【44】世界はみんなと夢を見る

「小唄おねーさーん」


 身体を揺さぶられる感覚がして目を開くと、音矢くんが私を覗き込んでいました。


「私は一体……あれ」


 確かついさっきまでサメの中にいたはず。何かにぶつかって、そうしたら眠くなって……背中にゴツゴツした硬さを感じて私は起き上がりました。


 どうやら今いる場所はプールサイド。音矢くんの持つランタン型のライトと空から零れる月明かりが辺りを照らしています。隣にはメイド服を着た咲沙さんと町田さん、少し空けて梶来さんらしき人も横たわっていました。


「おはよう雨傘ちゃん。楽しんでくれたかな」


 音矢くんの後ろに立っている京塚さんが上機嫌にしています。黒のスーツを着ているにも関わらず、夜闇の中で姿がくっきり見えました。


「なんだったんですか……あれ。それにずっとどこに」

「あれはまあ、恋寺の特異性によるものでね。安心してくれ、ただの夢さ」

「じゃあどうして私はメイド服を着ているんですか」

「さあ。正夢ってやつじゃないかな」


 真面目に答えるつもりは無いようです。小癪な。夢って……あれが夢であるはずはありません。普段の私なら引っ叩いてやるところですが、今は心が穏やかなので許してあげましょう。


 意識の覚醒に伴って、私の小っちゃな心臓が大騒ぎを始めました。足下にあるブーケを目にしたからです。ああ、これは夢で良かったのに……。


 髪を搔き乱し悶えていると、町田さん、咲沙さん、梶来さんの順に目を覚ましました。


「あれ……サメは? てか夜になってる! なにこれ!」

「真っ暗だね。戻ってきたみたい」


 相変わらずのお二人と、こちらへ寄って来る梶来さん。


「悪い夢だったな……。姉貴の彼氏はじめて見たぜ」

「あたしもああいう告白されてみたいなー」

「俺がしてやろうか」

「勘弁して」


 思い思いを口にして後夜祭のようにしていると、音矢くんが大きめの紙袋を三つ私達へ差し出しました。


「はい、お姉さん達の制服だよ。まったく、いつもこういう役回りだ」

「拗ねないでくれ音矢。私も恋寺も自制心が足りなくてね、細かいことを後に回して踏み潰しがちなんだ」

「ぼくもそういう性格だったら楽できるのになあ。言うは易く行うは難しってやつだね。まあいいけどさ。ほらお姉さん達早く着替えてきなよ。そのままの方がぼくは好みだけど」


 町田さんが検討する素振りを見せ始めたので、咲沙さんと協力して更衣室へ引きずり込み、三人一緒に着替えを始めました。幸い電気が使えたので苦労はなさそうです。


「いやーすっごい疲れたね。結局よく分かんないし。まあいっか、楽しかったから。あたしらも今年はあれくらいはっちゃけよーか」

「去年は全体的に大人しかったし、いいかもね」


 二人の視線が揃ってこちらを向きましたが、私は何も言いませんでした。


 問うに落ちず語るに落ちるという教訓がありますので、下手に喋ると恐ろしいことになるでしょう。


「そういえば、ごめん。サメの映画。貰えなかった」

「いーよ丁の気持ちが嬉しかったし。そうだ、あたしらも映画作ってみる?」


 いいかもね、と町田さんがビデオカメラを構えます。それを見て私の視界が横に細長くなりました。


「はい雨傘さん。返す」


 町田さんが言いました。


「……別にいいです私のじゃないですから」

「でも中身が」

「…………人に見せたりしないんですよね」


 私がそう答えると、町田さんは少しだけ驚いて、そして「うん」と優しく微笑みました。


 今すぐにぶっ壊しておきたい気持ちもありますが、だけど、町田さんと咲沙さんを信じるのも……悪くはありません。


 恥ずかしさから顔を逸らし着替えを済ませてしまおうと急ぐ私。ああもうみっともない、これだから苦手なんです!


「似合ってるよ。ピンク」

「言わなくていいです」


 やっぱり信用するのは止めておこうかと考えた矢先に、咲沙さんが両手を広げて抱き着いてきました。


「ありがと雨傘ちゃん。ほんっとかわいーんだから」

「やめてください今のは気の迷いです!」


 口ではそんなことを言いつつも、悪い気はしないので受け入れる私。すると咲沙さんは顔をくっつけてぐりぐり頬ずりをしてきます。距離感がバグってる……実はこの人が一番変な人なのかもしれません。


 それから、メイド服は各々持ち帰ることにして、文化祭の時にでも使えたらいいね、と希望的な話に落ち着きました。私はもう懲り懲りですが、お二人のメイド姿はもう一度見たいと思います。


 着替えを済ませた私はブーケをメイド服でくるんで紙袋に仕舞います。その様子に二人が何やら言いたそうにしていましたが、私は知らんぷりをしました。


 全員が制服姿へ戻ったのを潮に更衣室を出ました。結局先輩に会ってないな、とぼやいたその時、私のスカートの右ポケットが震えました。

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