第37話 崩壊

 安心したのも、ほんの少しの間だけだった。


 またしても地面が大きく揺れた。

 新たな亀裂が地面に広がり、地割れの幅が広がっていく。

 何体ものバニーが巻き込まれて地下へと落下していくのが見えた。


 長い両耳を立てて身を起こすハクト。

 砕けた地表がワーレンの奥底へと落ちていく。重たげなその音が、辺りに殷々いんいんと響いた。


「クロードを倒したのに、崩壊が止まらない……」

「もはや後戻りの効かない時点まで崩壊が進んでいるのだ。これは、いよいよのようだな」


 そこへ、遠くの方から単車の駆動音が近付いてきた。

 バニーの赤い波を引き裂くようにしてオレンジ色の光がすぐ近くに滑り込んでくる。

「二人とも! ここにいましたか!」

 ハルバードを手にしたミラの姿だ。


「ミラ! 無事で良かった!」

 思わずほっとして声をあげるハクト。

 白い単車を駆るギルドマスターは、依然として純白のロングコートを翻して意気軒昂いきけんこうだった。

「ええ、二人も――いえ、リッカさんッ? その傷、どうしたのですか!」

 ミラは岩陰に単車を寄せてリッカの側にしゃがみ込んだ。


 ハクトはネザー・ワーレンに降りた後の、クロードとの戦闘についてかいつまんで語った。


「……そうですか。クロードくんが……」

 ミラは沈痛な面持ちでつぶやいた。

「ギルドマスターとして、責任を感じます。どこかで気付くことができていれば、彼を止めることができたかも知れません」


 ハクトはクロードの最期を思い出す。

「……いや、ミラ。あいつは……クロードは、最期の最期まで自分で選び取った道を進み続けた。何があっても止まることはない……きっとそういう奴だったんだ」

 例えどんな形で出会っていたとしても、彼とは決別を迎えていたような気がする。


 リッカが言う。

「うむ……ミラが自分を責めるには及ばない。人が、人ひとりを変えることなどそう簡単にできるものではない。それはいっそ、うぬぼれというものだ」

「それは……そうなのかも知れませんが。というかあなたはじっとしていてください、リッカさん。傷に障ります」

 ミラは白いロングコートを脱ぐと、袖を使ってリッカの傷口をきつく縛った。

 傷口を圧迫されて、彼女は眉根を寄せた。

「……傷は治りかけているゆえ、手当は無用だ。せっかくの白いコートが血で汚れてしまうぞ」

「無理をしてはいけません、コートならいくらでも替えがあります。それに、傷ついた仲間の傷を庇えるのなら、コートが吸った血は汚れではなくほまれと呼ぶのです」

 真顔で応じるミラに、リッカは困ったように目を伏せた。

「……このギルドマスターめ……」


 もう一度地面が揺れ、地割れが広がって行く音が響いた。

「まずいですね……この辺りにはもう留まってはいられないようです。今は少しでもワーレンから遠い――街の方へ退却しましょう。二人の単車は?」

 ハクトは首を振った。

「ネザー・ワーレンに置きっぱなしだ」

「わたしの単車だけで三人は難しいですね……リッカさんは怪我していますし」

「ミラは師匠を連れて、単車で先に行ってくれ。俺は走って追いかけるよ」

「ですがそれではバニーを振り切れないのでは――」

「お願いだ。ミラにしか頼めない」

 振り切れない場合は斬る。

 斬ったバニーからエッグを回収して行けば、後でリッカに食べさせてもやれるだろう。


 考えを決めてハクトが立ち上がると、街の方からもうひとつ駆動音が近付いて来ていることに気付いた。

 乱暴にバニーの波をかき分けながらこちらへ近付いて来ているのは、小型の貨物車だ。


「いた! いたっすよマスター、あっち、あの白いの! おーい、姫姫ーッ!」

 サイドシートの窓から身体を半分以上乗り出してサブリナが大声で手を振っている。

 バーマスターのジェイムズがハンドルを握っているようだ。


「あの人は、サブリナさん……? どうしてこんなところに」

