第38話 顕現
リープ――。
ハクトは荷台に上って来た大型バニー目掛けて跳んだ。
鋭い斬撃とともに肩口を裂かれたバニーが荷台から落ち、そのまま地面を転がって深い地割れの中へと消えた。
跳躍したハクトの着地点にミラの単車が回り込む。後部座席に降り立ったハクトは背後で崩れる崖を振り返った。
崖の対岸は、数百メートル向こう側に見える。もはや後戻りすらかなわない。
地面の亀裂が、広がり続けているのだ。
「どうなってるんだ、これ……まるで地上がワーレンに飲み込まれているみたいだ」
「わたしにも何が起こっているのか……ハクトくん、しっかり掴まってください!」
走る単車の下に亀裂が入り、地面が隆起した。
その隆起を踏み台にして、ミラとハクトを乗せた単車は大きく跳んだ。
一瞬の浮遊感の後、半ば車輪を滑らせながら着地する。
ジェイムズの貨物車両が横に並んだ。彼の車も不規則に波打つ地面をうまく捉え切れずスピードが乗らないようだ。
そこへ新たな大型バニーが荷台に取り付こうとしている。
それを見たハクトは、今度は荷台に向かって単車の後部座席を蹴った。
空中で肩担ぎで振るった刀がバニーの首を薙ぐ。
よろめくバニーの巨体を、荷台の上に戻ると同時に車両から蹴り落とした。
「……師匠!」
リッカを見ると、荷台の運転席側に背を預けて小太刀のタスクを構えていた。
「この通り安静にしているよ……乗り心地が悪くて傷が開きそうだがな」
直後、ひと際巨大な揺れが車体を襲った。
「ぅうわああッ?」
まるで大波に持ち上げられたかのような上下運動に、車輪が何度も空転する。
「く……ッ、何だ?」
車両全体が軋み音を立てた。
ハクトとリッカは荷台の柵を掴んで身体を支えている。
「……ちょっと! いや、な――」
バックミラーを目にしたサブリナが、眼鏡の位置を直した。
「何なんすか、あれ……ッ?」
窓から身を乗り出したサブリナ。彼女の指差す後方を振り返ってハクトは絶句した。
「え……?」
地割れが広がって広大な空洞と化しつつある荒野。
その地の底へと繋がる空洞の中から、赤い奔流のようなものが青空へと勢いよく噴き上がっている。
「……嘘でしょ。まさか荒野が噴火でもしたってのッ?」
ジェイムズもバックミラーでその異変を見ている。
「いや――」
あれは明らかに違う、何かだ。
それはとてつもなく巨大な柱のように見えた。
大きく広がった空洞と同じくらいの太さで、高さは上空の雲に触れそうなほどだ。
濡れたようなその表面が、陽の光をきらきらと反射している。
頭上へと伸び続ける赤い柱を見上げていると、早くもその先端が雲の中に隠れてしまった。
「……」
ハクトは呆然とそれを眺めている。大きさが桁外れ過ぎて、視界感覚がおかしくなるようだ。
やがてその赤い柱がゆっくりと、たわんだ。
「師匠……」
ハクトは自分の見ているものが理解ができず、思わずリッカを見た。
リッカも青褪めた顔で赤い柱を見上げていたが、不意に運転席側の壁を何度も叩いた。
「……ジェイムズ! 逃げろ! 逃げろ、あれからできる限り距離を取れ! 全速力だ!」
「とっくに全速力よッ!」
高い駆動音をあげっぱなしの車両が、亀裂で生じた隆起で弾んだ。
赤い柱のたわみが強くなり、ゆるやかな弧を頭上に描く。
太い柱が日差しを遮り、荒野を疾駆する車両へ大きな影を落とした。
柱はさらに強く曲がり、雲の上にあった先端が再び雲を抜けて地表へ近付いてくる。
その先端には頭があった。
黒く虚ろな眼窩があり、大きく裂けた口の中に鋭い歯列が並ぶ。
爬虫類のような細長い頭部だ。
その表面は、鱗のように棘状の突起でびっしりと覆われている。
そしてその頭頂部から伸びているのは、ひと際長い、耳のような二本の突起――。
それを見たハクトの全身が震えた。
もはやウサギとは似ても似つかない。その姿は巨大な蛇だ。
だが、きっとそうなのだ。あれは――。
「……バニー」
赤い蛇の頭部が、再び地割れの奥へと突っ込んだ。
衝撃で無数のバニーが赤い飛沫のように宙に舞い、周囲の地表がめくれ上がった。
めくれて斜めになった地面を、ハクト達の車両とミラの単車が走り抜ける。
もはや走っているのか、滑り落ちているのかよく分からない。
「はぐれちゃ嫌っすよ、ミラ姫ッ! あんなのがまた下から出てきたら今度こそ巻き込まれるっすッ!」
並走するミラにサブリナが窓から叫ぶ。
「分かっています! 貨物車よりも単車の方が走破力に長けているので、むしろそちらが運転に気を付けてください!」
崩壊した荒野に、赤い蛇の巨体がアーチを作っている。アーチは動き続けている。地中を動く蛇の一部だけが地表に出ているのだ。
サブリナの言うように、再び頭を出してくるかもしれない。
今はとにかく逃げるしかない。
「街が見えて来たわ……!」
ジェイムズが言う。
ワーレンは街の下までは広がってはいない。オリエンテムレプスのある場所までは地割れの影響も及ばないだろう。
地面もいくらか平坦になり、車両のスピードが上がった。
不気味な赤いアーチも、遠ざかっていく。
「一体何なんだ……あれは……」
ハクトは赤い巨影から目を離せずにいる。
「長い耳があった。あんな大きさのバニーなんているのか? マンティコアとかの比じゃないぞ」
「そうだな」
と、その耳にリッカの声が届く。
「だが彼岸から来た存在という意味では、バニーと同じだ。それは間違いない」
「あれを――知っているのか、師匠」
ハクトが見やると彼女は彼の目を見て、うなずいた。
「うむ、かつてエヴァとともに対峙したゆえ」
「師匠の師匠と……?」
エヴァンジェリン・フリント――。
今はもういない、もうひとりのワーバニー。
「……あれこそが、彼岸の崩壊を決定的にもたらすもの。すなわち――世界の崩壊そのものだ」
「世界の崩壊そのもの……って」
それはバルコニーで食事をしながら、リッカが話していたことだ。
「その時が来たということだ。世界の崩壊を防ぐため、わたし達が鎮めなくていけないのは、
「……!」
再び地響きが辺りを揺るがした。
赤い蛇の頭部が地中から姿を見せ、その胴がうねるように伸びている。
距離はいくらか離れたが、やはりあらためて大きい。
あれを?
あの途方もなく巨大な何かを、鎮める……?
「あれはバニーと同じように彼岸から生まれた存在だが、もはやバニーとは別物だと言っていい……それは世界に終末をもたらすべく生まれる、強大にして比類なき存在。わたしとエヴァは特別に、こう呼ぶことにした――」
リッカは一度目を伏せると、あらためてその赤い瞳で後方の巨大な蛇を見据えた。
「“リヴァイアサン”――と」
赤い蛇が大きく顎を開いて、空に向かって咆えた。
彼岸から生まれた巨大な蛇――“リヴァイアサン”の咆哮は、音というよりも質量をもつ壁のような圧力で周囲の空気を薙ぎ払った。
つづく
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