【25】メイドになった日
私達四人は全員して事態を呑み込めないまま口をあんぐり開けています。
今年の春高校生になった私は、まだ文化祭を体験しておりません。例年秋頃に催される年に一度のお祭り騒ぎ、もちろん鼻で笑ってやろうと決めていたのですが、まさかこのような形で参加することになろうとは。
第二十七回葉土高校文化祭、風に流れたきたチラシにそう書かれていました。
「……ねえ何が起きてんの? これうちのガッコじゃん。ていうか明るいし! めっちゃ文化祭じゃん! なにこれ! なにこれぇー!」
「しかも第二十七回って、三年前だよ」
落ち着きなく言葉を並べる咲沙さんと、冷静に状況を把握している町田さん。
「三年前……ってことは。げぇ」
ぼそりと呟いた梶来さんが、隠すことなく渋面を晒し頭を抱えました。梶来さんはこの状況を受け入れた上で悩んでいるように見えました。やはり侮れない方です。
「ちょっとちょっと! なにみんな落ち着いてんの⁉ あたしがアホみたいじゃん!」
「いえ……まあ、慣れてきましたし。ちょっとだけ」
「自分より慌ててる人がいると冷静になれるよね」
恋寺さんのおかげで耐性がついていた私は切り替えの早さを身に付けていました。
京塚さんと音矢くんの姿は見えませんが、この場に連れて来られたということは、先輩と恋寺さんがどこかにいるのでしょう。葉土高校は敷地が広く、加えてこの人混みの中で見つけ出すことは容易ではありませんが、絶対に見つけて連れ帰ってやります。
初めての文化祭ですから先輩との思い出が欲しいところ。少しくらい一緒に見物して回るっても罰は当たらないでしょう。
私は聳え立つ校舎をじっと見つめ、祝すべき第一歩を踏み出しました。
「さて先輩のいそうな所は……」
何の気なしに隣を見て驚かされました。顔が巨大なたこ焼きの、たこ焼き星人がいたからです。
「ぎゃっ! 不審者!」
「待て雨傘。俺だ、梶来だ」
たこ焼き星人は梶来さんの声でそう言いました。
「わけあって俺は顔を見られたくない。だからそこの人から借りてきたんだ。悪いが名前も伏せてくれるか」
「そっちの方が目立ちそうな……」
「えっ、なにそれかわいーじゃん! 写真撮らして!」
出ました陽キャがやるやつ。
なんでも写真を撮りたがる習性をお持ちの咲沙さんがスマホをかしゃかしゃ鳴らすのを、私はただ眺めていました。忘れた頃にアルバムからたこやき星人が出てくる衝撃を恐れないのでしょうか。さっきまで狼狽まみれだったとは思えない切り替えに、やはり咲沙さんも侮れないなと思いました。
「ほら丁と雨傘ちゃんも。一緒に撮ろ! 送ってあげる!」
やはり誘われたら断れない私は、こうしてたこ焼き星人という時限爆弾を残したのでした。
我々はひとまず校庭から探索することにして、梶来さんを先頭に歩き始めました。あちこちから湧いてくる活気に圧し潰されそうになりながら人垣を抜けていくと、普段とは装いの異なる校庭が見えてきます。規則正しく並んでいるテントが、どこか猫をかぶっているように感じられました。
悔しいことにワクワクします。日常を過ごす場所での非日常がこんなにも感情を刺激するだなんて。
お菓子が好きな先輩に何か手土産でも。そう考えていると、私達の行く手を阻むかのように一人の女性が現れました。メイド服を着て右手には無骨なマシンガン(恐らく)を携えています。余裕をたっぷり蓄えた面差しは恋寺さんのようでした。
これは関わっちゃいけない人だ。直感して目を逸らしたのですが、
「わ、なになにかわいーじゃん」
と声を弾ませる咲沙さん。彼女の口癖は「かわいー」で間違いないでしょう。
好感触だったからか、武装メイドも見た目と裏腹に柔らかい声で言いました。
「キミ達何年生? 可愛いね。いきなりで悪いんだけど、一つ頼まれてくれないかな」
「頼み? あー、でもあたしらいま人探してて」
「だったら丁度良い。目立つ服の方が相手からも見つけやすいさ。実はうちのキャストが数名彼氏と駆け落ちしやがってね。代役を探していたところなんだ」
メイドさんは凛々しい顔で咲沙さんを口説きます。
咲沙さんが困った顔でこちらを見たので、私は小さく頷きました。
「大丈夫ですよ。先輩はこちらで探すので」
「うー……ごめんね。まあ、そういうことなら」
咲沙さんが渋々ながら話を受けると、メイドさんは快活に笑いました。
「そうかそうか、助かったよありがとう! まさか三人も見つかるなんてね」
「さんにん?」
咲沙さんに町田さんも加えたとして二人。あと一人……まさかたこ焼き星人を!
