【29】シャークメイド
サメの背中に乗る武装メイドと付き人パンダ、というお祭り騒ぎを体現した画は周囲の注目を存分に集めました。子供から写真撮影をお願いされることも少なくありません。既に吹っ切れていた私は、持ち前のお姉さん力を発揮し優しく応じました。
時折お調子者の男子もやって来ましたが、パンダさんにお願いして全て追い払ってもらいました。このパンダさん、何者かは不明で話しかけても喋ろうとしませんが、お願いすると聞いてくれるしかなりの働き者です。着ぐるみで走り回っているというのに疲れた様子をミジンコほども見せません。
私はというとあまりに人が多く疲れたので、今は第二校舎裏という心休まる日陰にて休憩をしておりました。
「んー、おはよ。最近夜更かし気味だったからちょーどよかったー」
サメの口からもぞもぞと出てきた咲沙さんが、気持ち良さそうに高々と両腕を伸ばします。
「寝てたんですか……?」
「あはー、ごめんごめん。中意外に快適でさ」
覗いてみると柔らかそうなクッションが敷いてあったので、確かに心地よさそうではあるな、と思いました。しかし揺れと喧噪とで、寝るに適しているかと問われれば即断でバツ。
よほど眠かったのか、それとも咲沙さんのキャラクター性によるものか、どうなのでしょう。
「最合くん見つかった? っていうか、どんどんはぐれてくね。丁も梶来もどこ行ったんだろ」
「そもそも京塚さんはどこなんでしょう。あの変態、連れて来るだけ連れてきて放置ですよ。私達を自転車だとでも思ってるんでしょう」
咲沙さんが気前よく笑い声を挙げてくれてちょっと嬉しくなりました。何事も楽しそうな人です。
「そういえば……咲沙さんは、回りたい場所とかないんですか?」
未だ別館で趣味に没頭しているであろう町田さんを思い浮かべると、途端に申し訳なさが募り、そんな言葉が口を出てきました。咲沙さんは振り回されっぱなしで、楽しめていないのじゃないかと不安になったのです。
「全然だいじょぶ。サメで寝るとかめっちゃ楽しいし。雨傘ちゃんもやってみなよ」
促されるまま中に入って仰向けになり、確かにキモチイナーと実感して外へ出ました。私が洋服のお店に寄り付かない理由がこれです。
同意すると咲沙さんは嬉しそうにしていたので、まあ良しとしましょう。
「にしてもさー、雨傘ちゃん。こんな不思議空間で再会なんてめっちゃ素敵じゃん」
「はい?」
「ちょっと気分あがっちゃってさ、告白とかされたらどうする? ねねね」
喜色満面でにじり寄って来る咲沙さん。私も同じようにじりじりと後ろへ下がり、一定の距離を保ちます。
「だから違います……じゃなくて、私が誰に告白されるって言うんですか」
「とぼけちゃって」
「私は今がずっと続いてくれたらそれでいいんです」
先輩と二人でダラダラ過ごす日々が続けばいいと、そう思っているだけ。そんじょそこらのカップル以上に仲が良い私達ですから、つまり親友といって差し支えないでしょう。
親友なんて誰にでも得られるものではありません。どれだけ欲しがっても一生手に入らない人だっているでしょう。
恋愛と違って――友情は妥協で築けません。
「変化なんて必要ないんですよ」
私は言いました。
「寂しいこと言わないでよ。……言わないで。あたしはこれからも雨傘ちゃんと仲良くしたいと思ってるよ」
「仲良く……」
「あれ……あたしの思い込みだった? 待ってめっちゃ恥ずかしい」
「いえ……そうじゃなくて。その、ありがとう……ございます」
成り行きで一緒にいるだけの私と、仲良くしている認識を持ってくれていただなんて。私は熱くなった頬を両手で押さえました。ストレートに言われると恥ずかしいです。
視線の置き場所が分からずうろちょろさせると、二階の窓にこちらへビデオカメラを向ける姿がありました。私が気付いたことを察したのでしょう、そのカメラマンが手をひらひらさせます。町田さんです。
「町田さん……何をしてるんですか」
窓から離れた町田さんは一分程の時間を掛けて私達の所へやって来ました。カメラを持っていない方の手には、頭が丸ごと入る大きさのサメの被り物が握られています。
「カメラマンになった。なんでもいいから撮ってこいってさ」
「あの映画の片棒を担ぐんですか」
「言い方。手伝ったら動画のデータくれるって言うから」
サメvsサメ人間。駄作と言われたらそれまでですが、心に残った作品ではあるので一見の価値あり……かもしれません。見返すかと問われれば首を傾げますが、そんなに気に入ったのでしょうか。
私の疑問へ答えるように町田さんが言いました。
「折奈好きでしょ。チープな作品」
「え? うん、好きだけど」
「見たいかなと思って。でも上映終わっちゃったから」
つまり町田さんは咲沙さんにサメ映画を見せてあげたくてカメラマンを引き受けたと、そういうことでしたか。
てっきり遊んでいるものだとばかり……私は心の中で頭を深々と下げました。
町田さんは友達を大切にする人で、ただの変な人ではなかったのです。あの作品を鑑賞しながら咲沙さんを連想していたことはちょっとした面白話だと思いました。
咲沙さんは呆気に取られた顔をして、けれども照れくさそうに笑みました。
「ありがと。嬉しい。一緒に見よ」
うんうん、やはり友情とはいいものです。私はすっかり二人のことを好きになったのでした。
一方で漠然とした疎外感に見舞われたのでこっそりフェードアウトしようかしら、なんて企んでいると、町田さんがサメの被り物を装着してサメメイドとなりました。
「それじゃ働いてくる。折奈達は最合くんと梶来くんを探してて」
「別行動? 一緒でもいいじゃん」
「シャークメイドは孤高じゃないと」
「なに言ってんの? こわ」
やっぱり町田さんは遊びたいだけなのかもしれません。一緒に行動していた時の、今にもスキップを始めそうな足取りが健在です。照れ隠しでヘンテコな言動をしている線もありますが……どうなのでしょう。
「通り魔メイドが出るらしいよ」と言い残して去って行く町田さんことシャークメイドを、私達は呆然と見送ったのでした。
「ま、いっか。自由にさせとこ。テンション上がってるみたいだし」
「咲沙さん、嬉しそうですね」
「うん。嬉しい」
咲沙さんの口元が緩んでいたので「これはチャンス!」だと突っついてみましたが、むしろ私が照れてしまうくらいの微笑みをお見舞いされました。ずるい人です。
一方的に敗北感とむず痒さを覚えた私はサメの背中に乗って発進を促しました。咲沙さんはもぞもぞとサメの口に入っていきました。
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