【04】日常にこそ神は潜む

 放課のチャイムとほぼ同時に教室を出た私は、誰よりも早く校門を抜けて近くの電柱に身を潜めました。荷物は全てホームルームが始まる前に部室へ運んでおいたのでとても身軽です。ポケットの中も空っぽなので、掛け値なしに何も持っていません。


 なぜこのようなことをしているのか、それは出て来る人々を観察するためです。

 私の趣味は人間観察なのでした。


 対象は気分で選ぶことにしているので、今の時点で誰となるかは私にも分かりません。本当です。


 しばらく人の波を眺めていると、一つの集団が目につきました。派手な頭に着崩した制服が目立つ集団です。いかにも群れることが好きな連中といった感じでした。


 本来の私ならば例えお酒に酔ってもあのような連中を観察しようなどとは思いませんが、ではどうして今回は例外となったのか、それは四人ほど毛色の違う人間が混じる歪な集団であったからです。


 六人はいわゆるクラスで幅を利かせる男女といった装いですが、残りの四人はどちらかと言えば大人しいイメージの方々でした。中でも一人、とても頭の悪そうな男の人がいます。間違いなくアホです。ちょっと背筋は曲がってるし寝癖もあります。根は素直そうな印象を受けますが、土壌が湿っているせいで変な花を咲かせそうというか、恐らくまともではありません。


 私は集団の後ろを追いかけました。付かず離れず、周囲に怪しまれないように堂々としながら尾行していきます。


 気ままに空を滑る鳥達の粗相を今日ばかりは許す心持でした。どんどん落っことしちゃってください。


 あまりに異色の集団であるため、道中の盛り上がりは二分すると思われましたが、なんと全員一体となって盛り上がっていました。その潤滑油を担っているのが派手頭のギャルです。彼女はこまめに位置を変えながら、全員と話しているようでした。


 雷に打たれたような衝撃に私は危うく意識を手放しかけます。


 マジで、いいね、ウケる、ヤバいの四拍子のみに決まっているのに、使いこなすとあんなにも場を円滑に回せるだなんて。


 信じられません。信じたくありません。


 私はせんぱ……寝癖の人あたりの明晰夢に迷い込んでしまったのでしょうか。


 なんともまあ楽しそうにしちゃって。モノスゴク楽しいのだと思われます。我が世の春とばかりに浮かれ気分じゃないですか。オレンジ色が射すだらしのない横顔を見れば一目瞭然でした。


 私は自分の頭にマグマの塊を投げ込まれた気分になりました。


 ふざけんじゃないぞなに可愛い後輩をほったらかして楽しんでんだカワイイカワイイ後輩がひとりぼっちで悲しんでるぞそこに混ぜろ!


 と数々の言葉が脳内を渦巻きましたがマグマへぽいっとして事なきを得るのでした。


 それからおよそ十五分、天国と地獄の移動は続きました。ひたすら明るく優しい世界を見せつけられ、ようやく到着です。


 彼ら彼女らはカラオケボックスの前に立ち、なんのつもりか記念撮影をはじめました。出ました陽キャがやるやつ。私はゲリラ的なトマト祭りの開催を望みましたが実現は叶いませんでした。


 さて、ここからが問題です。中へ入られてしまえば私は観察する術を失ってしまいます。カラオケボックスとは言うなれば治外法権、近付くことすら躊躇われる人外魔境。よしんば中へ入れたとして、アリアドネ様と知り合いでない私は複雑怪奇を極める迷宮に屈し、慟哭の末に朽ち果てることとなるでしょう。一人カラオケという言葉を聞いたことがありますが、どういう人物がどういった神経で生み出したのか見当もつきません。


 などと散々言いはしましたが、カラオケには何度か先輩と来たことがある私なのでした。ふふん。


 どこかの誰かへの自慢を終え、どうしたものか頭を悩ませていると、不意に背後から左肩を叩かれました。


 振り返るとそこには、白地に鮮やかな彼岸花のあしらいが施された甚平を纏う、凛とした顔つきの女性が立っていました。私は急いで目線を落とします。


 うわうわうわどうしましょう誰この人全然知らない。

 私の知り合い? 親戚とかでしょうか。


「やあ。そんなところで何をしてるのかなお嬢さん」


 とても綺麗な声で問いかけられるも、私の答えは沈黙でした。


 どうしようなんて答えよう。早く答えないと嫌な気持ちにさせるかもしれない。だけど変なこと言って困らせたらどうしよう。普通に答えたら素っ気ないとか思われそうだし。あぱぁ。


 という葛藤があったことだけは何とか本人に知って頂きたいものです。


 いやもう帰って。お互い傷付く前に、何も無かったことにしましょうよ。


 心配せずともこの沈黙に耐えられる者などいないだろう、と開き直った私でしたが、あにはからんや、女性は気にした様子もなく続けました。


「良ければ少し話し相手になってくれないかな。暇なんだ。丁度そこにコーヒー店がある」


 私は一瞬だけ女性の顔を見て、再び地面の観察に戻ります。


 これは私の対人スキルが低いわけではありません。本当に。目の前の女性から変人オーラを感じた故の自己防衛であります。


 やはり私の勘所は悪くなかったようで、女性はこんなことを言いました。


「私は恋の神様だ」


 ――ああ、神様。もしもおわしますならば、どうか私をお助けください。

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