第39話 避難
咆哮をあげたリヴァイアサンの巨体は大きく身を翻し、再び地響きとともに地面の下へと姿を消した。
細長い胴がのたうつように地上に見え隠れしている。
「何だか……苦しんでいるみたいだ」
ハクトの言葉に、リッカが応じた。
「うむ、恐らく“鎮め”がまだ完全には解けていないのだな」
「それって――」
「まだ何とかしようがある、ということだ」
彼女は口の端に笑みを浮かべた。
ハクト達がオリエンテムレプスの街に入る頃にはリヴァイアサンの姿は完全に地中へ消えていた。しかし断続的な地響きは今もなお続いている。
街は、押し寄せてきたバニーの波によって深刻な被害を受けていた。道端で賑わいを見せていたカフェや屋台は、今や見る影もない。
バニーはエッグに引き寄せられる習性がある。
特にエッグがエネルギー源の、照明器具をはじめとした家屋の機材はことごとくが破壊されているようだった。
ジェイムズは器用にハンドルを切ってバニーの群れの中を走る。
「このまま街を突っ切ってギルド本部に向かうわ。地下の停車場に車ごと逃げ込むのよ」
「地下停車場は二重扉でしたね。確かにあそこからならバニーの侵入に備えながら出入りできます」
通りに面する家屋の屋上から飛びかかってくるバニーをハルバードの一撃で退けながら、ミラは単車のスピードをあげた。
「わたしが露払いします。遅れずについてきてください」
ハルバードの石突を単車の上から地面を突き込んだ。
オレンジ色の斬撃が、バニーに満ちたギルド本部までの道を文字通り切り開いていく。ジェイムズの貨物車両はそれに続いた。
速度を保ったまま本部に近づくと、地下停車場の上下シャッターが自動的に開いていく。
群がるバニーを跳ね飛ばしながら、単車と貨物車両が並んでシャッターの奥へと滑り込んだ。早くもシャッターは下り始めたが、二枚目の重たげな鉄扉はまだ下りたままだ。
ハクトはすでに荷台から跳び降り、右の拳を地面に着けてテリトリーを展開している。
リープ――。
車両に撥ねられたバニーの群れが、ハクトの放った一閃によって両断されて消滅した。
「何それハクトくん、凄いっす!」
「危ないぞ、窓から顔出さないでくれ!」
ハクトは刀を脇に構え直してもう一度跳び、残りのバニーを斬り捨てた。
着地と同時に刀を血振りして辺りを見回す。
扉の前にいたバニーは掃討できたようだ。あとはシャッターが下り切るまでにバニーが入り込むのを防いでいけばいい。
そう考えてハクトがひとつ息をついたところで、軋み音とともにシャッターの下降が止まった。
見れば床とシャッターの隙間に、鋭い爪が入り込んでいる。
大型のバニーだ。シャッターを力づくで押し上げながら、太い首をねじ込んでくる。
「くそ、また大型か……ッ!」
間髪入れず、その太い首を上から降って来た赤い光が切断した。
リッカが荷台の上からクリティカルヒットを放ったのだ。
同時にシャッターが床まで降り、二枚目の鉄扉が上がり始める。
「……師匠! じっとしてなきゃダメだろ」
ハクトは慌てて彼女に近付いた。
手元で小太刀を回転させながら、リッカは唇をとがらせている。
「こんなもの動いたうちに入るか。ミラといいお前といい、わたしはそこまでやわではない」
「分かってくれ、俺にとってあんたは大事な人なんだ」
ハクトの言葉に、リッカは彼を真っ直ぐに見た。
「……愚か者。弟子にとって師匠とは守るものではなく、超えるものだ。弟子たるもの、そんなことでは勤まらないぞ」
「弟子が師匠を大事にするのはおかしなことか?」
ハクトはそんな彼女の視線をそのまま受け止める。
二枚目の鉄扉が上がり切ったので、ジェイムズが車両を奥に進ませた。
「さ、行くわよ。思ったよりとんでもないことになったけど、全員無事に戻れて良かったわ」