そんなわけはありませんでした。こっち見てる……。
「いやいや本当にありがとうね。いやー助かった」
やられた、と思いました。なんと白々しい笑顔なのでしょう、この人はこちらの話を聞くつもりがありません。
そうはさせるかと踵を返した私の首に、メイドさんの細腕が回ってきます。逃亡を選択した頃には既に、遅きに失していたのです。
「む、無理です。接客なんてしたら心に深い傷を負います」
「そんなの舐めときゃ治るよ」
夕方の焼き直しをするように私はずるずる引きずられていきます。このメイドは間違いなく恋寺さんと同種の獣です。
私は手を伸ばして叫びました。
「助けてください! たこ焼き星人!」
しかし梶来さんは呑気に手を振るばかりで、私がマスコットと離れたがらない子供と同じ扱いを受ける様を、町田さんが笑いました。
この恨みは一生忘れません。
〇
三年四組メイド喫茶「とりがーはっぴー」は、健気なメイドの過酷なワンオペによりかろうじて成り立っておりました。目が渦巻き状になっていると錯覚してしまう程てんやわんやです。当然モデルガンを持つ余裕などあるはずもなく、武装メイドというコンセプトは業務量の暴力に圧し潰されていました。
席の数は八席で、内七席は埋まっています。
「戻ったよ。三人連れてきたから計四人、あとは任せて休んでいるといい」
「ロウドウキモチイー」
見事お店という主人を守り抜いた英傑は、軸が不安定なままぐるりと一周回り、地面に置かれた手榴弾型のクッションに倒れ込みました。
「ほら着替えて! 銃は好きなの使っていいから」
敬礼するだけの余韻も与えられず、私達三人はカーテンで仕切られた空間へ押し込まれます。
目まぐるしい展開の中、咲沙さんが困ったように笑いました。
「なんか変なことになっちゃったね」
「強引なのいいよね」
「そーなんだよねー」
おかしなことを言う二人はそっとしておくことに決め、私は衣装の数が足りない可能性に縋りながらプラスチックの箱を開けました。山ほどありました。
私がヒグマのような体型だったならサイズを理由に断ることもできたでしょうが、悲しきかな小柄なのです。
ええいままよ! もうこうなったらやるしかありません!
観念してメイド服を取り出し、素早く着替えを済ませ、町田さんと「これアニメで見たことあります!」なんて話をしながら銃を選び、三人とも準備が整ったのを見てカーテンを開けました。
すると待ち構えていたメイド長が大人っぽい笑みで言いました。
「似合ってるよ。私は銃に詳しくないが、多分撃たれたら死ぬだろうね」
「当たり前でしょ! てかこれ弾入ってたりしないよね!」
咲沙さんの勢いをいなしつつ、メイド長が肩を竦めます。
「当たり前じゃないか。万が一誤射でもしたら癖になるからね。銃口は全部塞いであるよ」
嬉しいやら残念やら、確かに引き金に掛けた指に力を込めても反応がありません。町田さんは声に出して「ちぇ」と言いました。げばら。
そこからは至極真っ当に労働力として酷使され、幸いメニューはシフォンケーキとドリンクのセットだけでしたので恙なくこなせました。
愛嬌たっぷりな咲沙さんが手際よく接客していく様は圧巻の一言。町田さんは私達の前で見せる愛想をほとんど引っ込めていましたが、それはそれで一部に受けていたので問題なしでしょう。
私は運び終える度に応援のお言葉を頂き、ついには小学生女子から飴玉を頂戴したのでした。せめてもの救いです。
そして一旦お客様が全員掃けたタイミングで、私達は報酬のケーキとカフェオレをご馳走になりました。労働の対価として食べるケーキは格別でした。
「お疲れ雨傘ちゃん。やー、ごめんね巻き込んじゃって」
「咲沙さんが謝ることじゃ……」
「ん」と町田さんが自分を指さす仕草をします。
「丁はいいの。どうせ遊ぶ気だったでしょ」
「失礼な。ちょっと文化部を覗きたかっただけだよ」
図星を突かれても動じない町田さんの胆力には天晴です。ちなみに文化部、私も気になります。
「ありがとうキミ達。本当に助かった。お礼にその服は貸してあげるよ、メイド服で回るのも悪くないだろう?」
「お言葉に甘えて」
私と咲沙さんが反応するより早く町田さんが好意を受け取りました。
正気とは思えません。メイド服で校内を練り歩くなんて、ハロウィンでコスプレをする陽キャの如き所業。写真でも撮られたら生涯遊んで暮らせるだけのお金を奪い取られることでしょう。
「まあ丁が乗り気ならあたしはいーけど」
「えっ!」
「雨傘さんは着替えてもいいんだよ」
ひどい……ひどすぎる。仲間外れにして私をイヂメルつもりでしょうか。
究極の選択に頭を抱え、とりあえずカフェオレをもう一杯頂こうとすると、部屋に入ってきた女生徒が言いました。
「メイド長! 外でサメが暴れています! 実行委員より「応援求ム」と!」
「サメだと? へえ、面白くなってきたな。よしキミ達もついて来てくれ。そんな面白そうなこと見逃したら後悔するよ」
私達三人は異口同音に「さめ?」と顔を見合わせるのでした。
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