【27】サメvsサメ人間

 結論から述べますと私と町田さんははぐれました。


 サメ退治へと向かう道中、アニメキャラのコスプレをした人がいて気を取られたのです。女性の方でしたが持ち前の美形を十全に発揮し男キャラになり切っており、不覚にもうっとりしてしまいました。自作衣装という触れ込みも私達の目を釘付けにした一因であります。


 そして我々もメイド服にモデルガンという現実では中々に珍妙な出で立ち。コスプレさんの興味を引いたようで、一緒に記念撮影をしました。この辺りから町田さんのテンションがあからさまにギアを上げ、私もそれに引っ張られ、調子に乗ってピースサインまで作ってしまったのでした。これで一生強請られることは確定です。


 そういった事情から、私達は至極順当にメイド長と咲沙さんの姿を見失ったのでした。


「はぐれちゃったね。仕方ないから文化部の展示でも見に行こうかな」

「先輩もそっちにいるかもしれません」


 私達は当初の目的である先輩の捜索を再開することにしました。町田さんは今にもスキップを始めそうな足取りで私を先導します。


 文化部の展示は第二校舎だそうなので、一階に下りて渡り廊下に出ました。すると目の前をたこ焼き星人が横切りました。こちらへ気付くことなく一目散に駆けていく様は、何かから逃げているように思われます。事実その通りであったらしく、少し置いて制服姿の女生徒が私達の目の間を通過しました。


「だからなんで逃げんのよー! ひっ捕まえてサメの餌にしてやる!」


 腹を立てる女生徒の声を聞き、触らぬ神に祟りなしと手を合わせて見送る私、そして町田さん。


「梶来さんなにをしたんでしょう」

「スカートの中でも覗いたんじゃないかな」

「天罰ですね。私を見捨てたからです」


 別館へ入ると玄関口に簡易マップが設えてあり、それが私には宝の地図に見えました。


「三階でマンガ売ってるって」町田さんの声が色づきます。


「映画もやってますよ、他にもフィギュアとか演劇とか」


 私の考える文化祭そのものがあちこちを飛び交っていて、否応なしにテンションをぐぐっと押し上げてきます。


 それからはこれまでの三倍速で展示を見て回りました。愛に満ちた自作マンガ、吐息が聞こえてくるようなフィギュア、話し上手な詩集、空想に根を張る植物の模型、校内のゴシップをまとめた文集……どれもこれもエネルギーが溢れ圧巻の一言を自在に操っておりました。


 これが文化祭! すごいすごいすごい! 楽しいじゃないですか!


 興奮冷めやらぬ中、一度休憩も兼ねて映画を見ることにしました。三階の端にある部屋へ入ると、中は薄暗く、丁度上映が始まるタイミングだったようで私達は急いで空いている椅子に座りました。


 スクリーンに映し出されたタイトルは「サメvsサメ人間」。内容は十分間ひたすら巨大なサメと大量のサメ人間が戦い続けるというものでした。ラストシーンでサメ人間が合体して巨大サメ人間になったのは驚きです。思わず拳を握り応援しましたが、軍配は巨大サメに上がるのでした。


 一言にまとめると「なんじゃこりゃ」です。


 上映終了後、観客が席を立ち始めた頃に映研の方がアナウンスをしました。


「本上映よりメイキング有。先程撮れたばかりの映像です」


 再びスクリーンに映写されたのは、本校舎の玄関口を遠目に撮影している映像でした。


 なんですかこれは、と思ったのも束の間、勢いよく巨大サメが昇降口を抜け飛び出してきます。すごい! なんて楽しそうなのでしょう!


 サメは背中に人を乗せ人混みを掻き分けながら向かってきます。そして撮影者を横切ろうとして――私は立ち上がって叫んでいました。


「あ゛っ!!」


 上映中はお静かに、という張り紙がスクリーンの横に見えました。


 しかしそんなことを気にしている場合ではありません。なぜならば、背中に乗っていた人物が私の先輩だったからです。


 どこで何をしているかと思えば、サメの背中に乗り映画出演。ずるいずるいずるい! そういうのは私と一緒にやるべきでしょうが!


