【12】京塚なにがし

 無事二名の女子生徒にお帰り頂けた我々は、時間を置いていよいよぷらあなを出ました。出陣です。


 制服姿の私、白基調の甚平を纏った恋寺さん、半袖短パンの音矢くん、そして上下真っ黒なスーツに狐面をかぶった夏への反抗者こと京塚さん。変てこりんな出で立ちから恐らくこの人が京塚なにがしであろうと勘ぐっておりましたが、なんの裏切りもなく正解でした。


 かくして変な仮装集団が出来上がりカラオケボックスへ向かっています。夏の陽気は免罪符にはならないようで、行き交う人々の注目がなんとも心地悪く、私は最後尾で縮こまり無関係との境目を歩いていました。


 地面に映るカラスの影を数えながら進んでいると、京塚さんが私の隣へ寄ってきます。


「キミが噂の雨傘小唄ちゃんか。どうしたんだいそんなに縮こまって、キミらしくもない。私はキミの目が好きなんだ」

「…………」


 私が持つ対人スキルの中でも最終手段である無視を発動しました。これで大概は何とかなるはずですが、驚くことに京塚さんの口は動きを止めません。


「初対面の相手を警戒するのは至極当然と言える。けれど安心してほしい。私は恋寺のバカと違って純粋にキミを応援したいんだよ。恋の障害はなぎ倒す、結構じゃないか。是非私にも出番を与えて欲しい。これでも弁えた男だ、出すぎた真似はしないと誓おう」


 だったらまずはその口を閉じて夏らしい服装で出直して来い、と心の中で毒づきました。


 恋寺さん曰く「握手している警察からも逃げ切る」そうなので一度通報してやろうかしら。しかし警察と話すなんて悪目立ちは避けたいので勘弁してあげましょう。


 黙考を続ける私に次は恋寺さんが話しかけてきます。


「お嬢さんは京塚の扱いが上手いね。これと真面目に向き合うと損するんだ」

「失礼なことを言うな恋寺。大人が全員真面目を食い物にする連中なのだと思われたらどうするんだ」

「知らん。お前のせいだからお前がなんとかしろ」


 息ぴったりの掛け合いはお見事ですが、それを見て私の中にある小さな意地に火が入りました。


 話しかけておいて私を除け者にするなんてどういった了見でしょう。軽んじられているようで許せません。私は京塚さんへの攻撃を決めました。


「京塚さんって学生時代真面目な人に掃除押し付けて遊んでそうですね」


 私のクラスでも頻繁に見かける光景です。特にお調子者の野郎共がよく使う手段で、注意を受けても要領よく切り抜けるのです。この構図は大人になっても変わらないのでしょう。


「はっはっは、言うじゃないか雨傘ちゃん。その通りだよ、私は散らかす方が得意なんだ。困ったことに直らない」

「直す気がないからでしょう」

「それもまさしくその通り。私は直すつもりがない。慧眼だね」


 お面に覆われているため表情を知ることは出来ませんが、声だけでも笑っていると分かりました。この人は良くない大人の烙印を甘んじて受け入れているようです。間違ってもお手本にしてはいけません。


「雨傘ちゃんは間違っても私のようになってはいけないよ。捻じ曲がった性根を無理に直せばぽっきり折れてしまうかもしれないけど、放置するよりずっといい。今の内に手を尽くそう」


「そうは思いません。どうせ骨身を削るなら現状維持に努めます。変化なんて求めてませんから」


「それは良くないな。不変と現状維持は結びつかない。何もかもが目まぐるしく変わっていくこの世界で変化を放棄することは、衰退への道を歩き出すにすぎないんだ。だから私や恋寺のような時代遅れは遠くない内に消えてなくなるだろうね」


 このお喋り相手に舌戦を挑むほど私は身の程知らずになれませんので、「あぱぁ」と返事をしておきました。


 けれども京塚さんの言ったことは私の頭の中をぐるんぐるんとかき混ぜ、無視出来そうにありません。


 現状維持は衰退への道を歩き出すにすぎない。まるで私の胸中を無遠慮に覗き見られたようで、たまらなく不快です。


 楽しいと思う大切な今を、ずっと、ずっと掌に握っていたい想うことは、いけないことなのでしょうか。


 私にとっての今がどれだけ大切かも知らないで。


 一発引っぱたいてやろうと決意した私を止めたのは音矢くんでした。


「小唄お姉さん、京塚も悪気があって言ってるわけじゃないんだ。案外役に立つことも言うよ。ただ薄っぺらくて受け入れがたいだけなんだ」


「ぷぷぷ。いいですよもっと言ってやってください」


「すぐ手を出そうとするのよくないよ」

「私にじゃなくて」


 音矢くんの鼻をつまむ私。得も言われぬ快感が指先を伝わってきます。ほほほのほ。


 暴れる音矢くんは解放されたと同時に私を睨みつけます。


「はなしてよ、もう。ほんっとにガキなんだから。根菜ボディ」

「はぁーっ⁉ なんですか根菜ボディって! 子供は知らないかもしれないけどセクシーな形の芋とかあるんですよ!」

「知ってるよそれくらい。小唄お姉さんよりずっと女性らしいよ」

「このガキッ!」


 くすぐり地獄に叩き堕としてやらんと襲い掛かる私でしたが、背後から両脇の下を通ってきた腕に阻まれ、そのまま羽交い絞めされて動きを封じられました。


「元気が良いね。すごく良い。私は本気でお嬢さんを気に入ったみたいだ」

「恋寺さん! 離してください! 私の乙女心が傷つけられたんです!」


 正面には、こちらに背を向けしゃがみ込む京塚さんが。おんぶでもするかのようです。予感はほぼ正解だったみたいで、折り畳まれた京塚さんの両腕がフックのように私の両膝を引っ掛け持ち上げました。こうして地面との接点を失った私は二人を繋ぐ頼りない懸け橋となったのです。


 こやつら、なんと息ピッタリな。


 しかしそんなことより、一番の曲者は音矢くんでした。私の代わりに大地を踏みしめんとするスカートの裾をじっと眺めているのです。やがて身体を斜めにして言いました。


「色気のない下着」

「ぶっ×す!」

「動けないから怖くないよ。やーい妖怪着衣ゴボウ」


 使える限りの力を振り絞り暴れましたが、恋寺京塚の拘束を解くことは不可能でした。


 ただでさえ見世物じみた集団であるのに、あろうことかそのまま進み始めます。


「きゃー! きゃー! 痴漢! 泥棒! 誘拐犯!」


 最早人目を憚っている状況じゃない! 誰かこやつらを止めてください!


「安心しなよ。ぼくが裾押さえててあげるから」

「雨傘ちゃん。下着っていうのは笑顔と一緒だ。見せれば見せるほど人が寄って来る」

「痴女じゃないですか! 私は心を許した人にしか見せたくないんです!」


 喚き散らす私でしたが、救いの手が差し伸べられることはありませんでした。

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