第14話 酒場

 リッカが店の入り口のドアを押した。ドアベルが乾いた音を鳴らす。


「店はまだ準備中」

 音に反応して、奥から低い男の声が投げかけられる。

 店の奥は照明が落とされているのか、暗くて目が慣れるのにしばらくかかった。


 カウンターの奥で、モノトーンのバーコートを着た中年の男が立っていた。

 髭も髪も短く整えて清潔感があり、引き締まった端正な顔をしている。

 それでいて目付きは鋭く、体格も良い。

 歴戦のハンターのような風貌だった。


 思わず萎縮したハクトはリッカのマントを引っ張った。

「ほ、ほら準備中だって。師匠、ひとまず外に出よう」

「ジェイムズ、わたしだ」

 リッカは気にせずカウンターに近付く。


「……やだ、リッカじゃない! ご無沙汰ね」

 ジェイムズと呼ばれたバーコートの男は、打って変わってくだけた笑顔を見せた。


「……ん?」

 彼のいかめしい顔つきと柔らかな口調がすぐに結びつかず、ハクトは思わずジェイムズを凝視した。


「呑んだくれのあんたが中々顔見せないもんだから、てっきりワーレンで野垂れ死んだかと思ってたわ」

「誰に向かって言っている? いつものを頼む。それと何か食べるものを」

 そう言ってリッカはカウンターのスツールに腰を乗せた。


「オーケー。で、そこのコは誰? あんたがオトコ連れてるなんて初めて見るけど」

「わたしの弟子、ハクトだ。ハクト、こっちはジェイムズ。この酒場のマスターだ」

 リッカがそう紹介してくれた。


「よろしくね、ハクト」

 バックバーから酒瓶を取りながらこちらへ向かって片目をつむるジェイムズ。

「よ、よろしく……」

「ふうん、リッカと同じ綺麗な赤い目。かなりのイケメンじゃない。本当に弟子なの、リッカ?」

「そう言っているだろう。どうしたハクト、お前も座るといい」

 リッカが隣のスツールの座面を手で叩く。

「え? う、うん……」

「そんなに怯えなくたって別に取って食べたりなんかしないわよ。何呑む?」

「いや俺、酒は……」

「そう、じゃあノンアルコールの飲み物作ってあげるわね」


 ハクトとリッカの前に、氷の入った冷たいグラスが並べられた。

 リッカのグラスはウィスキーのソーダ割り、ハクトのグラスは赤く色付いたソーダで充たされている。

「グレナデン・ソーダ――ザクロのシロップをソーダで割ってレモンを搾ったものよ」


 ハクトは恐る恐るグラスに口をつけた。甘酸っぱい果実の味に、ソーダとレモンが爽やかな後味を作る。

「あ……うまい……」

「気に入ってもらえて良かったわ。リッカもそのザクロのシロップが好きなのよね」

「わたしならブランデーを加えるがな」


 もうひと口、赤い色の液体を飲む。エッグに味が似ている気がする。

 リッカが好きと言うのは、そのためだろうか。


「で、リッカ。今日もブツはあるのかしら?」

「もちろんだ。ハクト、集めたエッグをカウンターに出してくれ」

「え?」

「そのためにここに来ている。ジェイムズが引き取ってくれるのだ」


「この人がブローカーなのか……」

 ハクトはジェイムズからリッカへと視線を移した。

「どうした?」

「いや、何でもないよ」

 ブローカー相手の取引とは気乗りしないが、師匠のリッカが決めたことだ。

 ハクトはバックパックのエッグをカウンターに並べた。

「あらあら大変、今回も大猟ねえ」

 そう言いつつもその量に慣れてはいるのか、ジェイムズは手袋をはめて手際よくエッグのサイズとウェイトを測り始めた。


 その時、入口のドアベルが鳴った。

「マスター、ただいまっす!」

 メイドのようなモノトーンの服を着た少女が買い物袋を手に入って来た。金色の髪をアップにして、小ぶりな眼鏡を鼻に乗せている。


「あ、姫! お久しぶりっす、来てたんすね!」

