〈40〉あともうちょっと

 長い説教が始まるかと思われたが、主犯は実行委員長だと僕以外の全員がぴったり言い訳を符合させ、それによる恩恵かは定かでないがすんなりと解放された。これでいいのかを数人に尋ねてみたが、こちらも揃って「ご祝儀だ」と言い張った。


 委員長と梶来さんのクラスメイトによると「前から付き合ってたみたいなもん」らしく、告白の行く末を心配する者はいないそうだ。


 衝突することも多そうだが、二人は幸せになるだろうな、と思った。


 最大の目的を果たしたことで湧き出る充足感を味わいつつ、いよいよ本腰を入れて恋寺さんを探すことにしようと考えやっぱり止めた。いつの間にか居なくなっていたサメ人の正体を知ることが出来なかったのは残念だが、最後の最後まで何が起きるか分からないものだから前向きにいくとしよう。


 一階まで下りた後、外へ出るか校内をうろつくかしばし悩み、なんとなく最初にサメと出会った場所へ足を向けた。廊下を歩きながら外を見ると、茜色の混じり始めた空が鮮やかに郷愁を放っていた。


 じきに文化祭も幕を下ろす。そうなった時、僕は一体どうなるのだろうか。


 夢から醒め、この短くも濃密であった時間の全ては泡沫の如く消えてゆく。そんな結末はあんまりだ。思い出は形ある物に限らないが、実際的に何も残らないのは心を宙吊りにされた気分になる。


 渡り廊下に出る。そこら中から聞こえてくる賑わいは追い込みをかけるように勢いを増していく。


 左へ折れて中庭から離れるように歩いて行くと、道の上に巨大サメが寝そべっていた。僕とたこ焼き星人を追いかけた梶来さんが途中で乗り捨てた物だ。


 寝たまま最後を迎えるなど勿体ないと思い、僕は一人で巨大サメを引き起こした。


「あ」と聞こえ身体ごと向き変えると、委員長と梶来さんが居て僕を見るや繋いでいた手を離した。


「なにやってるんだお前」

「サメのお世話を。二人こそどうして」

「片付けだよ。仕事してりゃ誰にも文句言われないだろ」


 つまりデートか。僕は祝福の拍手を送った。水を差すわけにいかないので悪事の全てが委員長に押し付けられたことは黙っておく。


「最合くん、ありがと。こいつに協力してくれたんだってね」

「いえ、僕は大したことしてませんよ。どの道告白するつもりだったみたいですし」

「え! そうなの? へー、へぇ~」

「言うんじゃねえよ恥ずかしいだろが」


 取り澄ます委員長を見つめる梶来さんからは、からかうような雰囲気が感じられる。仲睦まじくてなによりだ。


「まあ俺もお前には感謝してる。結果的に大成功だからな。なにか礼をしたいところだが、約束してた甚平の女は見つかってない。悪いな」

「大丈夫ですよ。その内ふらっと戻ってくると思います」

「他になにかあるか? 文化祭はあと数分で終わるが、その後でもいい」


 僕は顎に手を当て考えるポーズを作る。何も浮かばなかったので、傍らにあるサメを指して言った。


「最後にこれに乗りたいな。次は中に入ってみたい」

「そんなんでよければいくらでも。入れよ」


 呆れたように笑う委員長に礼を言って、僕は足側から中へ入った。これで背徳的な景色を楽しめる。


「思いっきりいくからな、覚悟しとけ。梶来、お前上乗れよ」

「いーよ。私も押す」


 早速いちゃつき始めた二人によってサメが駆動する。うつ伏せの状態で景色を掻き分けていくと、氷を滑るペンギンのような気持ちになった。

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