彼の声にうながされ、リッカはポニーテールを揺らして身を返した。
「まったく、わたしがいなくなったらどうするつもりだ」
言い残すと奥へ歩み去っていく。
「え……?」
リッカの背中を目で追うハクトの喉から、かすれた声が出た。
ただの軽口と思いたい。
そうに違いない。
だが――。
どこか拭いきれない不安が、ハクトの胸の奥にわだかまってる。
ミラの提案で、ひとまずはギルドの中枢――作戦指令室を目指すことになった。
本部の上層、最上階にあるミラの私邸の下だ。
地下停車場に車両を残し、そのままハクト達は建物の上階へあがった。
大地震の爪痕はあちこちに残っていたが、ギルド本部はしっかり機能しているようだ。
正面入口はバリケードで閉ざされ、窓も板で塞ぎ、バニーの侵入を警戒している。
エントランスホールから隣接するギルドホールに至るまで、街の人や物資が集められて避難所の様相を呈していた。
「あんた達、耳を隠さなくていいの?」
ステッキを突きながらエントランスホール脇の階段を歩くジェイムズがリッカを振り返った。
「マントを置いてきてしまったからやむを得ない……それにこの非常時だ、誰も気に留めはしないだろう」
それでもリッカは長い耳を軽く伏せて歩いている。ハクトも倣って耳を倒した。
「え? ちょっと待つっす。マスター、リッカ姫達のこと何か知ってるんすか?」
「ワーバニーだってこと? そりゃ知ってるわよ」
「ワーバニー……?」
サブリナはハクトとリッカの長い耳を見比べている。
「何せ、ワーレンでドジったあたしがこうしていられるのも、偶然出会ったリッカに助けてもらったお陰だもの」
ジェイムズはステッキで自分の右足を叩いた。コツコツと硬質な音がする。
「……ハンター業から身を引いたのは、その怪我が原因ですか。きちんと補償は受けましたか?」
「ありがとう、もちろんよギルドマスター。ギルドからまとまった資金ももらえたし、すぱっとバーマスターに転身って訳。しばらくしたら酒に引き寄せられたリッカが店に顔を出すようになったのよ」
「エッグに引き寄せられたバニーみたいに言うな」
と、リッカは口元をへの字に曲げている。
「リッカは命の恩人だからもっと便宜を図ってやってもいいんだけど、余計な貸し借りが無い方が楽だとか言ってね。酒代もブローカーの手数料も遠慮なくもらうことにしているの」
「そんないきさつがあったんだ……」
リッカの正体を知っている酒場なら、彼女も出入りしやすかったことだろう。
「ええー、ていうか何すかあ、それー。何でうちには秘密だったんすかあ? リッカ姫とウチが〈カルバノグ〉でお給仕してたら、今頃は街一番の繁盛店になってたはずなのに。惜しいことをしたもんすよ、マスターこの野郎」
サブリナはあからさまに不満顔だ。
「そういうことを言い出すと思ってたから黙ってたのよ」
さすがは雇用主、従業員をよく理解している。
「そもそも何ゆえわたしが給仕を引き受けると思っているのだ」
「え? うちもウサミミのヘアバンド着けて姫に合わせるんすよ?」
「いや知ったことではないが……」
まあでも、とサブリナはふと階段の踊り場から避難所となっているエントランスホールを見下ろした。
「こうなってしまったら、この街もおしまいなんすかねえ……」
緊張感の欠けた口調だが、その表情には陰が差していた。
その言葉に、しばらく誰も反応を示さなかった。
直前に目の当たりにした、破壊された街――何より、リヴァイアサンの姿がその場にいる脳裏に焼き付いている。
「そうはさせない」
と、リッカが先に立って階段を昇って行く。
「……そのためにワーバニーがいる」
つづく
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