第八章 平穏な王妃生活にさす影
第29話 本当の目的の露呈
淳皇后から後宮への自由な出入りを許可された万明玉は、片手でたりないほどの回数、後宮をおとずれている。今日も
「妖怪だか、人間だか知らないけど……なかなか尻尾をつかませないわね」
ため息をついて、万明玉が言う。
すると、うんざりした口ぶりで「そうですね」とあいづちし、
「婚姻の儀の日に襲われて以来、一度もあらわれませんもんね」
楊冠英の話のとおりだ。嫁入りして二カ月もたったが、万明玉のまえにあれから怪異はすがたをあらわさない。
万明玉は「そうなのよ」とうなずき、泣き言を口にした。
「最悪でも、あらわれたところを一網打尽にと思ってたのに……出てこないなら捕まえられない。いつまで偽の花嫁をやってればいいの」
侍女すがたの楊冠英も「わたしも女装なんて、はやくやめたいです」と、万明玉に同調する。
姉弟弟子がふたりして「はあ」と暗いため息をつくなか、真逆の明るい声が話にわりこんだ。
「わたしは、このまま妻殿に王妃でいてほしいよ。妻殿とすごす時間は、思いのほか楽しいから」
万明玉と楊冠英のまえを歩く武俊煕が笑いながら言う。彼は万明玉を「行動も話題も、今までにであった令嬢とはまるでちがう」と絶賛した。
ほめられた万明玉は、武俊煕になんと返事をすべきかわからず、閉口するばかりだ。
――この人、本気だ。
恋愛感情かどうかはわからないが、武俊煕は万明玉に好意的だった。
しかし、武俊煕は皇族だ。皇族の男子は、複数人の妻をめとるのが通例。気にいる程度の女でもそばにおきたがると、俗世から長くはなれていた万明玉でも知っている。
――柳師兄も、この人みたいに妻をたくさんもてるなら、わたしも妻にしてくれたかしら?
武俊煕が上機嫌で「妻殿」と呼ぶたび、万明玉は柳毅ならばと考えてしまう。同時に、あまり好かれても困るとも感じ、武俊煕にたいして冷たい態度をとるのだった。
よって、このたびも万明玉は「縁起でもない!」と声をあげて拒絶する。
「わたしには、ほかにもやることがあるの!」
きっぱりと万明玉に言われ、武俊煕は笑顔をひっこめた。彼は目をほそめて「やること?」と繰り言を口にすると、足をとめる。彼は体ごとふりかえり、彼女に質問した。
「もしかして、わたしの妻になったのも、その『やること』が理由だろうか?」
「!」
――しまった。言わなくてもいい話を……
妻でいてほしいなどと言われ、動揺したのかもしれない。今さらながら、墓穴をほったと自覚した万明玉も足をとめる。眉をよせた楊冠英も姉弟子にならった。
立ちつくして答えあぐねる万明玉を見つめ、武俊煕は「やはり、そうか」と口にすると万明玉の答えを待たずに話しだす。
「姪の危機とはいえ、偽の花嫁になってまで怪異の
バツが悪く感じ、万明玉と楊冠英は顔を見あわせた。
武俊煕は質問をかさねる。
「いったい、妻殿たちはなにを調べているんだ?」
万明玉と楊冠英は、まだ口をひらきあぐねていた。
すると、万明玉を安心させたいのだろう。武俊煕は「なにを聞いても、とがめたりしない。力になりたいだけだ」と、おだやかな口ぶりで付けたす。
万明玉はじっと武俊煕を見つめ、考えた。
――孝王が協力してくれれば、もっと情報があつまるかも。それに、柳師兄がいなくなったとき、この人は子供だった。師兄の失踪に関わっている可能性はかなり低い。
しばらく夫婦として一緒にすごした印象からも、武俊煕は人柄も信頼できると万明玉は感じる。思いきって、彼女は口火をきった。
「師兄をさがしているの」
武俊煕は「師兄?」と首をかしげる。
神妙にうなずいた万明玉は、さらに話をつづけた。
「淑妃さまが話してくれた十五年前のできごとに、行方不明の方士がでてきたでしょう? その方士がわたしの師兄で、わたしは彼をさがしているの」
理解できたらしい。武俊煕は「ああ」と目を見ひらくと話しだした。
「記憶をなくしていて、どんな人だったかはおぼえてはいない。だが、彼はわたしの命の恩人だ。父上……皇帝陛下は妖怪や幽霊、祟りなどの話を嫌うが、その方士のおかげで今のわたしがあると思っている」
言いながら、武俊煕はさらに真面目な顔つきになる。
――そうか。この人を助けるために、師兄は孝王府に行ったのよね。
幼かったとはいえ、武俊煕は当事者だ。万明玉は一か八か質問してみた。
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