 私は部屋を飛び出し、撮影された場所である本校舎前を目指しました。後悔はしていませんが、咲沙さん達とはぐれなければ今ごろ先輩を見つけていたのでしょうか。つまり今頃咲沙さんが先輩を発見している可能性は大いにあります。それは喜ばしいことですが……せっかくなら一番最初に会うのは私がいいです。出来れば一対一で。そして一緒に文化祭を回りたい。


 繰り返しになりますが、後悔はしていません。反省はしたいです。


 第二校舎を出て撮影場所まで来ましたが、周囲を見渡してもサメの姿はどこにも見当たりませんでした。


 けれども先輩が確かにこの祭りの中にいると知れたことは収穫です。骨身を削った必死の捜索、その末に掴んだチャンスを易々手放しては雨傘小唄一生の不覚。まだまだこれからです。ヘンテコな帽子をかぶっていたし目撃者もいるでしょう。


 とはいっても知らない人に話しかけるのはオソロシイので足を動かすことにしました。


 先輩がいそうな日陰をはじめとして、徐々に校庭へ近付いていきます。するとそこで、横合いから歓声が聞こえました。声の方を向いた私の視界に飛び込んできたのは、先程見た巨大サメ、その実物です。


「先輩⁉」


 パンダの着ぐるみに押される巨大サメは私の前まで来ると動きを止めました。大きく開かれた口から覗く本物と見まがうほど精巧な牙から一歩引いて距離を取り、銃を構えながら中を覗きこみます。


「やっほー雨傘ちゃん。あれ、丁は?」


 中には咲沙さんが仰向けの状態で控えていました。にへら、と笑いながら手をひらひらさせています。


「はぐれました……咲沙さんは、なにを?」

「メイド長が好きにすればって言うからさ、入ってみた」


 ちょっと羨ましくなりましたが、私は心をサメにしてその感情を一息に飲み込みました。


「あっ、あの、先輩いませんでしたか?」

「ごめんね、まだ。さっきまでメイド長と一緒にサメ人間と戦ってたからさ。近くにはいなかったよ」

「見たんです! このサメに先輩が乗ってるのを! まさかその口の中に⁉」

「よく分かったね、食べちゃった」


 やはりギャルはオソロシイ!


 私は頭を突っ込んで中を確認しましたが、先輩の姿はありません。二人入るには窮屈すぎるのは見れば分かることでしたが、念のためです。


「まさかスカートの中に」

「いるわけないじゃん! あたしをなんだと思ってんの⁉ そういうの絶対無理だし!」


 ギャルはパンツと名刺の違いが分からないという私の考えは、この瞬間改められたのでした。ごめんなさい。


 町田さんから教わった「焦った時は折奈をいじるといい」を実践しいくらか落ち着いてきたところで、私は尋ねました。


「ちなみにメイド長はどこへ?」

「怒鳴り込んできたメイドちゃんに連れてかれちゃった。ほら、あの一人で頑張ってた……」

「なるほど……当然ですね。それじゃこっちのパンダは?」

「わかんない! 押してくれるみたいだからお願いしちゃった」


 青空の如き屈託のない笑顔は、私をして「まあいっか」と思わせるには十分すぎました。物好きなパンダもいるものです。


「そだ、雨傘ちゃんサメの背中に乗ったら? 最合くんが近くにいたらすぐ見つけられそうじゃん」

「私が小さいと?」

「あはっ、なにそれ。そんなこと言ってないじゃん」

「いや……でも」


 乗りたい気持ちは半分以上あるのですが、メイド服着て銃持ってサメに乗るなんて欲張りセットは流石に躊躇われました。そういうのは梶来さんとか咲沙さんの領分でしょう。


 勇気を出してやんわりとお断りするつもりでしたが、パンダの着ぐるみが私を持ち上げて背中に座らせやがりました。


「なにすんですかこのパンダ」

「よーし出発!」


 咲沙さんの声を合図にサメが前進しました。私は落っこちないよう背びれをぎゅぎゅぎゅと抱きしめました。

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