【49】雨傘小唄のエピローグ

 認めましょう。ほんのちょびっとだけ認めますとも。私は先輩を異性として意識しています。


 ただしこれは一過性のものであると声を大にして唱えましょう。あくまで文化祭の余熱に浮かされているに過ぎないのです。


 そうでなければ強靭な精神力を持つ私が、文化祭に誘われたり遠回しな告白っぽいことを言われた程度でドキドキするはずがありません。二人で一緒に帰ることなんて飽きる程(言葉の綾です)繰り返してきたのに、上手く喋れなくなるはずがないのです。


 遠回しな告白……本当にあれはなんのつもりでしょう。返事を待つような素振りは無かったし、それに安心した私は容赦なく素通りしてしまいましたけど……照れ隠し? 私の方から言うべきなのかしら……分かりません。助けて咲沙さん方。


 結局、私を待つと言ってくれたお優しい先輩方は、正門どころかどこにも控えておらず、まんまと小娘一人騙し抜いて帰宅したようでした。私は三人の家を探し出し耳に耳を突っ込まなければならないので、今晩は眠れそうにありません。


 先輩と二人で月明かりの下を歩みながら、そんなことを考えていました。


 こやつはいま何を考えているのでしょう。


 私を好きだとか言っておきながら態度は普段と変わりません。つまり前々から私を好きだったと……いやいや、私いま超恥ずかしいこと考えてる。


 この男が下心を隠して器用に立ち回れるとは思えませんので、やはり場の雰囲気を重視して、唯一の知り合いである私を利用したのでしょう。部室での発言は残響のようなもの。許すまじ! 文化祭が終わったらちゃんと切り替えろアホタレ!


 私は先輩の横顔を睨みつけました。


 こやつの頭の中は「カラオケ楽しかったなー」とか「文化祭楽しかったなー」やらで一杯なのだと思われます。


 私の気も知らないで能天気な!


 確かに文化祭は楽しかったですし、否定するつもりは毛頭ありません。しかしそれは非日常ならではの魅力であって、我々は大半を平凡な日常で過ごしていくものです。


 つまりなにが言いたいかと言うと、私をもっと大切にしろってことです。先輩の日常を象徴するのが私という存在であることは、数少ない自負できる事柄なのでした。ですので私を一番に考えるべきでしょう。私がいなくて困るのはどちらなのか、しかと考えるべきです。


 私は歯を噛み合わせて音を鳴らしました。先輩がこちらを見て首を傾げます。


 こうなったら後悔させてやりましょう。都合良く扱われて黙っていられるはずがありません。私をたぶらかした報いを受けさせなければ!


 私がドキドキした分、先輩にも……その、私にドキドキしてもらわないと。もう今まで通りではいられませんし、望むところです。


 もし私以外の女の子と付き合ったりしたら喉を噛み切ってやるんだから。


 部室を出る時に見た二頭のサメの頭を思い返しながら、私は心の中でそんなことを呟きました。


 そしてもう一つ。


 文化祭も楽しみですが、まずは夏を楽しみましょうね。先輩。

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