第8話 三手
ハクトとリッカは、大型バニーからゆっくりと後ずさりながら身を起こした。
バニーは明らかにこちらを認識しているが、動かない。群れを成していないバニーは、行動が慎重になるようだ。
「……一体だけなら……倒してしまった方がいいな」
リッカはバニーから目を離さずに言った。
「いい機会だ、ハクト。クリティカルヒットについて説明する」
「い、今ここでッ?」
「実際にやって見せながらの方が理解が進むだろう。いいか、クリティカルヒットを放つためには、三つの技を自在に使えるようになる必要がある」
リッカは指を三本、順番に立てた。
「“マーク”、“ステア”、“リープ”……この三つだ」
「三つ……たった三つ?」
「そうだ、その三つの技を組み合わせることがクリティカルヒットに繋がる。まず“マーク”――」
リッカは太腿を高く上げると、踵を地面に強く打ち付けた。
彼女を中心として赤い光が円形に地面へ広がって行く。
「このように、自分の周囲へテリトリーを展開する。この赤く輝く円が、テリトリーだ。先ほどもやって見せたな。最初に覚えておけ、テリトリーの中でこそワーバニーは最大の能力を発揮することができるのだ」
その赤い光に興奮したのか、目の前のバニーが咆えながら勢いよくこちらへ跳びかかって来た。
「……!」
咄嗟に防御しようとしたハクトの腕を、リッカが素早く掴む。
バニーの攻撃は二人に届かず、地面の岩を砕いた。
ハクトとリッカはバニーの背後に立っている。一瞬で二人は移動していた。
「……えッ?」
ハクト自身に移動した覚えはない。思わずリッカを見ると、彼女は言った。
「これが“リープ”――視線の先へ、跳ぶ。今のように一緒に跳ぶこともできる」
「跳ぶ……って」
それは単なる跳躍ではないのだろう。今の移動に、何の荷重も負荷も感じなかった。
バニーはおもむろにこちらを振り返り、敵意をはらんだ黒い眼窩を向けた。
低く唸り声をあげる。
「最後が“ステア”――相手のクリティカルポイントを見極める技だ。テリトリーの中に相手がいないと使えない」
リッカは自分の目を指差した。瞳が赤く輝いている。
「こればかりは、実際にやった本人にしかどういうものか理解できないな」
さらに跳びかかって来るバニーに対し、リッカは再びハクトごとリープして攻撃を避ける。
「テリトリーの中なら、こうして武器を手にすることもできる」
彼女はテリトリーの中へ両手を着いた。そこは硬い地面のはずだが、リッカの手は赤く光る地面の中にするりと沈み込んだ。
地面の中から引き上げた両手には、赤く光る小太刀が握られている。
「あとはクリティカルポイントを砕くだけなのだが……」
今度は警戒しているのか、バニーはこちらの様子をうかがっているようだ。
「小型のバニーであれば、クリティカルポイントはすぐ視える。だが大型となると、それがかなり視えづらいのだ。ステアに時間がかかるという意味で、大型の相手は簡単ではない、ということだな」
そう語るリッカの声音は落ち着いている。
大きく見開いた両目が、まばゆいばかりの赤い光を放つ。
「じっとしていてくれて助かる……視えたぞ」
リッカの唇に笑みが浮かんだかと思った次の瞬間、彼女の姿は消えていた。
ハクトは、目の前の巨大なバニーの身体が縦に両断されていることに気付く。
音を立てて地面に倒れるバニーの向こう側に、小太刀を構えたリッカが立っていた。
「……このように、基本的に攻撃はリープと同時に行う。この一連の流れが、クリティカルヒットだ。分かったか?」
「分かっ……たと言えば分かったけど……」
ハクトはなかば呆然としている。
クリティカルヒット――改めて、とてつもない技だ。分かったことといえばそれくらいだ。
リッカは軽々とやってのけているが、三つの技に分解して説明されたところでまるで自分が再現できる気がしなかった。
二つに分かれたバニーの身体は、そのまま崩れるように姿を消した。
「なに、お前もじき使えるようになる。わたしという師がいるのだからな」
そう言ってリッカは手にした小太刀を足元に投げ込んだ。
小太刀は地面の中に吸い込まれるようにして消え、テリトリーの赤い光もゆっくりと消えた。
「それに感覚を掴みさえすれば、クリティカルヒット自体は割とすぐできるようになるものだ。あまり心配する必要はないぞ」
「そういうものなのか……?」
「むしろそこからが本番だ。実戦で使えるレベルでなければ、わたしの仕事を手伝うことなど及びもつかないゆえ。覚悟しておくことだ」
「わ、分かった」
半信半疑だが、とにかく師匠のリッカを信じてついて行くしかないのだろう。
ハクトは詰めていた息を大きく吐き出した。
「それにしても驚いた……もしあんな大型が普段探索しているような上層まで上がってきたら事故が起こるな。ハンターの通常装備じゃ太刀打ちできない」
小型のバニーですら、ハンター達はライフル弾とグレネードを駆使してようやく退けているのだ。
「今のところ、そうした懸念は無用だ。通常であればああした大型は、エッグが豊富なネザー・ワーレンに引き寄せられてそこを離れることがないからな」
リッカはそう言いながらバニーの倒れた場所辺りから、少し大ぶりなエッグを拾い上げた。
「通常であれば?」
含みのある言い方だ。
「うむ、ここでさきほどの話に戻る。バニーはエッグに引き寄せられる。ゆえにエッグが失われれば確かにその周辺に姿を見せなくなるだろう。だが、それは沈静化しているのではなく、分散化しているに過ぎない」
「分散?」
「別のエッグを求めて、どこか違う場所に散っているだけだ」
リッカは拾ったエッグをひと口かじる。
「エッグのバニーを引き寄せる性質が、同時にバニーをワーレン内に繋ぎ止める抑えのような役割をしているのだな」
「エッグが大量になくなると、その抑えも失われる……?」
「そうだ。バニーの行動への予測がつきにくくなる。行動の自由度が増すと言ってもいい。極端な話、ワーレンの外にも姿を見せるようになるだろう」
リッカの言葉にハクトははっとなった。
「ひょっとして……はぐれバニーか?」
ワーレンの外でバニーが見つかるという事案が増えており、少し前から問題になっている。もしハンターではない街の住民が遭遇すればおおごとだ。
ギルドでも“はぐれバニー”と称して注意喚起している。
「だったらこのワーレンの抑えって奴は――もうすでに失われ始めてるってことじゃないか」
「小型のバニーなら外に出て来る程度には、弱まっていると言える」
リッカはエッグをもぐもぐと頬張っている。
「ま、待ってくれ。なら、このままエッグが失われ続けたら……?」
「今ハクトが口にした懸念の通り――大型であってもワーレンの上層に姿を見せるようになるだろうな」
「つまり下手したら大型のはぐれバニーまで出現し始める……もしそうなったら街は大混乱だ」
リッカは、困ったような笑みを浮かべた。
「いや、ハクト。大型のバニーが外に出て来るくらいエッグが失われている頃には、もう街は小型のバニーで溢れ返っていることだろう。街ごとワーレンになっているようなものだ。大混乱どころか、大惨事だな。さすがに街は放棄するしかないと思うぞ」
「……!」
エッグハントで――街が滅ぶ。
ハクトは乾いた口で唾を飲み込んだ。
つづく
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