〈13〉むぎゃもっち

 部屋に戻った僕は自分の鞄から滅多に使わないスマホを取り出し、数少ない連絡先の内雨傘小唄を選択して電話を掛けた。ダメ元での行動だったが、やはりコール音が続くばかりで応答が無い。僕のと同様に鞄の底で眠っているのであろう。


 時刻はじきに十八時を迎えようとしている。三時間ということだったので、この空間に与えられた時間は半ばを過ぎていた。


 今回の集まりはどうやら雑談を主とした交流会らしく、カラオケボックスを選んだのは手軽に大勢が入れるかつ多少騒いでも迷惑にならないからだろう。雨傘とカラオケに来るとほぼ休みなく歌い続ける羽目となるため、歌わないという選択肢には避雷針の真横で雷に打たれたような衝撃を受けた。今度雨傘にも教えてやるとしよう。


 時折挟まれるクラスメイトの熱唱に盛り上がりつつ、僕は基本的に梶来くんと話していた。注文したたこ焼きを二人で分け合いながら仲を深めている所だ。


「なあ最合、知ってるか? うちの学校にあるパワースポット」

「初耳だ。そんなありがたい場所があるのか」

「今度教えてやるよ。驚くんじゃねえぞ、なんとな」


 声のボリュームが落ちたのを境に僕も息を止めて聞き入った。


「女子のパンツが見放題だ」

「なんだって!」


 立ち上がった僕は感動で打ち震える手を梶来くんの両肩に置いた。そんな夢のような場所が実在するとは、夢の中でも聞いた試しが無い。


 梶来くんは爪楊枝をたこ焼きに刺し、口へ運びながら言う。


「声でけえって。聞かれたら大変なことになるだろ」

「すまない。聞き逃したら大変なことになると思って」

「どこにあるの?」

「階段のとこに資料室あるだろ? あそこの――」


 と、そこまで言って梶来くんは言葉を切る。僕も異変に気付いた。


 自然に挟み込まれた下方向からの声。その正体はテーブルの下で四つん這いになった町田さんのものだった。


「町田! なにやってんだお前そんなとこで!」


 慌てる梶来くんはたこ焼きを取り落とし、シャツの胸元と腹部をソースで汚してしまった。転がり落ちるたこ焼きはそのまま地に落ちるかと思われたが、咄嗟に出した僕の右手が間に合ったことで最悪の運命は回避された。


「ふふふ。最合くんなら分かると思う。プリトレでナギちゃんが悪戯するシーン」

「そういえばあった気が……」


 僕が抱いていた町田さんのイメージが崩れていく。中から出てきた本来の町田さんはより魅力的であったため気にはならないのだが、しかしタイミングが最悪である。


 町田さんは無表情のまま顔だけをテーブル下から突き出して、僕と梶来くんを交互に見る。


 ブラック企業も真っ青の激務をニューロンに課し、ただちに解決策を探ってみたが、空しいかな僕の人生経験ではこの窮地を切り抜ける方法を見つけることが出来なかった。僕は手に乗ったままのたこ焼きを口に入れ何度も噛んだ。


 頼りの梶来くんは見るからに焦っていて、染みの処理すら忘れて縋るように僕を見つめてくる。


 この瞬間に破廉恥の誹りは免れないと悟ったが、町田さんの言葉は我々の予想を裏切るものだった。


「私のは見ないでね。言い触らしたりしないから」

「え、マジかよ町田」

「私は推しに恥じない自分でいたいの。告げ口とか、そういうのはしない」

「サンキュー町田! お前も推しも良い子すぎるぜ」


 梶来くんは打算抜きで言っているように感じられる。そのためか町田さんの表情は満足気なものに変わっていた。


 僕も梶来くん同様に町田さんは素晴らしい人だと感じたので、とにかく褒めそやした。思いつく限りの語彙を総動員し、その間町田さんは照れることなく賛美を受け止め続けた。


「なにやってんのあんたら……」


 いつの間にか僕の隣へ来ていた咲沙さんが、呆れた顔をしていた。


 確かにはたから見ると意味不明な光景だろう。意味が分からないと言うことは、窮地を切り抜けたということでもある。


 胸を撫で下ろし一息つくと、町田さんがようやくテーブルの下から出てきた。


「羨ましくなった? 折奈も良い子だし可愛いよ」

「そうだぜ。咲沙も可愛いぞ」

「咲沙さんは素敵な女性だ」

「だーかーらー! そういうのやめろって言ってんの!」


 途端に真っ赤っかになる咲沙さん。けれども町田隊長による攻撃は止む気配が無い。


「何食べたらそんなに可愛くなるの? 可愛すぎてごめんなさいって言って」


 だから僕達も乗っかった。


「優しくて気さくでちょっと生意気なところが可愛いな」

「僕は咲沙さんの明るくていつでも楽しそうな生き方を尊敬している」

「私みたいなのとも仲良くしてくれるし。折奈が思ってる以上に好きだよ。私、折奈のこと。折奈は――」

「むぎゃーーーーーーっ!」


 ついに叫び出した真っ赤っかな咲沙さんに、僕達は揃って部屋を追い出されたのだった。

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