第2話 結びつかない縁

「彼女もわかっている。それでも夫婦になりたいと言ってくれるんだ。それに、わたしの育ての親である叔父がくれた縁でもあるし、師父もよろこんでくださっている」


 指を折って数え、りゅうは「親もない孤児のわたしには、もったいない良縁だ。婚姻をむすばない理由がないよ」と、生真面目な顔できっぱりと口にする。

 たいして関心のないふりをし、ばん明玉めいぎょくは「ふうん」と柳毅に軽いあいづちをかえした。そして、だまりこむ。



 ――師兄が結婚するなら、わたしとだと思っていたのに。


 柳毅に恋心をいだく万明玉のなかに、歯がゆい気もちがわいた。しかし、優秀な仙道士で育ちもいい彼女は、自尊心が高く尊大な態度をとりがちな人物だった。そのため、意中の人とはいえ結婚の決まった相手に告白し、失恋するなどたえられない。よって、彼女は自分の気持ちを兄弟子に告げられずにいた。

 沈黙する万明玉を不審に思ったのだろう。柳毅が彼女の顔をのぞきこみ「師妹?」と声をかけた。

 すると「良縁ならば」と口をとがらせ、万明玉は不満たっぷりに話しだす。


「師兄は婚儀を最優先にすべきよ。師父の弟子はたくさんいる。なのに、どうして師兄がこんな時期に妖怪退治に行かなければならないの?」


 万明玉は、心とは裏腹の不満を柳毅にぶつけた。

 しかし、気を悪くしもせずに、柳毅は万明玉に答える。


「孝王夫人から師父への要請なんだ。でも、よほどの事態でなければ、師父は山をおりたりはしない。かといって、皇族の依頼をほうってもおけない。かわりがつとまるのは、わたしか師妹だ」


「わたしは行かないわ!」


 万明玉は胸のまえで腕ぐみをし、そっぽをむいた。柳毅が妖怪退治に行く必要はないと、万明玉は思っている。そして、自分が代行する必要もないと考えていた。万明玉は自分の考えの根拠を口にする。


「王府に妖怪があらわれるだなんて、きっと気のせいよ」


 うんざり顔で万明玉は主張した。

 再度あたりを見まわしながら、柳毅は「そうだろうか?」とあいづちする。

 万明玉は「そうよ」と言い、兄弟子に答えた。


「妖怪が特定の人物をつけ狙うなんて、よほどの遺恨がなければおこらない。つけ狙われているのは、年端もいかない子供なのよね? 子供が大きな遺恨をどこでのこすの?」


 万明玉の話にうなずき「たしかにそうだ」と応じると、柳毅は推測を口にする。


「屋敷の者は妖怪だと言っているが、実際は妖怪ではなく幽霊なのかもしれない。幽霊なら、子供のあずかり知らぬところで執着をのこしていてもおかしくない」


 柳毅の意見を、万明玉は一笑にふして言う。


「だとしたら、そこらの方士で事足りる。やはり、わたしたちが行く必要なんてないわ」


 きっぱりと言った万明玉だったが、すこし勿体ぶって「わたしは」とつづけると、彼女の思うところを話した。


「子供をつけ狙っているのは、人だと思う」


 柳毅は周囲に目をむけたまま「人?」と、万明玉の言葉をくりかえす。

 万明玉は「ええ」と胸をはり、自信満々に語った。


「だって、その子供は孝王の第一王子なのでしょう? 跡目争いで敵対派閥に狙われるほうが、妖怪に狙われるより、よほど現実味があるわ」


 万明玉の言いぶんを正しく感じたらしい。柳毅は「なるほど」とうなずく。

 兄弟子の同調に機嫌をよくした万明玉は「だから」と言い、さらに主張した。


「もうすぐ結婚する師兄がわざわざ行く価値もないの!」


 万明玉の主張は、婚儀を優先するべきと柳毅には聞こえただろう。ところが、彼女の本心はちがう。


 ――妖怪退治に手間取ったら、師兄の婚礼は先のばしになるかしら?


 都合よく考えたが、万明玉はすぐに自分の考えが甘いと気づいた。なぜなら、妖怪でも人間でも優秀な兄弟子ならば、きっと簡単に事件を解決してしまうからだ。ならば、婚儀もつつがなく行われるにちがいない。


 ――もう師兄の婚姻はとめられない。万明玉よ、万明玉。あなただって、わかっていたのじゃない?


 失望で万明玉の目がしらは熱くなったが、彼女はぐっと涙をこらえて思考をほかにむける。


 ――だいじょうぶ。柳師兄と彼の妻の結婚生活は、わたしにとっては短い時間なのだから。


『師兄はその人と、夫婦そろって白髪になるなんて無理なの』


 自分の言いぶんを、万明玉は思いだした。

 万明玉と柳毅は不老不死を目指し修練にはげむ仙道士。しかも、いくらかの修練に成功した彼らは、不死でこそないが長命をすでに獲得している。しかし、柳毅の婚約者はふつうの人間だ。寿命を考えれば、柳毅と長く一緒にすごせるのは花嫁より万明玉だろう。


 ――わたしは柳師兄と婚姻の縁をむすべなかった。でも、わたしは彼の妻よりも長い時間を、師兄と共有してみせる。そうすれば、わたしと柳師兄の妻のどちらが彼にとって大きな存在になりえるかなんて、火を見るより明らかだ。


 万明玉は自分をなぐさめた。


「師妹は、わたしの婚姻を一番に考えてくれるのだね」


 他意もなく口にし、柳毅は「ありがとう」と礼を言う。

 礼を言われた万明玉の心境は複雑だ。よって、かえす言葉もなく閉口するしかなかった。

 ところが、だまりこんでも万明玉は不審がられない。

 なぜなら、ついに柳毅は欲するモノを見つけたからだ。彼は「ああ。いいモノがあった」と言い、注意をそちらにむけた。石づくりの舞台から駆けおりた彼は、闘技場の脇にある樹木にちかづき、果実をひとつとる。彼は万明玉のもとに急いで駆けもどった。

 柳毅の手のなかの果実を見て、万明玉は「すもも?」と疑問の声をあげる。

 おだやかな声で「うん」と応じると、やけどがある万明玉の手の甲に、柳毅は果実を押しつけるのだった。

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