万明玉を見ずに答えた。

 万明玉は、さらにたずねる。


「相手は、ふつうの人間なのよ?」


 今度の反応ははやかった。やはり妹弟子に視線をよこさず、柳毅は「ああ」とうなずいた。

 しかし、万明玉が聞きたいのは、目に見える事実ではない。柳毅が自身の結婚をどう考えているのかだ。よって、知りたい話を聞きだせなかった彼女は、いらいらして問いなおした。


「わたしと師兄は、ふつうの人間には望めない長命を手にいれた。師兄は結婚相手と、夫婦そろって白髪になるなんて無理なの。相手がたちまち、さきにいなくなってしまうのだから。それでもいいの?」


 万明玉の言いぶんに、まわりをさがし見ていた柳毅のうごきがとまる。彼はゆっくりと万明玉にむきなおると、真面目な顔で話しだした。

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