〈38〉好き好き大好き超愛してる

 溌溂とした青少年の叫びを離れた位置から眺めていると、一人の男子生徒が僕の手を引いた。


「お前さんもなにか言っとけって。今は食い止めてるけどその内教師がやってくるぜ」


 列の端に加えられた僕は、やかましく囀る鼓動に耐えながら自分の番が来るのを待つことになった。サメ人は撮影に専念するといいながら僕の背後に位置取っている。


 参加してみたい気持ちが無いわけではなかったが、いざ参加してみると想像以上の緊張に足がすくむ。急すぎて言いたいことがまとまらない。強いて挙げれば「青春したい!」と言ったところか。しかし流れは告白一色となっている為、トリを飾るであろう僕が流れを壊すわけにはいかない。ノリが大事、雨傘後輩に教わったことだ。


 雨傘か……丁度良いしあいつにしよう。こういう時は本当に頼りになる奴である。


 それに僕は、体育館での感情が何なのかをまだ整理できていない。前向きに考えるとこれは物凄く丁度良い。


 奴がこの場にいるわけもないから聞かれる心配は無いし、どこかでブラブラしているだろう恋寺さんの口止めは念入りに行う必要があるものの、青春に加わるための必要経費だと割り切ろう。


 僕があいつに告白する日が来るとは、やはり文化祭とは面白い。


 いよいよ回ってきた拡声器を受け取る。隣の男子が「最後だし思い切りいけ」と言った。その隣の女子は「長めにいこう」と笑う。


 僕は咳払いで声の調子を整えてから、始めた。


「一年七組――雨傘小唄」


 雨傘小唄。僕の唯一にして絶対の後輩。


 春に出会ってからの三ヶ月程、ずっと一緒に過ごしてきた。当たり前のように、そして当たり前に、一緒に居た。


 次の言葉が喉を通り抜けようとして引っ掛かる。よく味わってから吐き出せ――とでも言うように。


 ただの言葉で良しとせず、感情を乗せて僕は言った。


「僕はお前が好きだ。お前と出会ってから毎日が楽しくなった。性格が悪くて口も悪く、おまけに短気でわがままと悪い所だらけだが、僕はそれが嫌いじゃない」


 よく怒ってよくいじけて、偏見が産んだ見えない敵に悪戦苦闘し、挙句僕も巻き込んで振り回す。


 そのくせいつも楽しそうに笑うから、僕の前ではよく笑うから――全て許せてしまうのだ。


「むしろ好きだ。大好きだ。お前の面倒を見られるのは僕しかいないと確信している。面倒なお前を見ていられるのは僕の特権だ。これからもお前は自分勝手で楽しそうにしていてほしい」


 振り回されて、時には僕が振り回し。笑っていけたらいいなと、そう思う。


「今日だってお前と回れなかったことを心から残念に思う。僕は常にお前のことばかりを考えていた。どこにいてもお前を探した。キノコが如く生えてこないかと期待もした。それくらい好きだ。大好きだ。好き好き大好き超愛してる。以上だ。返事は、気が向いた時にでも」


 後半はノリに身を任せて並べ立てたのだが、本心とかけ離れてはいないので口馴染みは大変良かった。


 拡声器を下ろし一息つくと、途端に心臓が暴れはじめる。雨傘で頭が一杯となった。


 感情の出し方を知らなければ扱い切れない。確かにその通りだ。出してみてようやく輪郭を掴めてきた。


 僕は――僕はあいつを、妹としてではなく一人の女の子として好ましく思っている……の、かもしれない。


 これを恋と呼ぶかは分からないが、少なくともそうなり得る可能性はあるように感じられた。


 叫び出したい衝動に駆られて、それを阻むように教師陣が現れた。


「お前らなにやってんだ! さっさと出ろ!」


 かくして我々は屋上を後にする。この後は説教を喰らうのだろう。


 酸いも甘いも表裏一体、青春とはそういうものだ。


 しかし今は甘さが欲しいと、雨傘に会いたいような会いたくないような、そんな気持ちの中で考えた。

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