第18話 二度目の襲撃

 ――また影。やはり実態がある。


 部屋のそとにいる影の正体をさぐり見る万明玉は、壁にたてかけていた鉄こん棒をさっと手にした。直後、がちゃりと金属がこすれあう音が彼女の耳にはいる。音のしたほうを盗み見ると、腰の鞘から剣をぬき、戦闘態勢をとる武俊煕のすがたが彼女の目にはいった。隠れるよう指示したが、彼は万明玉にしたがう気がないらしい。

 助言が意味をなさず、万明玉は小さく首をふったが、それ以上忠告する気にもなれない。しかたなく気もちをきりかえ、彼女は扉に意識を集中しなおした。


 ぎいと音をたて、部屋の扉がひらく。万府の自室でおこったのと同様に、そとの空気がはいりこみ、明かりがふっと消えた。このたびは月が雲に隠れているのだろうか。以前、怪異にあったときよりも、そとが暗い。

 こつこつとためらいのない足音がして、人影が部屋にすべりこんできた。

 ばん明玉めいぎょくは鉄こん棒をかまえて、彼女にちかづく人影をあおり見る。


 ――男だ。おそらく万府で見た侍女すがたの人物と、同一人物。


 万明玉は確信にちかい推測をした。

 うごきやすさと目だちにくさを重視し、今回は黒装束でも着ているのだろうか。部屋にはいってきた人影は、すっきりと体格のわかるかたちをしていた。高い背は以前のとおり。鍛えているとわかる体つきで前回の戦いぶりにも納得がいった。暗いなかでも、目だけは辛うじて見える。きっと、顔の大部分は暗い色の布でおおっているのだろう。

 万明玉にむかい、黒装束の男が無遠慮に手をのばす。


 ――ふれさせない!


 万府で生気をうばわれかけた万明玉は、黒装束の男の手を警戒した。

 のびてくる手をさけようと、黒装束の男にむかい万明玉は鉄こん棒を勢いよくふる。

 鉄こん棒をかわし、黒装束の男はさっとあとずさった。しかし、ひるみもしない。男は態勢をたてなおすと再度、手をのばしてきた。


 ――以前は出方をうかがった。でも、今回はその必要もない。実態があるなら、捕らえてみるまでだ!


 人影を打ちのめそうと、万明玉は一歩ふみだそうとする。ところが、彼女にはひとつ誤算があった。今の彼女は豪奢な花嫁衣装をまとっていて、たっぷりとした着物のすそは、床につきそうなほど長い。衣装を考慮し忘れた彼女の足が、花嫁衣装の長いすそをふんでしまう。


 ――しまったッ!


 体勢がくずれ、失態に気づいた万明玉はあせった。黒装束の男を見る万明玉の瞳に、彼女にせまる男の手のひらがうつる。男の手に捕まると予感した直前だ。腕を強く引かれた万明玉の体は、思いがけず背後にたおれた。


「!」


 うしろにたおれこむ万明玉の目に、俊煕しゅんきの横顔がうつる。状況から、たおれたのは、武俊煕が自分の腕をひいたからだと彼女にはわかった。

 空いている手で万明玉を抱きとめ、武俊煕は黒装束の男に蹴りをいれる。そして、彼は抱きとめた万明玉の身を自分にひきよせ、剣をあらためてかまえなおすと、彼女に話しかけた。


「だいじょうぶか?」


 万明玉をちらりと見て、武俊煕がたずねる。

 暗がりではあるが武俊煕が自分を見ていると、万明玉にはわかった。思わぬ助け舟にぼうぜんとなる彼女だったが、ハッとわれにかえると懐から御符をとりだす。その護符は、万府で楊冠英がつかった呪詛やぶりの御符だ。彼女は「この呪文の要旨を諒解し、早急に律令のごとくにおこなえ!」と、護符にむかい詠唱した。

 すると、護符は前回とおなじで青白い光を発しだす。

 万明玉は光る護符を黒装束の男に投げつけた。

 武俊煕の思わぬ参戦で態勢をくずし、護符をさけきれないとさとったのだろう。黒装束の男は、光りむかってくる護符を足で蹴りやぶる。

 男の足にふれた瞬間。やぶれながらも護符がはげしく青い炎をあげた。

 履物が燃えたからだろうか。黒装束の男は一瞬よろける。しかし、なんとか態勢をたてなおすと、火が消えきらないにもかかわらず、部屋のそとへと走り去っていった。


 ――追いかけたいけど、花嫁すがたでは不利ね。


 衣装のすそをふんだ失態を万明玉は思いだす。


「今のが妖怪?」


 おこったできごとを飲みこめずにいるのだろう。武俊煕も、黒装束の男を追う気配はなかった。ただ、動揺した声色で疑問を口にするばかりだ。

 万明玉が答える。


「妖怪かどうかはわからない。でも、花嫁をねらう者がいるのは、まちがいないわ」


 すると、武俊煕が万明玉を抱く腕にぐっと力をこめ、彼女をさらに引きよせて言った。


「方士のお嬢さん。あなたが解決するつもりなのだね?」


 怪異退治をする万明玉の身を案じているのかもしれない。不安げだが、耳ごこちのいい声で武俊煕がたずねる。同時に、言葉を発する武俊煕の息づかいを万明玉は顔で感じた。黒装束の男にばかり注意をむけていた彼女は、ようやく自分が武俊煕に抱かれたままだと気づく。そして、自分を支えているせいで彼がうごけずにいるとも理解した。


 ――まさか、若公子に助けられてしまうとは。


 今さら感謝の言葉を口にするのも、ためらわれる。気まずく感じながら、万明玉は武俊煕の胸をそっと押し、彼から体をはなした。ひとりで立つと同時に人肌のぬくもりが消え、彼女は寒さを感じる。それがきっかけだった。彼女の脳裏に、ある考えがうかんだ。


 ――師兄の痕跡をここでさがしたいけど、きりだし方に迷ってたのよね。


 今が言いだす機会だと感じた万明玉は「そうよ」とあいづちすると、威厳たっぷりに武俊煕に要求する。


「この怪異事件を解決するためにも、黒装束の痕跡をさがして王府のなかを調べてまわりたいの。わたしが王府じゅうを歩きまわるのを、許可してちょうだいね」


 黒装束の男の痕跡を調べると言ったが、ほんとうはりゅうの痕跡をさがすためだ。

 万明玉の思惑など知らぬ武俊煕は、妖怪をかわった獣と思うほど怪異には明るくなかった。よって、彼は「もちろん、かまわない」と、万明玉のねがいをうけいれる。しかし、低く真面目な声でこうも言った。


「くれぐれも、身の安全には気をつけて」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る