第12話 支えあう侍女姉妹
「百歩ゆずって、女ばかり襲うならわからなくもない。好物とかね。でも、花嫁しか襲わない妖怪だなんて、ありえない。きっと不運がかさなっただけよ」
主人格の令嬢らしく言いきると、着物の袖で口もとを隠し「ほほ」と万明玉は品よく笑う。
笑う万明玉を見つめ、李桑児は「まあ」と驚きの声をあげた。それから「もしかして、お嬢さまは怪異におくわしいのですか?」と万明玉にたずねた。
――いけない。いけない。不安じゃない理由がくわしすぎたかしら? わたしが仙道士なのは隠しておかなければ。
多くの人は妖怪の仕業と言っているが、万明玉はそうでない可能性も考えていた。よって、人間の仕業の可能性も考慮して、万明玉が偽の花嫁かつ仙道士である事実は、ごくわずかの関係者しか知らない。
目のまえの李桑児には、事実を知らせない手はずなのだ。
また「ほほ」と笑ってごまかすと、内心では冷や汗をかきながら万明玉は言う。
「子は怪力乱神を語らず。妖怪なんて信じていないだけよ」
言った途端、おなじ話を森で遭遇した若公子にしたと万明玉は思いだした。貴族社会にもどったならば、彼にも会う機会があるかもしれない。若公子がきょろきょろと万明玉をさがすすがたを思いだし、思わず彼女はほほ笑んでしまう。
万明玉の変化には気づかず、李桑児は表情をぱっと明るくすると彼女をほめた。
「さすがは良家のご令嬢。学がおありになるのですね」
――学? 学ならば……
李桑児と話すうち、今度は万明玉のほうが疑問を感じる。そして「あら」とほほ笑むと、彼女のほうからも李桑児にたずねた。
「学があると言えるのは、李侍女長が出典を知っているからでしょう? もしかすると、あなたのほうこそ怪異にくわしいのでは?」
冗談めかし、万明玉は李桑児に問う。
すると、李桑児は恥じいって「じつは、亡くなった父が旅の方士だったのです。お嬢さまの話が父から聞いた話によく似ていたのです」と答え、彼女は亡くなった父親の話をした。
ひと口に方士と言っても、その内情は千差万別だ。
仙道士をそう呼ぶ人もいるが、仙道士の道を断念して方術で糊口をしのぐ者も方士と呼ばれる。ほかには、方術のみの修練をして方士とみずから名乗る者もいる。それどころか、方術をつかえないにもかかわらず、方士を名乗る詐欺師まがいの者までいた。要するに、どんな形であれ方術をあつかう人間は皆、方士と呼ばれる傾向にあった。
そんな玉積混合の方士のなかで、旅の方士は比較的まともで、遺体に方術をほどこす仕事を主たるなりわいとしている。
このなりわいがなりたつのは、亡くなった人を故郷へ埋葬する風習が大倫国にあるからだ。遠方で亡くなった場合、金持ちなら棺の担ぎ手をやとって故郷にもどるが、金のない者は担ぎ手などやとえない。したがって、方術をほどこして死人みずからの足で歩かせて帰郷の手伝いをする旅の方士を、人々は重宝がっている。
「父と各地を行き来した子供のころ、おとぎばなしがわりに怪異譚をよく聞いたのです」
――なるほど、くわしいわけね。
万明玉は納得し「では、李女官長も方術がつかえるの?」と質問をふかめた。
すると、李桑児は「いいえ」と首をふって言う。
「父と暮らしていたころのわたしは幼すぎて、まったくつかえないのです。でも姉は、父に教わった占いを今でもたしなんでおります」
「では、お姉さんも孝王府に?」と万明玉。
李桑児は、また「いいえ」と首をふり「姉は孝王殿下の生母である玥淑妃付きの侍女です」と答えた。
万明玉は「あら。はなればなれなのね」と、あいづちする。
李桑児は「はい」と応じると、姉の話もしてくれた。
「姉は、淑妃さまのお気にいりなのです。淑妃さまのおかげで不自由のない生活をさせていただいています」
「まあ。それは……」
――お姉さんをうらやましく思ったりするのかしら?
皇帝の妃付き、しかもお気にいりの侍女ともなれば、きっと王府以上にはなやかな生活をおくっているにちがいない。李桑児の心中をはかりかね、万明玉は言いよどんだ。
万明玉の思いをさっしたのだろう。李桑児はほほ笑むと「後宮にいる姉をひがんだりしませんわ」と言い、言葉をつづけた。
「わたしが孝王府の侍女長になれたのは、姉が淑妃さまにたのんでくれたおかげですから」
――わたしと
姉妹愛に心があたたかくなる思いがして、万明玉は「なるほど」とふかくうなずいた。
万明玉が感心していると気づいたらしい。もともとの温和な表情をさらにやわらかくして、彼女は言う。
「後宮のお妃さまには、皇帝陛下の寵愛が必要です。同様に、わたしたち使用人にも主の寵愛が必要なのです。姉が淑妃さまに目をかけていただけて、ほんとうに幸運でした」
話しおわった直後だった。李桑児が「あら、糸くずが」と声をあげる。そして、うやうやしく「失礼します」と腰をかがめて万明玉にちかづくと、彼女の肩にわずかにふれた。
万明玉は、李桑児の手に白い糸くずを見る。李桑児の気づかいを感じ、万明玉は「ありがとう」と礼を言った。
礼を言われた李桑児は「お嫁入りされれば毎日お世話をさせていただくのです。使用人にお礼など不要です。奥さま」と言い、丁寧に頭をさげる。
――そうね。わたしはもうすぐ、偽とはいえ王妃になるんだわ。
恐縮する李桑児を見て、万明玉はあらためて結婚するのだと強く意識したのだった。
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