第22話 追跡

 首を半分以上切断されてもなお、マンティコアの動きは止まらなかった。

 血を噴き出しながら、その長大な腕をミラに向かって振り下ろす。


 怪物の鋭い爪が、何もない地面をえぐった。


 バックギアに入れたミラの単車は一気にマンティコアから距離を取っている。

「……渾身の一撃でも無理でしたか」


 マントを脱ぎ捨てたハクトが、彼女と入れ違いに怪物に向かって踏み込んだ。


 横に薙ぎ払われるマンティコアの腕を身を屈めて避けた彼は、同時に地面を殴りつけてテリトリーを展開する。

「マーク――」

 そのまま刀のタスクを掴み上げた。


 テリトリーの半径は十数メートル。近付かなければクリティカルヒットの射程に入らない。

「ステア――」

 ハクトの両目が赤く光る。


 視界に、彼岸ノ血脈が縦横に広がった。この血脈のどれかが、マンティコアのクリティカルポイントに繋がっているはずだ。


 脈動する血脈が繋がる先――いくつも枝分かれして咄嗟に見分けがつかない。

 どこだ。


 マンティコアの首は粘るような血液が絡みつき、早くも再生しつつある。振り払った腕を、今度はハクトに向かって振り下ろしてきた。


 視えた。

 マンティコアの右脇下。ひと際強い脈動を見せている。あれがクリティカルポイントだ。


 刀の柄を握る両手に力を込めた。

 一〇メートル近くは高い場所だが、マンティコアが腕を振り下ろす動作に合わせれば届く。


 眼前に迫る巨大な爪。

「リープッ!」


 ハクトの跳躍とともに、逆袈裟ぎゃくけさの一閃が真っ直ぐマンティコアの脇下を裂いた。

「……やったッ!」


 巨大なバニーは大きく仰け反った。

 だが――倒れない。


 激しい叫び声とともにハクトに向かって跳びかかる。


 そこへ岩壁を駆け上って単車が突っ込んできた。

「掴まれ、ハクト!」

 運転しているのはリッカだ。空中で単車のフレームを掴むハクト。

 単車の後ろをかすめてマンティコアの突進が岩壁に激突し、周囲に瓦礫を降らせた。


 単車は着地に失敗して地面を横滑りする。

 すでに跳び下りていたハクトとリッカはこちらへと向き直ろうとしている怪物を見上げた。


「どうしてだッ? 今のは確かに手応えがあった!」

「……クリティカルヒットは成功していた。だがハクト、よく視ろ」

 言われてハクトはもう一度、自分の目に意識を集中させた。


 ステアによって視界に広がる彼岸ノ血脈と、血脈に繋がるマンティコア。


 そしてマンティコアの体内に、斬ったはずのクリティカルポイントが視えた。

 しかも場所は左足の付け根付近へと移動している。


「あのような大型バニーのクリティカルポイントは、

「な――」

「分かるか? 今もいくつか確認できる。左足の付け根、背中側の右肩、頭部――」

 リッカの言葉通りだ。血脈に繋がって脈動するクリティカルポイントが何か所もある。

 しかも脈動とともに数も場所もランダムにうつろっていくのだ。


「クリティカルポイントを一点だけ砕いても、残りの点がバニーをこの世に繋ぎ止め、砕いた点すらも傷もろとも回復させてしまう」

「……!」

「それだけこの世との結びつき――あるいは未練、妄執が強いと言ってもいいのかもしれない」


 そこへ、ミラが単車で滑り込んで来た。

「二人ともこちらへ。この空間はもう長くもちません、別の横穴へおびきだしましょう」

 そう彼らに告げて先へ走っていく。

「乗って、師匠」

 ハクトはひとまず刀を手放すと、倒れた単車を引き起こした。後部座席にリッカが跨ったのを確認してアクセルを握る。


 洞穴内に響く駆動音。

 バックミラーには、岩壁を崩しながらこちらへ突進してくるマンティコアの姿が写っている。

 