 バニーを跳ね飛ばしながら三人の前に貨物車が停車する。


「ぎゃああっ、姫が! リッカ姫が怪我ッ! マスターが轢いちゃったッ?」

 サブリナが傷ついたリッカを見て喚いた。

「轢くかッ! 人聞きの悪いこと言わないの!」


「わたしは問題ない……それより二人ともどうした」

 顔をしかめつつ、身を起こすリッカ。

「良かった、意識はしっかりしてるみたいね。話は後よ、とにかく乗って!」

 運転席の窓から顔を出したジェイムズが荷台を指差した。


 ハクトとミラは顔を見合わせる。

「……走って戻る必要はなくなったかな」

「何よりです、怪我人を単車で運ぶよりは負担が軽そうですしね」


 ミラにバニーの動きを牽制してもらいながら、ハクトはリッカを抱きかかえて荷台に乗り込んだ。

 もはや断続的に揺れ続けている地面を、貨物車と単車が同時に発進する。


 リッカを荷台に横たわらせると、ハクトはその場でテリトリーを展開した。

 無蓋の荷台だ。バニーが跳び込んでくることもあるだろう。


「街はもうバニーだらけよ。ハンター達も頑張ってくれたけど、いかんせん物量が桁違いだもの。押し込まれちゃった感じね」

 運転席のジェイムズが言った。

「そうですか……想定より早かったですね。力及ばず、残念です」

 ミラは単車で並走している。

「いいえ、ギルドマスター。お陰で街のみんなが避難する時間が稼げたわ」

「今はギルド本部とか、とりあえず丈夫で高い建物に立てこもってるっす。こうなりゃ姫達も一緒にいた方がいいと思って、うちらがバニーの群れをぶち抜いて呼びに来たって訳っすよ!」


「ハンターでもないのに、無茶をするものだな」

 荷台に横たわったリッカは呆れた様子だ。


「無茶くらいするっすよ。何かあったらどうするんすか、うちの大事な金づるに――ごめん今ちょっと噛んだっす、うちの大事な姫に!」

「ちょっと噛んだっていうか、完全に“金づる”って言ってたけどな」

「こらハクトくん! しーっすよ、しィーッ!」

「言い草はさておきサブリナがあんた達を心配してたのは本当よ。ひとりで飛び出そうとするもんだから、あたしが車を出したの」

 もちろん、サブリナ達のお陰で負傷したリッカを安全に運べているのは確かだ。


「それに忘れたの、リッカ? サブリナはともかく、あたしはエッグのブローカー――」

 運転席の窓にとりついた数体のバニーが視界を塞ぐ。

 ジェイムズはおもむろに座席の下からショットガンを取り出して正面にぶっ放した。フロントガラスごとバニーを吹き飛ばす。

「ギルドハンターの資格をもってないと、できない仕事よ!」


 開けた視界の先に、行く手を遮るように地割れが走った。

 大きく車体を傾けながら、ハンドルを切って避けるジェイムズ。

 スピードが落ち、荷台の上に三体のバニーが跳び乗ってきた。


 ハクトはすでに膝立ちで刀のタスクを構えている。

 ステア――。


 片手でリッカを支えながら、残る片手でバニーのクリティカルポイントを貫いた。

 車体の傾きが戻る。

 膝立ちのままリープして、ハクトは残る二体のバニーを横薙ぎに斬り捨てた。


 生じたエッグを拾いあげた彼の目の前で、鋭く巨大な爪が荷台の端に食い込む。

 見ると五メートル級の大型バニーが車両に追いすがっていた。


 駆動音が一気に高くなる。

「後ろのデカブツ何とかしてくれるッ? スピードが出ないわ!」

「任せてくれ!」

 すでに大型バニーは荷台の上に身を乗り上げていた。


 ハクトは刀を構えて固唾を飲む。

 狭い荷台の上で大型バニーと対峙しているからだけではない。


 その大型バニーの背後に、黒々とした奈落が覗いている。

 地割れが、走る車両のすぐ後ろまで迫ってきていた。



つづく

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