第16話 自室
酒場〈カルバノグ〉で食事を済ませたハクトとリッカは、一度別行動を取ることになった。
リッカはサブリナの手を借りて、買い込んだ酒を単車に積み込みに向かうそうだ。
エッグの報酬を全て酒に変えたのではないかと思われるような量に、ジェイムズもサブリナもほくほく顔だった。
その間ハクトは一度ギルドの自室に戻って、着るものを調達することにした。
破損しているうえにワーバニーの高体温に向かないハンターの防具の代わりだ。
ハンターは、希望すればギルドの部屋を自室として使うことができる。
ハクトの部屋はギルドの三階にあった。
窓が裏通りに面していたので、そちらから侵入すればギルドの入り口を通らずに済みそうだ。
裏通りの人通りが途切れたのを見計らうと、壁を駆け上って二階部分のベランダに跳びつく。
そのベランダの桟に登って、その上階にある自室ベランダのヘリに手をかけた。
全身を振り子のように振って背面に跳び、回転して上のベランダの柵に取り付く。
かつてなら
柵を乗り越えたハクトは、窓を開けて部屋に足を踏み入れる。
窓に鍵はかけていなかった。
ギルド三階のベランダまで登って来る――今の自分のような――不審者などいないと思っていたからだ。
「自分の部屋に忍び込むことになるなんてな……」
行方不明扱いであるハクトの部屋が荒らされていれば騒ぎになる。持ち出す私物は最小限にしておくべきだろう。
風通しの良い膝丈のパンツと、ノースリーブのシャツに着替える。
それだけだと心許ないので、訓練用のガントレットとグリーヴも装着することにした。
「……こんなもんか」
マントを羽織ってフードを被り直し、ふと部屋を見回した。
ハンターは危険な職業だ。
ワーレンから戻って来なかった場合、一週間で部屋の貸与が停止され、部屋の私物は全て処分されてしまう。
空室にした後は、また別のハンターに貸し与えられるのだろう。
意外と、処分されて困るような私物は残っていなかった。
ハンターとしての生活に自分がいかに思い入れをもっていなかったか、改めて客観的に示された思いだ。
何の前触れもなく、目の前にある入り口の扉が開いた。
「!」
柔らかな黒髪の下の整った顔立ち。柔和な目元は微笑んでいるように見える。
ハンターの装備に身を包んだクロードが戸口に立っていた。
「やっぱり君か……ハクト」
「ク……クロード……!」
クロードは扉を閉めると、部屋の中に進んで気軽な様子でベッドの上に腰掛けた。
「……ギルドの前で、君に似た顔立ちの人影を見かけた気がしてね。まさかとは思ったけれど……驚いたよ、生きていたんだ」
と、立ち尽くすハクトを見上げる。
「あの状態ならとっくに瘴気に侵されてバニーになっているはずじゃないか? なのに君は傷ひとつなくそこに立っている。不思議だね」
肩からライフルを提げ、胸元にナイフシース、腰にはグレネードポーチ――完全武装しているクロードに対し、ハクトは丸腰の上に薄着だ。
マークで武器を呼び出すしかないが、隙が大きいので無闇には動けない。
「ああ、この恰好かい? 僕はこれからギルドマスターとともに大探索に行くんだ。例のエッグを発見した場所に案内しなくちゃならないからね。採集というより調査だから長丁場になるだろうけど、悪くない話だよ。拘束時間に応じた報酬は約束されているし、ギルドの想定通りに巨大鉱脈でも確認されればそれも僕の功績になるだろうしね……君のおかげさ」
おもむろに胸のシースからナイフを抜いて刃先をハクトに向けた。
「……」
「そりゃあ悪いとは思っているよ……でも分からないかな? ほら、僕達ハンターは、もちろん報酬の為にエッグを採集している。じゃあ報酬だけの為に危険なワーレンへと潜り続けることができるかと言えば、それも違うと思うんだ」
クロードは真剣な目をハクトに向けている。
「……大事なのは、栄誉だ。エッグを持ち帰れば、街の生活が豊かになり人々から多くの賞賛を得られる――その実感があるから、僕達はハンターを続けることができるんだ、そうだろう? なら危険な探索を繰り返していくうちに、その先にある栄誉こそかけがえのないものと感じるようになることも、あるかも知れないじゃないか。僕みたいにさ」
ハクトはクロードを見返しながら思う。
きっと、彼が語っているのは本心だ。
ハクトに向かってグレネードを投げつけた後、彼は涙を流した。
ちょうど、今と目の前にいるのと同じような柔和な顔で。
自分が裏切って殺そうとしている相手に泣いてみせるという感情がハクトには理解できないが、クロードはそういう男だ。
こちらを見るクロードの笑顔が、ハクトの目にはどこか異様なものに映った。
「なあハクト、分からないかな? 誰だって少なからず、人を喜ばせたいと思う。人に認められたいと思う。人の役に立ちたいと思う。それはそう、小さな子どもが親の手伝いをしたがるような――無邪気な使命感だ。根本はみんな同じなんだよ」
ハクトはクロードの様子を注意深く視界に入れながら口を開いた。
「……分かった気がするよ」
相手の眉が軽く上がった。
「うん」
「俺とお前はギルドの同期だ。それが縁で相棒になったんだったな。それなりに付き合いは長かったはずだけど……俺はお前のことがこれまで全く理解できていなかったってことと、これからも全く理解できないってことが――分かった」
「……」
クロードは口元に笑みを浮かべた。
「でもそれがお前――クロードなんだな。根本はみんな同じ、ってお前は言ったけど――そう思っているお前の根本って奴は、俺にとってはかなり得体が知れないよ」
「そうかい」
クロードの笑みは広がり、白い歯を覗かせた。
「良かったよ、僕達の間に少なくとも誤解はないようだね。僕が一時の気の迷いで君を襲ったんじゃないかなんて思われてたら、困ってた所だ。じゃあハクト、次に僕がどういう行動を取るかも分かるよね」
言い終わる頃にはクロードはベッドを蹴り立っていた。身を投げ出すように低く踏み込み、ハクトの両脚を
床へ仰向けに引き倒されたハクトへ素早く馬乗りになり、手にしたナイフを振り下ろした。
「……!」
咄嗟にクロードの両手首を掴み、防御するハクト。
ナイフは、顔面の寸前で止まった。
「……僕にとって、君が生きていていいはずがないよね? ちゃんと殺さなきゃ」
窓から差し込む外光に照らされたクロードの顔は、柔らかな笑みを浮かべていた。
ぎりぎりと押し込まれていくナイフの鋭い刃先が、ハクトの赤い瞳に迫る。
つづく
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