第27話 人為
「というか、ハクトくんのことは死ぬまで許すつもりはありませんよ。わたしに許して欲しければ、ハクトくんはわたしに殺されるべきですね。わたしもすぐに後を追うので、心配はいりません。それで完全に仲直りです」
ミラは笑顔のまま
「もちろんわたしだってハクトくんの望んでいないことをするのは嫌です。ですからハクトくんの方から許しを求めた時に初めてわたしは手を下すことにします。いきなりあなたの命を絶っては許したことにはなりませんもの」
そして許しを求めたら殺す宣言をされてしまった。
「ああ、でもこういうのも悪くないですね。ほどよく緊張感もあって、何だか以前より今の方が関係が深くなった気がしませんか? えへへ……へへ」
顔に手をやって、照れ笑いしているミラ。その青い瞳だけが妖しい光を宿しているように見える。
「師匠……」
弱りきってリッカを見ると、彼女も困ったように眉尻を下げた。
「そんな顔でこっちを見るな。わたしにはどうしようもできないだろうに……ただまあ、わたしに言わせれば――」
リッカはワインをひと口あおると、ふと真顔に戻ってハクトに言った。
「ミラは、ワーバニーとなって人を捨てたお前を人の世界に繋ぎ止めてくれているのだ。ワーバニーとは人とバニー、両方の性質をもつ存在だ。人の世界との繋がりが途絶えた時、ワーバニーは人の性質をもつ理由を失う。それはワーバニーとしての存在意義を失うことでもある。人の世界との繋がりは、疎かにしてはいけない」
「……人の世界」
「ハクトは彼女の怒りを甘受するしかあるまい。ワーバニーはそう簡単には死なない身体ゆえ、そこは安心していい」
安心とは?
本気とも冗談ともつかないリッカの言葉に渋顔を作るハクト。
そんな彼をよそに、彼女はミラの肩を叩いた。
「戻って来い、ミラ。話の続きだ」
「へ?」
我に返ったミラに、ハクトとリッカはあらためてこれまでのことを語った。
ワーバニーという存在も、ワーバニーとしての力も彼女は目の当たりにしている。今さら彼女に隠し立てするようなこともなかった。
ひと通り話を聞いたミラは、グラスを置いて思案気に口元へ手をやった。
「……何もかも、にわかには信じられない話ですが……あなた達と出会った今は、信じない訳にもいきませんね。そして到底、無視できるような話でもありません」
彼女は視線だけをリッカに向ける。
「……リッカさんの話に
「その可能性は高いと思う」
「では二人が先ほど回収していたエッグをネザー・ワーレンに戻してしまえば、その乱れも収まるのでしょうか」
さすがにギルドマスターは理解が速い。ハクトも同様に考えていた所だった。
だがリッカは首を振る。
「もちろん、あのエッグはワーレンに還すつもりだ。だが、それで乱れが解消することはないだろうな。あの横穴で血脈の乱れがたまたま表出し、そこからマンティコアというバニーの特異個体が生み出されたに過ぎない。マンティコアを倒したことも、そこから生じたエッグをワーレンに還すことも、問題には直結していないと考えている」
血脈の乱れがたまたま表出――ハクトは自分が採集した巨大なエッグを思い起こした。
「……クロードが、あの巨大なエッグを食べ尽くしたのがまずかったのか?」
「影響がないとは言えないが……」
リッカの言葉を、ミラが継ぐ。
「……問題はもっと根深い、ということですね?」
「うむ」
リッカはグラスを空け、自分でスパークリングワインを注ぎ足した。
「わたし達ギルドは――人は、間違っていたのでしょうか?」
しばらくグラスの中の泡を見つめていたミラが、リッカにそう問いかける。
「……どうだろうな。人の営みがもたらした結果であることは確かだろう。では人は人の営みを捨てるべきだったのか? いや、そこに意味はない。つまるところどう生きようが人は人なのだ。ならば人は人として誇りをもって生き抜くしかあるまい。わたしは人から半分遠ざかった身だが――それでも人としての部分には今も誇りを抱いている。わたしの愛する酒を生み出したのは、他でもない人の文化ゆえ」
リッカはグラスのワインを揺らして続けた。
「……正誤の問題ではない、とわたしは思う。自らもたらした結果なら、自ら全力をもってどこまでも立ち向かうだけだ。答え合わせなど、この世が終わるまでできはしないのだからな」
「……」
ハクトは静かに固唾を飲んだ。
立ち向かう、と師匠は言った。やはり自分達には、立ち向かうべき相手がいるのだ。
沈黙が降りた部屋に、不意に玄関のチャイムの音が鳴った。
「……あら、早かったですね」
顔をあげたミラが出迎えに立つ。
「どうも、お待たせしたっす~! 〈サブリナズ・ケータリング・アンド・デリバリーサービス〉っす~!」
聞き覚えのある声が玄関から聞こえた。
ハクトとリッカがマントのフードを被り直していると、
「ん? あーッ、姫! ハクト君もいる! なあんだ、二人からの紹介っすかあ。びっくりした!」
ケータリングのワゴンを押しながら〈カルバノグ〉のサブリナが騒がしく入って来た。
「……何だとはなんだ。紹介したのだから感謝して欲しいものだな」
「そりゃあもちろん、大感謝っす。いやでも急に憧れのギルドマスターに呼び出されたらそりゃ驚くっすよ。何かバレたのかと思ってヒヤヒヤしたんすから」
ミラがいぶかしげな顔を向ける。
「……バレたらわたしに呼び出されるようなことをやっているんですか?」
「ぎゃっはは! まさか、言葉のあやっすよ、語るに落ちるってヤツっす!」
語るに落ちているなら言葉のあやではない。
「うわあ、ギルドの最上階なんて初めて来たっす。凄い、バルコニーまである! お食事はここがいいっすね!」
勝手に場所を指定すると、ワゴンから数種類のオードブルを取り出してバルコニーのテーブルに並べ始めるサブリナ。
その様子を特に止めるでもなく、ミラは言った。
「ケータリングと言っていましたが、調理もするのでしょうか?」
「ええまあ。今日は時間が無かったのでローストビーフのストックをもって来ただけっすけど。後で切り分けるっすよ」
「ここのキッチンと食材を使っていいので、追加で何か数品お願いできますか? もちろん料金は弾みます」
「えッ? そりゃもう喜んで! やった、姫!
その太客の顔面を指差しながらサブリナがはしゃぐ。
「ゲスが丸出しになっているぞ。それよりさっきのサブリナズ何とかという名乗りは何なのだ。お前は〈カルバノグ〉の店員だろう」
「ああ〈サブリナズ・ケータリング・アンド・デリバリーサービス〉は、うちが独立して開く予定のお店っす。まだまだ先の話っすけど、今のうちから認知度を高めて行こうかと。マスターには内緒っすよ?」
しれっと白状するサブリナ。
「悪い奴だな」
「おっとお姉さんを見くびっちゃダメっす、ハクト君。うちは受けた恩を大事にするの。ちゃんと〈カルバノグ〉を吸収してマスターを雇い入れることまで考えているっす! ぎゃはは!」
「ジェイムズも嫌な従業員を雇ったものだ……」
小躍りしながらキッチンへと歩み去っていくサブリナをため息交じりに見送ったリッカ。
「さて……ここからはハクトもよく聞いてくれ。手伝って欲しいと言った、わたしの仕事の話だ」
と、二人の顔を見渡した。
つづく
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