 と、リッカを見て笑顔を見せた。笑うと犬歯が覗く。


「サブリナよ。この店の調理と給仕担当。ちょうどいい所に帰って来たわ、サブリナ。二人に何か作ってあげてちょうだい」

「オッケーっす……って、二人? ぎゃッ! 姫がイケメン彼氏連れて来てるっす! おのれ、うちとのガチソロ美少女同盟というものがありながら!」

 サブリナがハクトを指差して叫ぶ。

「知らない同盟を勝手に結ぶな……これはわたしの弟子、ハクトだ。よろしく頼む」


「弟子……何だ弟子っすかあ。もう、脅かさないで欲しいっすよう。それじゃあハクト君、うちはサブリナ・ウェイン、ぴちぴちの十七歳! お姉さんとお付き合いするっすよ!」

 ハクトに向かって身を乗り出してくるサブリナに、彼は同じ距離だけ身を引いた。

「え、いや……それは無理だけど」


「ぎゃあフラれたッ! ちょっと姫! どうなってんすか!」

「こっちの台詞だ。いきなり人の弟子に言い寄るな。それとお前、今同盟がどうのこうの言っていなかったか」

「それはそれ、これはこれっす!」

 サブリナはなぜか腕を組んで威張った。


「……見ての通り、顔はかなり可愛いんだけどね。性根と言動がゲスいから全然モテないのよ、このコ」

 ジェイムズはそう嘆息する。

「従業員をゲス呼ばわりとは、マスターこの野郎! あんま褒めても手しかあげないっすよッ! ぎゃはは」

 騒々しく笑いながら、サブリナはカウンターを回って厨房へ入る。

「雇用主に手をあげようとするんじゃない」


「……姫って?」

 ハクトが尋ねると、リッカは首を傾げた。

「サブリナがなぜかそう呼ぶ」


「そりゃあ、こんなシケた店がやっていけてるのも姫のお陰っすからね。最大限の敬称で呼ばないと!」

 厨房からサブリナの声が届く。

「誰の店がシケてるのよ。でもリッカが特別なのは確かよ」

「特別?」

「……ハクト、あたしみたいなブローカーにエッグを渡すことを警戒しているでしょ?」

「……」

 図星を突かれてハクトは思わず言葉に詰まった。


「そりゃあえてギルドに所属しないハンターなんて大体が脛に傷もってるようなロクデナシばかりだし、そんな連中の仲介するからにはそのリスク相応の手数料をいただかなきゃ……ブローカーってそういうものよ。でもリッカ相手なら話は別――」

 ジェイムズはエッグをライトに透かして見て、丁寧に絹の袋に収めた。

「このコはアホみたいに店の酒を呑んで買い込んでいくから、この店じゃ立派なVIP扱いなの。そんな大事なお客にアコギな取引なんかもちかけないわ。何ならギルドの手数料よりも安くで引き取ってるくらいだから、安心して」


 それで“姫”ということのようだ。

 明け透けに語るジェイムズの言葉に少しほっとする。


「そうか……師匠がアホみたいだから助かってるんだな」

「……ただの悪口みたいになっているぞ、ハクト」

 眉根を寄せてグラスを傾けるリッカ。


「……それじゃあリッカ、報酬はこれくらいでどう?」

 と、ジェイムズが見積をリッカに見せた。

 確かに、ギルドの受付とほぼ変わらない率での引き取り額が提示されている。


 彼女は軽く顎を引いた。

「いつもと同じだな。それで構わない」

「そうねえ。でもこの先はちょっと値動きが不安定になるかもよ」


「……というと?」

 ハクトが問うと、ジェイムズは問い返した。

「あら、知らないの? エッグの供給量がぐっと増えたりするかもって噂。あるハンターのお手柄らしいわ。名前は確か――」

 ジェイムズは少し考えて、指を弾いた。

「そう、クロード・マコーリー」


「……!」

 自分を裏切った相棒の名に、ハクトは黙って目を見開いた。



つづく

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