【41】人の恋路を邪魔する奴は
「止めてください! 今なら許しますよ! ほら早く! 止めてください、止めろ!」
懇願空しく進み続けるサメを内側から叩いてみるも効果はありません。先日部室で見たミッションインポッシブルから打開策を探しましたが私では無理そうです。
もう少し時間を置いてからでなければ先輩に合わせる顔がないというのに。それはもう文字通りの意味でも。
再び悶えているとサメが急に止まりました。これはチャンスと仰向けになり背中を擦りながら出ようとすると、左足を掴まれました。
「ただいま。大活躍してきた、八面六臂」
顔だけを起こすとそこにはサメのマスクを外し人間の姿を取り戻した町田さんがいました。
「なにやってたの丁。すごいことになってるよ」
「知ってる。後ろで見てたから。撮影もした。怒られそうになったから逃げて来た」
「はぁーーーー⁉」
私は町田さんごとカメラをぶち壊すと決意しましたが「暴れるとスカートの中映るよ」という脅迫によって抵抗すら許されません。
「安心して。これは二人だけの物にするから」
「信用できません……」
「だいじょーぶ。それだけはあたしが絶対保証する。変な奴だけどそこまで悪趣味じゃないよ」
ひょこりと姿を見せた咲沙さんがそう言って、町田さんの手を取りました。
「不器用なだけで雨傘ちゃんに喜んでもらいたいだけだからさ。あたしは丁のそういうとこが好きなんだよね」
そして照れくさそうに笑います。すると隣の町田さんの顔が見る見るうちに真っ赤っかとなりました。
視線は泳ぎに泳いで口元はふにゃふにゃになり、やがて俯いてしまいます。
「……ごめんなさい雨傘さん。余計なことして」
「あ、いえ……私の方こそ、その……ごめんなさい」
しおらしい町田さんの姿に毒気を抜かれた私もごめんなさいをしました。かくして、咲沙さんの鮮やかな手腕によりこの場は平定されたのでした。
無事仲直りも果たしたことで一件落着――とはいかないようで、咲沙さんとも町田さんとも違うメイドがサメの口を覗き込んできます。
「また会ったね。さっきは良いものを見せてもらったよ」
「メイド長……なにか用ですか」
濡れていたり髪が乱れていたりと不審な点の多い姿に私は身構え、ブーケをぎゅっと抱きしめました。
「どうしてもそれが欲しくてね。さっきの告白を見て大半の連中はキミに譲ると決めたみたいだけど、私の辞書は落丁版だ」
「……なにが抜けてるんですか?」
「恋」メイド長は即答しました。
「それ、譲ってくれないかな。キミにはもう必要ないだろう?」
口元だけ笑いながらメイド長は私を見据えます。
どういった飛躍の末に着地をしたのでしょうか、必要ないなんて言いやがるとは。先程まで感じていたものと異なる熱が脳髄へ流し込まれるのを感じました。ですから語気が荒くなるのは当然の帰結と言えるでしょう。
「必要に決まってます! 先輩がくれた物に要らない物なんて一つも無いんですよバーカ!」
これをくれたということは。私にも、ブーケにも、それだけの価値があると思ってくれたってことなんだから! ぜーったいぜったい誰にも渡しません!
私はメイド長を強く睨み返しました。
すると彼女は「へえ」と嬉しそうに顔全体で笑いやがります。
「それじゃあ仕方ない。人の恋路を邪魔する奴は犬に喰れて死ぬがいゝ、私は今この時から――」
そこまで言いかけて、メイド長が左へよろめき私の視界から飛び出していきました。
「雨傘ちゃん嫌がってるじゃん! 無理矢理やるならあたしも怒るよ! おーいみんなー! この人どっかやるの手伝って!」
みんなとは? 咲沙さんの発言に首を傾げつつ、サメの口が切り取るわずかな視界から外を窺います。全然分かりません。しかし何やら騒がしいご様子。出た方がいいのかしら、と首を戻して一呼吸したところ、急にサメが動き始めました。
「何事!」
「はっはっは! なんか楽しいことになってきたな!」
エンジンを担っていると思しき梶来さんが呵々大笑して続けます。
「咲沙を筆頭に大勢がメイドに群がってるよ! パンダなんかノリノリだったぜ!」
「なるほど! 私達も混ざりましょうよ!」
どさくさに紛れて一発お見舞いしてやりたい所です。
「それよりさっさと最合に会いたいだろ!」
「はいはいもうそれでいいですよ!」
私は投げやりに言いながらうつ伏せとなってクッションに顔を埋めます。
このまま寝たふりをしてやりすごすため私はぎゅーと目を瞑りましたが、先輩の姿が鮮明に浮かんできて悶絶しました。
ああもうこうなったらさっさと会ってこの気持ちを整理したい!
「多分まだ校舎の中にいるはずだ! 渡り廊下から中に――うわっ!」
「どうしたんですか!」
驚嘆を節目にサメの速度が落ちていきます。そしてほとんど止まりかけて、また加速しました。
「なんでもない! このまま突っ切る!」
まるで目前に障害があるかのような口ぶりが気になり外を確認しようとすると、
「はぁ⁉ バカかあいつら!」
という腹の底から出たであろう梶来さんの声がして、直後に強い衝撃がありました。まるで私を飲み干そうとするかのようにサメが傾き、私は最奥へと滑り落ちて頭をごちんとぶつけました。すると浮き上がるような感覚がお腹の真ん中辺りから広がってきて、その心地よさに抗うことができずにいると、段々と意識が私の元を離れていきました。
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