〈36〉三年四組 梶来紫雨
たこ焼き星人ほど特徴的ならば屋上からでも視認できるだろうと目論んだのだが、まさか頭を飛ばしてくれるとまでは想像していなかった。おかげで探さずとも見つけられた。サメ人間も大勢見える以上、梶来さんも一緒にいるのは間違いないだろう。
ありがとう、たこ焼き星人。
僕達は屋上から校庭を見下ろしていた。
委員長と落ち合ってからサメ人を紹介する暇も無くすぐに階段を駆け上り、職員室から拝借した鍵を使って扉を開け、そして現在へ至る。
準備は整った。滅茶苦茶で、本能的で、薄氷を踏み鳴らすような杜撰な計画だが、決して投げやりではないバカバカしさは、委員長も支持してくれたものだ。
委員長の手には調達してもらった拡声器が握られている。
「これは僕の勘ですが、多少強引な方が喜ばれます。あと言葉はストレートに」
「分かってる。いや、分からねえ。なんで俺はこんなことやろうとしてんだ」
「文化祭マジックとやらでは」
パラペットに立った委員長は何度も深呼吸を繰り返し落ち着こうとしている。普段は強気な彼だが、やはり告白には相当な勇気と胆力を要するのだと分かった。
僕とサメ人は数歩下がった場所で黙って委員長の決心を待った。
そして、その瞬間が訪れる。空を仰いだ委員長が左の拳を握り、顔を下げた同時に声を張り上げた。
「三年四組梶来紫雨――――っ!」
機械を通した委員長の叫びは、学校中へ響き渡っていると確信するのに十分な音量だ。数拍の後、校庭より立ち上る喧騒が僕達の元へ届いた。
「お前に言いたいことがある!」
委員長は構わず続ける。僕は拳を握り精一杯のエールを送った。
本題に切り込もうとして、委員長は一度言葉を切る。それから大きく息を吸い込み再び拳を強く握ると、拡声器を下ろして、言った。
「俺は、俺はっ! お前のことがっ! 好きだ――――っ! 俺と付き合え! 今すぐにだ!」
機械など必要としなくても、委員長の言葉は、心からの叫びは、並べる物が無いくらい熱く大きかった。空が燃えているように見えた。
なんと泥臭い告白だろう。雨傘ならば鼻で笑うかもしれない。だが、僕にはこの飾らない感情の奔流が羨ましくてたまらなかった。
笑われるかもしれない。思い出す度に身悶えするかもしれない。
けれども、いつか笑って話せる日がくるだろう。
これこそ僕の求める青春である。
「今からそっちへ行く! そこで返事を貰うからな!」
梶来さんのオーダーに添ったこの告白は、間違いなく恥ずかしくて一生忘れられないものであるはずだ。組み合わせると意図がずれるような気もするが誤差の範囲としておく。
校庭に背を向けた委員長は、肩で息をしながらパラペットを降り、僕に向かって拡声器を投げた。
「行ってくる。後始末は頼んだ」
「早く行ってあげてください」
「骨は拾えよ」
「ご冗談を」
足早に去って行く委員長の背中を見て、僕は熱くなった目頭をこするのだった。
「いいね」サメ人がぼそりと呟いた。
「ですね」
そうしてしばし余韻に身を浸していると、入れ違いで多くの生徒達が駆け込んできた。栓の壊れた蛇口が如く入り口から人が溢れてくる。男女入り混じった集団は、皆一様に色めきだっている。
先頭の男子生徒が僕の元へ駆け寄ると「貸してくれ」と拡声器を引っ手繰り、校庭を見下ろしながら叫んだ。
「ちくしょー! 俺も梶来のこと好きだったぜ! 幸せにな!」
横並びとなった生徒達が右から左へ拡声器をリレーしながらエールを並べていく。
「梶来せんぱーい! 愚痴とかいつでも聞きますからねー!」
「俺も彼女が欲しいぞー! 誰か付き合ってくれ!」
「梶来さんを泣かしたら許さねえからな!」
「悔しいけどお似合いだよ!」
「あんまし学校でいちゃつくなよ!」
「三年の赤川せんぱーい! 私と付き合ってください!」
「あ、ずるいぞ。じゃあ俺も! 聞いてるか歌野、一年の時からお前のことが好きだ!」
「私は彼氏募集中でーす。顔よりお金、お金より中身を重視しまーす」
便乗して告白合戦が始まってしまい、余韻は瞬く間に消滅してしまったが、この楽しさだけを追い求めるお祭り騒ぎは――悪くない。
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