〈42〉おしまい

 カーブでも速度を落とすことなく大回りで本校舎の正面へ出ると、あちこちから祝福の声が挙がった。冷やかし混じりに嫉妬交じりに、冗談っぽく委員長と梶来さんへ祝辞を告げていく生徒達。


 それらに返答するように梶来さんが特大の笑い声を上げた。


「あははははは! サメ、作ってよかった!」

「――はは! そうだな! 痛かったけどよ!」


 委員長の笑った声を聞くのはこれが初めてだ。彼はいまようやく、純粋に文化祭を楽しんでいるのだろう。梶来さんは、言わずもがな。


 二人に対する野次が飛び交う中を泳ぎ続けていると、正面からもう一匹のサメが向かって来た。僕の視線はそのサメの口の中へ釘付けとなった。


 誰かが入っているようで、足がこちらに向いていてスカートを履いている。これはチャンスだ、と思った。スカートの中を見られるかもしれないからだ。


 なんとしても見たい。何がなんでも見たい。視界から得られる情報のほとんどを削ぎ落し、スカート周辺にのみ意識を集中する。


「ぶつけるか! どうせ解体するしな!」委員長が言った。


「えー勿体ない! 頭だけでも残そうよ!」

「そうかよ! じゃあ使ってない部屋にでもぶちこむか!」

「おっけーそれじゃ思いっきりやっちゃおう! 最合くん気を付けてねー!」


 言葉はしかと届いたが意味を理解せずにいると、ダンと音がして僕が入っているサメの速度が増した。


 スカートの中はまだ見えない。神風よ吹きすさべと心に念じる。


 鉄壁を誇るスカートが迫る中、チャイムの音を聞いた。鳴り終わった瞬間に、文化祭が終わる。終わってしまう。


 そこに重々しい衝突音が混じり、衝撃で身体が揺さぶられる。


 その刹那に――僕は見た。漆黒の中に輝く光、まるで夜空に浮かぶ恋心のようなピンク色を。


 やはり最後まで何があるか分からない。僕はこの瞬間を生涯忘れないであろう。ありがとう。誰だか分からないが、ありがとう。


 チャイムの音が黄昏と混ざり合い、やがて消えていく。


 文化祭の締めくくりは、巨大なサメ同士の熱烈なキス。是非とも伝統にするべきだと、沈んでいく意識の中で、そう思った。

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