第八章 平穏な王妃生活にさす影

第29話 本当の目的の露呈

 俊煕しゅんきばん明玉めいぎょくが偽夫婦になり、二カ月ほどたった。

 淳皇后から後宮への自由な出入りを許可された万明玉は、片手でたりないほどの回数、後宮をおとずれている。今日もげつ淑妃の寝宮にむかい、彼女は後宮の内西路を歩いていた。


「妖怪だか、人間だか知らないけど……なかなか尻尾をつかませないわね」


 ため息をついて、万明玉が言う。

 すると、うんざりした口ぶりで「そうですね」とあいづちし、よう冠英かんえいが返事をした。


「婚姻の儀の日に襲われて以来、一度もあらわれませんもんね」


 楊冠英の話のとおりだ。嫁入りして二カ月もたったが、万明玉のまえにあれから怪異はすがたをあらわさない。りゅうに関する新しい情報もとくになく、万明玉と楊冠英は無為な時間をすごしている。

 万明玉は「そうなのよ」とうなずき、泣き言を口にした。


「最悪でも、あらわれたところを一網打尽にと思ってたのに……出てこないなら捕まえられない。いつまで偽の花嫁をやってればいいの」


 侍女すがたの楊冠英も「わたしも女装なんて、はやくやめたいです」と、万明玉に同調する。

 姉弟弟子がふたりして「はあ」と暗いため息をつくなか、真逆の明るい声が話にわりこんだ。


「わたしは、このまま妻殿に王妃でいてほしいよ。妻殿とすごす時間は、思いのほか楽しいから」


 万明玉と楊冠英のまえを歩く武俊煕が笑いながら言う。彼は万明玉を「行動も話題も、今までにであった令嬢とはまるでちがう」と絶賛した。

 ほめられた万明玉は、武俊煕になんと返事をすべきかわからず、閉口するばかりだ。


 ――この人、本気だ。


 恋愛感情かどうかはわからないが、武俊煕は万明玉に好意的だった。

 煦煦くくたる皇子殿下たる武俊煕の生活は、あいかわらず昼間は部下をつれての盗賊や猛獣、妖怪退治。夜は深夜まで書類仕事の毎日だ。それでも彼は、時間を見つけては万明玉といっしょに食事をとりたがったり、囲碁に興じたがったりした。寝室こそ男女の別を重視して書斎にしていたが、武俊煕が万明玉を気にいっているのは明らかだ。

 しかし、武俊煕は皇族だ。皇族の男子は、複数人の妻をめとるのが通例。気にいる程度の女でもそばにおきたがると、俗世から長くはなれていた万明玉でも知っている。


 ――柳師兄も、この人みたいに妻をたくさんもてるなら、わたしも妻にしてくれたかしら?


 武俊煕が上機嫌で「妻殿」と呼ぶたび、万明玉は柳毅ならばと考えてしまう。同時に、あまり好かれても困るとも感じ、武俊煕にたいして冷たい態度をとるのだった。

 よって、このたびも万明玉は「縁起でもない!」と声をあげて拒絶する。


「わたしには、ほかにもやることがあるの!」


 きっぱりと万明玉に言われ、武俊煕は笑顔をひっこめた。彼は目をほそめて「やること?」と繰り言を口にすると、足をとめる。彼は体ごとふりかえり、彼女に質問した。


「もしかして、わたしの妻になったのも、その『やること』が理由だろうか?」


「!」


 ――しまった。言わなくてもいい話を……


 妻でいてほしいなどと言われ、動揺したのかもしれない。今さらながら、墓穴をほったと自覚した万明玉も足をとめる。眉をよせた楊冠英も姉弟子にならった。

 立ちつくして答えあぐねる万明玉を見つめ、武俊煕は「やはり、そうか」と口にすると万明玉の答えを待たずに話しだす。


「姪の危機とはいえ、偽の花嫁になってまで怪異の鎮伏ちんぷくにやって来るなんて、おかしいと感じていたんだ。しかも、弟弟子までつれてくるなんて、物々しすぎる」


 バツが悪く感じ、万明玉と楊冠英は顔を見あわせた。

 武俊煕は質問をかさねる。


「いったい、妻殿たちはなにを調べているんだ?」


 万明玉と楊冠英は、まだ口をひらきあぐねていた。

 すると、万明玉を安心させたいのだろう。武俊煕は「なにを聞いても、とがめたりしない。力になりたいだけだ」と、おだやかな口ぶりで付けたす。

 万明玉はじっと武俊煕を見つめ、考えた。


 ――孝王が協力してくれれば、もっと情報があつまるかも。それに、柳師兄がいなくなったとき、この人は子供だった。師兄の失踪に関わっている可能性はかなり低い。


 しばらく夫婦として一緒にすごした印象からも、武俊煕は人柄も信頼できると万明玉は感じる。思いきって、彼女は口火をきった。


「師兄をさがしているの」


 武俊煕は「師兄?」と首をかしげる。

 神妙にうなずいた万明玉は、さらに話をつづけた。


「淑妃さまが話してくれた十五年前のできごとに、行方不明の方士がでてきたでしょう? その方士がわたしの師兄で、わたしは彼をさがしているの」


 理解できたらしい。武俊煕は「ああ」と目を見ひらくと話しだした。


「記憶をなくしていて、どんな人だったかはおぼえてはいない。だが、彼はわたしの命の恩人だ。父上……皇帝陛下は妖怪や幽霊、祟りなどの話を嫌うが、その方士のおかげで今のわたしがあると思っている」


 言いながら、武俊煕はさらに真面目な顔つきになる。


 ――そうか。この人を助けるために、師兄は孝王府に行ったのよね。


 幼かったとはいえ、武俊煕は当事者だ。万明玉は一か八か質問してみた。

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