「……あの怪物には、クリティカルヒットが通じないってこと?」

 単車を走らせながらハクトが尋ねると、リッカはポーチを探りつつ答えた。

「そうではない。複数のクリティカルポイントを同時に砕くのだ……喰え、倒れるぞ」

 ポーチから取り出したエッグを背後からハクトの口元に近付けた。

 ハンドルを握ったままそれをかじるハクト。

「同時にって、そんなことできるのか?」

「現にわたしはネザー・ワーレンのバニーをそのようにして斬った。あの時は二カ所だけだったがな。数が増えれば当然、難易度は跳ね上がる」

「師匠が大型のバニーを相手にするのが難しいって言ってたのはそういうことか」


「もうひとつある。クリティカルヒットは体力の消耗が激しいと言っただろう。一撃でバニーを倒すことができればその場に生じたエッグで回復することができる。だが先ほどのように倒せなかった場合、それができない。ワーバニーとはいえ、戦いの最中に動けなくなってはお終いだ」

 リッカの手で口の中に押し込まれたエッグを頬張るハクト。

「……ごめん、師匠。俺、先走ったな」

 そう言うとリッカはハクトの銀髪をもふもふとなでた。

「いや、悪いことではない。技は使って覚えるものゆえ。次で決めれば済むことだ。とはいえ、わたしももっぱらエッグは“現地調達”しているからな、手持ちのエッグは残りあと二つ――今度はよく見極めなくてはなるまい」

「……ああ」


 背後で激しい音がしたのでバックミラーに目を転じた。

 後ろから猛追してきていたマンティコアが、突如向きを変えて、別の横穴に突っ込んで行ったのだ。

「ミラッ!」

 それを見たハクトは前を行くギルドマスターに呼びかけた。

「マンティコアがどこかに行った!」


 後輪を滑らせながらミラが単車を停める。

「……え?」

 ハクトもその側で単車を停めた。

「撤退したのかな」

「このタイミングで? それは妙ですね」

 ミラが小首を傾げている。


 リッカはマンティコアの消えた横穴の方に長い耳を立てた。

「……マンティコアを追え、ハクト!」

「あ、ああ!」

 リッカに肩を叩かれたハクトはアクセルを握り込む。彼の単車を追ってミラも単車を発進させた。


 二台の単車は、マンティコアが広げた横穴を走り抜ける。前方からはマンティコアの移動する音。

「くそ、一体どこへ向かって――」

 疑問を口にしかけたハクトは思わず口を噤んだ。


 進んだ横穴の先が、入口直下にある巨大な縦穴に繋がっていたのだ。

 視界の向こうに、猛然と螺旋状の坂を登って行くマンティコアの巨体が見える。


「あの先は……ワーレンの入り口……」

 ミラの当惑した声に、ハクトは思い付いたままを口にした。

「まさか、地上の拠点にあった巨大エッグに引き寄せられている――とか?」

 リッカが呻くようにそれを肯定する。

「……違いない」


「そんな、小型のバニーならまだしもあんな巨大な個体が――」

 ミラは首を振って自分の言葉を打ち消すと、単車のアクセルを吹かせた。

「いえ今はそんなことを言っているではないですね。地上にはハンターやギルドのスタッフが大勢います。あんな怪物が外に出たら大惨事です!」


 ミラの単車はマンティコアに向かって一気に距離を詰める。

 ハクトもアクセルを全開にしてそれを追った。


 迫りくる単車に気付いたマンティコアは坂の途中で振り返って大きく咆哮を轟かせた。


 走りながら岩壁に石突を打ち付けてハルバードを起動させるミラ。

 ハクトの背後からリッカがマントを脱ぎ捨てながら跳躍する。足をかけた岩壁にテリトリーが広がり、そのまま彼女は地面と水平に駆け抜けた。


 赤と橙の光線が、マンティコアの巨体へと肉薄していく。



つづく

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