第15話 虚報

「街歩いてても、みんなその話題でもちきりっす。何でも、ワーレンの中層でひと抱えはありそうな巨大なエッグを見つけ出したらしくて――」

 サブリナが木皿に乗せたチーズの盛り合わせをカウンターに置いた。

 ジェイムズがうなずく。

「つまりその付近に、大量のエッグを蓄えた巨大鉱脈が眠ってるんじゃないかって噂よ」


「……巨大鉱脈……」

 リッカが小さくつぶやいた。

 彼女の目元が一瞬鋭くなった気がしたが、手元のグラスを空けた直後には普段の様子に戻っていた。


 リッカはジェイムズに同じ飲み物を頼んで、言葉を続けた。

「その巨大なエッグをみつけたのがクロード・マコーリーというハンター、なのか」


 クロード本人が彼に宣言してみせたように、ハクトの手柄を自分のものとしてギルドに報告しているようだ。


「つい昨日のことっすよ。いきさつはなかなか壮絶だったみたいっすよ。バニーの群れに襲われて逃げてるどさくさに紛れて、組んでた相棒が突然クロード君に襲いかかって来たらしくて。卑劣にもそいつは見つけたエッグをひとり占めして、手柄を横取りしようとしたんすね。で、クロード君は何とかその相棒を返り討ち。バニーの追撃からも逃れて、何とかエッグをギルドまで持ち帰ったんす」


 その筋書も、クロードが自分で語っていた通りだ。

 思ったより簡単に世間に受け入れられているらしい。


 当事者はハクトとクロードだけしかおらず、ハクトは行方不明扱いなのだから無理もない。

 事実リッカに救われていなければ、クロードの目論見通りハクトはワーレンの底で朽ち果てて、今の状況すら知る由もなかった訳だ。


「その返り討ちにあった相棒、名前は伝わっているのか?」

 ハクトが訊いてみると、サブリナは首を振った。


「いやあ、聞いてないっすね。そんな悪いヤツ、誰も興味もってないんすよ、きっと。相棒を裏切るなんて、ハンターの風上にも置けないヤツっす。返り討ちにあってざまあないっていうか――ぎゃふっ?」

 サブリナの頭を、リッカが手刀で軽く叩いていた。

「な……何すか、姫」

 サブリナはきょとんとしてぶたれた部分を手で撫でている。


「いや、すまない。何かつい」

「何かつい、で人の脳天をチョップする人なんているッ? どういう酒癖してんすかッ!」

「まあ気にするな、チーズでも喰え」

「いやごまかし方が雑っすよ……むぐむぐ!」

 リッカにチーズの欠片を口に入れられたサブリナは憤然とそれを食べている。


 やがてカウンターにいい香りが漂って来た。

 何かを調理中だったらしく、そのままサブリナはキッチンへと駆け込んでいく。


 リッカなりに気を使ってくれたのだろうか。

 少し嬉しくなって、ハクトは彼女にだけ分かる程度の微笑を向けると、彼女もわずかに肩をすくめてみせた。


 ジェイムズはリッカの前にグラスを差し出しながら言った。

「ギルドが調査のために大探索の実施を決定したって話だから、噂の信憑性はかなり高いんじゃないかしら。お陰で、街全体が何だか浮足立ってる感じよ」

 街に来た時どこか騒がしく感じたのはそのせいらしい。


「大探索……」

「そう、ギルドマスターの号令でね。もちろん本人も参加するのよ、なかなか無いわよね」


「……あの人が出るのか? それは確かにおおごとだ」

 思わずつぶやいたハクトの口ぶりに、リッカが視線を向ける。

「ハクトはギルドマスターを知っているのか?」


「ああ。ギルドマスター・アリクサンダル。駆け出しのころ、俺はあの人の下についていたんだ」


「へえ、ハクト君はギルドマスターに師事してたんすねえ。うらやましい」

 キッチンから戻ったサブリナが会話に参加してきた。

 じゅうじゅうと脂の音を立てている鉄プレートを手にしている。

「は~い、おまちどうっす~! 〈カルバノグ〉特製ビーフステーキっす!」


 プレートの上では、分厚く切った一枚肉がスパイスと香草でグリルされていた。

 肉の断面はまだみずみずしい赤みを残していて、黒い鉄板によく映えて食欲をそそる。

「うわ、凄い。ごちそうだ」

「言ったでしょ、リッカは店のVIPなの。お代わりは?」

 ジェイムズに促され、ハクトは同じ飲み物を頼んだ。

 サブリナは鼻歌交じりに岩塩を削ってステーキにかけていく。


 ゆえあってギルドを離れた元ハンター。

 この酒場にはそうした身分の者がよく出入りしているのだろう。そこは心得ているのか、ジェイムズもサブリナも必要以上にハクトを詮索するようなことはしなかった。


「うらやましいと言ったが、サブリナはハンターではないだろう?」

 早速ステーキにフォークを突き刺して頬張るリッカ。

「ハンターに関係なく、ギルドマスターは街の人からの人気が高いんすよ。この街の暮らしはギルドあってのもの。そのギルドの長となれば英雄っすから」


「その英雄が――以前お前の言っていたギルドの師匠、ということか」

「元、師匠だな。今はリッカが師匠だから」

 リッカはグラスを傾ける。

「ふむ……お前の身のこなしをみれば、しっかりと手ほどきされたものと分かる。そういえば、刀の扱いがかなり堂に入っていたな。ハンターはもっぱら銃火器を扱うと思っていたが」

「それもギルドマスターの方針だ。白兵戦をみっちり仕込まれたよ。ワーレンで、最後の最後に頼りになるのは自らの肉体だって言ってな」

 なかでもハクトは刃渡り七〇センチ程度の刀の扱いが得意だった。


 テリトリーから生み出されたタスクが同じ形状をしていたのは、その経験に彼岸が共鳴したからなのだろう。


「なるほど。図らずも元師匠の方針はわたし達の戦い方にマッチしていたようだな」

「そうみたいだ」


「あんた達も大探索に参加してみたら? ギルドの主催だけど、ついて行くのは自由だろうし」

 ジェイムスが言う。

「そうだな……確かに放ってはおけない。ハクトはどうする?」

 わざわざ訊かれたことを奇妙に思いながらハクトは答えた。

「もちろん師匠が行くなら俺も行くよ?」


 リッカがふと彼に肩を寄せた。

 声を落としてハクトに囁く。

「……クロードやらもその場にいるはずだ。平気か?」

「ああ……」


 大探索という一大イベントの立役者ということになっているのだ、確実にクロードはいるだろう。

 場合によっては、その場にいるのが自分だったかも知れないと考えると奇妙な感じはする。

「どうだろう、実際に顔を見てみないと自分でもどう思うか分からないよ。でも――」


 クロードは自分を殺そうとした相手だ。

 ワーバニーとなったことで一気に広がった世界が、その事実をはるか遠い過去にしてしまっているような気がする。

 全てはリッカにもらった新しい命をきっかけに始まったのだ。


 ハクトはステーキにフォークを突き刺した。

「今目の前にある肉の塊より関心が薄いから……案外、平気なんだと思う」

「ふむ?」

 少し意外そうな表情を見せるリッカの前で、ハクトは大きく口を開けてステーキにかぶりついた。


 強めの風味付けとともに、脂の甘さをまとって肉の旨みが口いっぱいに広がった。

「うま……ッ!」

 思わず顔をほころばせるハクトに釣られるように微笑みを浮かべると、リッカはグラスを口に当てた。



つづく

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