〈34〉たこ焼き王子とサメ姫様

 実行委員長とは一旦別行動を取ることにして、職員室へ足を運んだ僕は目的のブツを拝借した後、梶来さんを探しさ迷っていた。彼女はバイタリティ溢れる人だから今も動き回っているだろうし、当を付けるのが大変難しい。


 人気の無い本校舎の一階廊下を歩きながら外を見遣ると、中庭に人の群れがあった。あの中心部にはメイド長がいるのだろうな、と思った。そんな予感を微笑ましくも感じていると、廊下の奥から車輪の回る音がする。


 見ればまたしても我が物顔で堂々と構えた巨大サメが真っすぐこちらへ向かってくる。僕の知っているサメより一回り大きかった。その背には人が乗っていて、天井に頭をぶつけないよう身体を丸めていた。


「ごーごーごー! もっと加速して!」


 背びれを抱き声を弾ませるその人は梶来さんだった。二体目がいるとは聞いていたが……改めて生産力に感服である。


 正面から見るサメの造形に惚れ惚れしていると、顔を上げた梶来さんと目が合った。彼女は「あっ」と短い音を吐いた。


 迫りくるサメは減速する様子がなく、僕の五体を食い千切らんと廊下を遊泳する。


「ちょっとストップ! 人いた!」


 間に合わない、と思った僕は一か八かでサメの口に頭から飛び込んだ。そうしてから退けば良かったのだと気が付いた。


 器官が本物なら一巻の終わりだったが、中は座布団が敷かれていて快適である。一人寝そべるのが限界の狭いスペースだが、悪くない。


「最合くんまた会ったねー! 平気?」

「平気です! これからどこへ!」


 外側から聞こえてくる声に返事をして、僕は身をよじって仰向けになった。この上に梶来さんがいるという事実は中々に刺激的である。


 梶来さんの声はよく通った。


「映画撮るの! サメが実行委員長を襲うやつ!」


 恋心を知ってしまえば実にいじらしいちょっかいなのだが、今は委員長の仕事を増やしている場合ではない。なぜならば一刻も早く告白を見届けたいからだ。


 いきなりの段差で腰を強打したが、おかげで玄関口を抜けたと分かった。顔だけを起こすとサメの口が切り取った景色が見える。人の足ばかりでなんとも扇情的だ。あわや目的を忘れかけたが、しかし首の疲れが理性の楔となり最悪は免れた。


「梶来さん! 話があります!」

「聞くよ! なになに!」


 一度止めて欲しいと伝えると、サメは緩やかに減速し、やがて停止した。


 エンジン役を務める男子生徒に両足を引っ張ってもらい外へ出て、礼を告げてから梶来さんの元へ移動する。彼女は背びれの天辺を両手で握り、腕を伸ばして上体を弓なりに反らしていた。


「……カジキマグロのポーズですか」

「よく分かったね。全然似てないのに。あはははは!」


 体勢を戻した梶来さんは可笑しそうにしながら首を傾げる。彼女は見るからに高揚していて、先程よりも笑顔が飛び跳ねている。「まぐろー」と舌を出し、全然意味が分からなかったが愛くるしい仕草に僕はくらくらした。


「それで話って?」

「スマホを貸してくれませんか」

「スマホ? いいけど、なにするの? 電話?」


 巧みな指捌きでロックを解除したスマホを渡してくれる梶来さん。僕はそれを受け取りしっかりと握りしめ――全速力で逃げ出した。


「は⁉ え、ちょっとなにすんのー!」


 当然の反応をする梶来さんを振り返ることなく、がむしゃらに走った。


 〇


 背後からサメが追ってくる。サメ人間も追ってくる。僕が向こうに回した相手は世にもオソロシイ勢力であった。


「待てー! 私のスマホ返せ!」


 例え相手がサメ国の王女様だったとしても従うわけにはいかない。まだ、捕まるわけにはいかない。あの人がどこかにいるはずなのだ。


 逃走の最中でも如才なく周囲を確認する僕。マルチタスクというやつだ。インターネットに書いてあった。


 なるべく人の多い場所を選んで魔手から逃れ続けていると、目的の人物を発見することができた。中庭近くでベンチに腰掛けるその人に、僕は大声で呼びかける。


「見つけたぞ! たこやき星人!」


 たこ焼き星人は立ち上がり僕に身体の正面を向けた。しかし背後からくるサメ集団を見たのだろう、すぐさま踵を返し逃げ出した。


 梶来さんを天敵とする異星人、僕の企みに彼ほどの適任はいるまい。


「待ってくれ! キミに頼みがあるんだ!」


 聞く耳を持たないたこ焼き星人に、それでも僕は何度も声を掛ける。徐々に徐々に距離が縮まって、手が届きそうになったタイミングで、僕達の横を巨大サメが追い越して行った。


「外したっ!」


 梶来さんの悔しそうな声と忌々しげな表情に気圧され、進路をサメと垂直に変更した。たこ焼き星人も同様だ。


 背後からサメが悲鳴を上げたのか激しい衝撃音が聞こえた。肩越しに確認するとサメがひっくり返っていて、サメを降りた梶来さんが脇目も振らず追いかけて来る。僕はここで燃え尽きる覚悟で速度を上げ、たこ焼き星人の隣に並ぶ。


「すまない。これを持ってあの人を校庭まで誘導してほしい。理由はすぐに分かる」


 最低限の説明しか出来ないことを申し訳なく思いつつも、強引にスマホと運命を託す。この異星人は信用に足ると直感が告げていた。


 強いて言葉にするならば、胸元にソースの跡があったから。梶来くんを、思い出したからだ。


「僕はキミを信じている」


 その言葉を終止符として、僕はその場で正反対へ急転換し、梶来さんへ向き合う形を作る。ここでたこ焼き星人が捕まるわけにはいかない。


 両手を広げ立ちはだかると、無防備な僕の腹に梶来さんの頭突きが命中した。見事な一撃に僕は倒れ空を仰いだ。


 額に八の字を寄せて見下ろしてくる梶来さんのスカートの中は、ギリギリ見えそうになかった。


「なんのつもり? 普段やらないことってこういうのじゃないよ」

「……僕はたこやき星のエージェントだ。たこやき王子の命令でやった」

「はぁ~~?」


 すまないたこ焼き星人。あとで謝るから今は許してほしい。


 怪訝そうに僕を見つめていた梶来さんだったが、


「もーなんなのあいつ! 私に何か恨みあるわけ⁉ こうなったら絶対あの被り物剥ぎ取ってやる!」


 メラメラと闘志を燃え滾らせ、力強く地面を踏み叩きながらたこ焼き星人を追いかけていった。


 続くサメ人間の大群も見送り身体を起こすと、正面に一人だけサメが残っていた。ビデオカメラをこちらへ向けている。


「また会いましたね。メイド長と、それにブーケは?」

「責任ヲ持ッテ届ケテオイタ」


 意味は分からなかったが、まあいいだろう。最初からブーケなど必要無かったようだし、今はもっと優先すべき事項がある。


 そうだ、折角ビデオカメラを持っているのだからサメ人も巻き込んでしまおう。


「良ければ一緒にどうですか? 良い物が見られますよ」

「何?」サメ人がマスクを外そうとしながら言った。

「告白です」


 僕がそう答えると、サメ人の手が止まる。結局マスクは取らなかった。


「案内シテ」と今にもスキップを始めそうな足取りで、むしろ僕を先導しようとするサメ人を引き止めながら移動を始める。


 ほどなくして本校舎の入り口で実行委員長と落ち合った。

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