【05】恋の神様

 恋の神様は恋寺こいじさんというそうです。彼女は無言の私に構わずひたすら喋り続けていました。


 頼むからどこかへ行って……。私は電柱にぴたっと張り付きただただ祈るばかりです。


 すると恋寺さんが私の左肩に自分の右肩をくっつけて言いました。


「さてさて、お嬢さんの想い人はどの子かな? 当ててみせよう、あの寝癖のお兄さんだ」


 威勢のいい声は正解を確信しているようでした。


 私はわずかばかり首を振って否定します。


 年上の方はこれだから困ります。高校生と恋愛は切っても切れない関係だとでも思っているのでしょう。


 先輩に彼女が出来ようがなんだろうが、私の知ったことではありません。


 私が主張したいのは、順番が間違っているということです。私に彼氏が出来て、先輩も彼女を作るなら理解もできようというもの。


 しかし先輩が先に彼女を作り、未だ何も持たない憐れな私を見捨てるというのは許せないことなのです。


 意地の悪い先輩はことある毎に満ち足りてるマウントを取って来るに違いありません。私なら絶対そうするからです。


 頭突きで電柱をへし折ってここら一帯停電させてやろうかしら。お腹の底から湧き上がる感情のままそんなことを考えていると、恋寺さんが言いました。


「よし。それじゃあ私が恋の神様だってことを証明しよう」


 あまりにも意味不明でしたので私は思わず恋寺さんを向きました。そこには大人びた顔を童心で歪める姿がありました。右手を前に伸ばし「そうれ」と声を出します。


 導かれるように手が伸びた先を見遣ると、驚くべきことに先輩の身体がよろけました。背中を張り手でばちこんと打たれたかのように、そのまま正面にいたギャルの胸に顔を埋めます。


「ギャッ!」


 悲鳴が私の口から飛び出したものだと気付き、電柱に頬ずりする勢いで身を隠しましたが、幸いバレてはいませんでした。


「はっはっは。どうだいお嬢さん、これで私が本物だって信じてくれたかな」

「な、なんですかいまの! 最悪なことが起きました!」


 そうして私はついに言葉を発することに成功したのでした。

 恋寺さんは私の反応が予想と違ったのか、頬を掻きながら不思議そうにしています。


「怒ってるね」

「あれじゃますます調子に乗っちゃう……」


「想い人が良い思いをするのは嬉しいことじゃないか」

「ずるいって思います」


「素直なお嬢さんだ」恋寺さんが感心したように言いました。


 いよいよカラオケボックスという日陰者の棺桶に踏み入った先輩の姿を見送り、さてどうしたものかと思考を巻き戻します。このまま出て来るまで待ち続けるくらいなら、最終手段であるお母さんを呼び出すことも辞さない構えでしたが、不意に私の制服の襟を恋寺さんが掴みました。


「考え事なら混ぜてよ。丁度そこにコーヒー店がある」


 尋常でない握力に抗う術を持たない私は、ずるずると引っ張られていくのでした。

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