第35話 思いがけない発見

 まっ暗な隠し部屋のなかをたいまつで照らす。

 途端。予想もしない物体が明かりにうかびあがり、万明玉たちは驚いて息をのんだ。

 隠し部屋の中央に石づくりの台がある。明かりに照らされてすがたをあらわしたのは、台のうえに横たわる人だった。


「どうして、こんなところに人が?」


 だれに問うでもなく、楊冠英が疑問の声をあげる。

 眠っているのだろうか。石づくりの台に横たわる人はぴくりともしない。

 万明玉と楊冠英は、おそるおそる台にちかづいた。暗がりのなかで横たわる人の顔に、万明玉はゆっくりとたいまつをちかづける。たいまつの熱を感じ、ふつうなら目を覚ますだろう。しかし、その気配はなかった。

 たいまつの明かりが横たわる人の人相をはっきりと照らしだす。


「ああ!」


 万明玉が思わず声をあげた。彼女は「柳師兄」と口にし、横たわる人にすがりつく。


「たしかに、あのときの人だ。この人が柳大師兄?」


 大人たちの話でしか柳毅を知らぬ楊冠英は、驚きと疑問のいりまじった声をあげた。

 しかし、万明玉は弟弟子の質問に答えられない。横たわる兄弟子の顔をじっと凝視している。視界に集中するあまり、たいまつすら取り落としそうだ。

 万明玉の様子を不安に感じたのだろう。楊冠英がたいまつを万明玉の手からうばった。

 両手があいた万明玉は、さらに兄弟子にちかづく。そして、彼の頬を両手で包みこみ「柳師兄!」と呼びかけた。

 手でふれて、呼びかけても、柳毅はまぶたを閉じたままうごかない。

 動揺とうれしさをないまぜにした表情で、万明玉は柳毅の全身をさっと確認した。それから、彼女はおずおずと彼の手首の経穴つぼにふれ、脈をとると同時に経絡の気のながれもさぐる。しばらくのあいだ、柳毅の状態を万明玉はさぐりつづけた。

 待ちきれなくなった楊冠英が口をひらく。


「見たところ、ケガはないですね。意識はないようですが、無事だったんだ」


 楊冠英は努めて明るくふるまった。

 しかし、万明玉はふるふると首をふる。彼女は柳毅の手首にふれたまま「だめだわ」と言い、うなだれた。

 姉弟子の言葉に顔色をさっと青ざめさせ、楊冠英が問う。


「なぜですか? 生きているんですよね?」


 気が遠くなりそうな感覚のなか、万明玉は苦心して弟弟子に答えた。


「この体には……魂魄がない」


 ――魂魄がなければ、体なんて中身のない入れ物にすぎない。


 万明玉を絶望感が襲う。

 魂魄がないと言われても、楊冠英は納得できないらしい。彼は「魂魄がない?」と疑問の声をあげると、状況の不合理さを訴えた。


「魂魄……とくに魄がなければ、体はかたちを保てずに朽ちると教本で読んだおぼえがあります。でも、この体は生き生きしているじゃないですか」


 楊冠英の話は正論だったが、万明玉は例外もあると知っていた。本来なら弟弟子にその例外を語り、教えみちびく場面だったろう。しかし、今の万明玉にその気力はなかった。なぜなら、目のまえで魂魄をなくしているのは、彼女が長年さがしつづけた愛しい男なのだから。


「おい。おまえら、さぼって寝てるのか?」


 唐突に遠くで男の声がした。どうやら、昏倒している門番たちをだれかが見つけたらしい。

 あせり驚いた楊冠英が「たいへんだ。師姐、逃げましょう!」と、姉弟子をうながす。

 しかし、万明玉は柳毅の頬に手でふれながら「逃げる? どうして?」と、弱々しく言うばかり。立ちあがろうとしない。

 いらだった楊冠英は、さらに言いつのる。


「見つかれば死罪です! 逃げるに決まってるでしょう」


 万明玉は「死」と口にする。彼女はすこし笑って「かまわない」と言い、つづけた。


「死んでしまってもいい。だって、柳師兄はもういないのだから。この人のいない世界に、わたしがとどまる意味なんてない」


 事もなげに言って、万明玉は柳毅を見つめつづける。

 困りはてた楊冠英は「死んでもいいなんて、言わないでください」と言い、万明玉を無理やり立たせようと彼女の腕をひいた。

 万明玉は無言で首をふり、その場にとどまりつづけようとする。

 楊冠英はあきらめず、姉弟子の説得をつづけた。


「今の師姐は孝王妃なんですよ。許可なく後宮にたちいったと知れたら、王府の人たちまで巻きぞえにしてしまいます!」


 びくりと肩を震わせた万明玉の脳裏に、ほほ笑む武俊煕のすがたがよぎる。彼女は力強く頭をふると「それはダメ。孝王は関係ない!」と口にした。

 楊冠英は「そうですよ。だから逃げましょう」と言い、万明玉の腕をさらにひく。

 すると今度は、万明玉がゆっくりではあるが立ちあがった。

 柳毅から目をはなせずにいる姉弟子を引きずり、楊冠英はなんとか隠し部屋のそとにでる。そして、石壁の隠し扉を力いっぱい押し、隠し部屋を来たときとおなじに閉じた。それから、たいまつを床に投げて、火をふみ消す。

 氷室のなかは、まっ暗になった。

 楊冠英は階段わきの壁ぎわに万明玉を移動させ、自分も身をひそめる。階段のうえで、ぎぎぎと音がした。音のおかげで仮氷室の扉がひらいたとわかる。


「だれかに気絶させられただって? 寝ぼけてるんじゃないのか?」


 宦官だろう。階段うえから、男にしては高い声色の話し声が聞こえてきた。その声に「ほんとうだよ。なあ?」とか「ああ」とか応じる困惑した声もする。宦官たちの会話はつづいた。

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