第12話 領域

 スピードを乗せたまま単車にブレーキをかけ、車輪をスライドさせて停める。


 地面に巻き上がる砂埃を越えるように、後ろのリッカが跳躍した。彼女が脱ぎ捨てたマントが単車の上に残る。


 着地と同時に、リッカの足元に赤く光る円が広がる。

「いいか、ハクト。簡単に言えばテリトリーとは、彼岸だ」

「え……?」

「その場に彼岸を召喚する技、それがマークなのだ」


 砂埃が風で流されると、すぐ近くまでバニーが接近しているのが見えた。数は五体、群れにしては少数だ。


 ハクトは単車から降りて身構えた。

「彼岸……? 彼岸っていうのは、つまり……あの世ってことか?」


「この世ではない場所という意味ではそうだ。過去あるいは未来。記憶、命、魂の最果て。それを死後の世界と呼ぶことも、永遠の世界と呼ぶこともできるだろう。そして何より――」


 リッカへ跳びかかって来たバニーを、彼女は回し蹴りで蹴り飛ばした。

「これらバニーが生まれ、還る世界であり、ワーバニーであるわたし達の力の源泉でもある」

 バニーは回し蹴り程度では倒れない。すぐに起き上がった。


「まずは感覚を覚えることだ。ハクト、マークだ。やってみるがいい」

「やってみるがいいって……」

「閉ざされた場所との境界を開く。それは言わばドアをノックするようなイメージだ」

 さらに跳びかかってきた別のバニーを、横蹴りで弾き飛ばした。

 リッカなら造作もなく倒せる相手なのだろうが、ハクトへの指南のため牽制にとどめているようだ。


「ノ、ノック? ぜ、全然分からないけど――」

 ともかくハクトは、リッカの真似をして片脚をあげ、大きく地面を踏み込んだ。


 どくん。


「……!」

 身体の中で何かが鳴り、足元がざわりと波打ったように感じた。


 だが――それだけだ。

 リッカのように、赤く光る円が広がることはなかった。

「ダメか……」

「いや、悪くない。その調子だ」

 バニーを蹴りで制しながらリッカが声をかける。


 ハクトはもう一度地面を踏みつけた。


 どくん。


 足元が微かに赤く光ったように感じたが、すぐに消えてしまう。

「これが……マーク……?」


「すまない、ハクト! そっちに行った、避けろ!」

 リッカの呼び声に、視界を巡らせた。

 彼女の牽制をすり抜けて、バニーの一体がこちらへと跳びかかってくる所だった。


 振り下ろされる鋭い爪を、身を投げ出すように転がって避けるハクト。

 相手のバニーは体勢を崩すことなく横っ飛びに跳ね、彼を追撃する。


 立ち上がる暇もない。

 ハクトは大きく右の拳を振り上げ、地面を殴りつけた。

「マークッ!」


 拳の先が赤く輝く。

 身体の内から鳴り響く音が広がるように、赤い光が一気に円状に広がった。

 テリトリーだ。


 彼の拳がずぶりと、地面に吸い込まれる。

 そうだ。リッカはテリトリーの中から武器を――。


 地面に沈み込んだハクトの右手が、何かを掴んだ。

 掴んだものを一気に引き抜く。


 それは鋭い刃となって、目の前に迫ったバニーを斬り裂いた。


「何だ……これッ?」

 バニーの血が剣閃に沿って弧を描く。

 ハクトの右手は、ひと振りの刀を手にしていた。武器全体が赤く光っている。


「いいぞ、テリトリーを展開できたな」

 リッカが言った。

「そしてお前が手にしたそれが“タスク”。わたし達の武器だ」


 訳も分からないまま手にした刀を構え、踏み込んで今しがた斬ったバニーを横薙ぎにする。


 刃は相手の身体を捉えた。だがバニーは血を噴き出しつつも後ろに跳んで避けている。

「く……ッ! やっぱり倒せない!」

「そうだ、ただ斬るだけでは――」

 一瞬の間に、リッカがそのバニーとの距離を詰めていた。


 彼女の両手にはすでに赤い小太刀が握られている。

 その刃はバニーを真っ二つに斬り裂いた。

「クリティカルヒットにはならない。だが、タスクによる攻撃でなければまた、クリティカルヒットにはならない」

 リッカは小太刀を手元でくるりと回した。

「テリトリーの展開と同時にタスクの取得もできたようで何よりだ。説明の手間が省けた」

「タスク……」

 見た目も手にした感じも本物の刀そのものだが、明らかに金属製ではないし、質感はエッグの表面に近い。


 リッカが斬り捨てたバニーはそのまま崩れていった。残りは四体。

「必要なのはステアだ。バニーのクリティカルポイントを見極め、そこを断つ」


 リッカの両目が赤い光を放つ。

「目に、意識を集中させろ」


 言われるままに目を凝らしているうちに、視界に変化が生じた。

 辺りに無数の赤い筋のような光が浮かび上がる。それぞれが枝分かれし、複雑に絡み合い、定期的に明滅している。

 人の血管が空間に張り巡らされているかのようだ。


「こ、これは……」

「視えたか? それが“彼岸ノ血脈”。テリトリーの中にいるわたし達の目にしか映らない。血脈が、それぞれのバニーに繋がっているだろう」


 確かに、赤い筋が一本ずつバニーへ伸びて、その体内でひときわ強い光が明滅していた。

「光が脈打っているように見えるはずだ。その光の最も強くなった瞬間が、クリティカルポイントだ。それは肉体の急所のことではない、言わば。崩せばこの世における存在のよすがを失うかなめの瞬間だ。そこを見極め、タスクで叩く。そしてその瞬間を捉えるための技が――」

「リープ、か?」

 リッカが両手の小太刀を構えた。

「……その通り!」


 彼女が右手の小太刀を振り抜いた場所は、今いた場所から数メートル先だ。一瞬で移動し、正確にバニーを斬っている。

 左手の小太刀を返し、真後ろへ突き通す。まるで彼女の攻撃に吸い寄せられているかのように、もう一体のバニーがその刺突を受けて消え去った。残り二体。


 クリティカルポイントを見極め、斬る。


 ハクトは教わった通りに刀を振り下ろす。バニーを傷つけはするものの、タイミングが合わない。

 すぐに傷を再生させたバニーの攻撃を避け、ハクトは距離を取った。

「……くそッ!」

「リープだ、ハクト。敵との距離も武器の軌道も、跳び越えるのだ。そこはゼロ時間だ」


 ハクトが倒し損ねたバニーを、思い切り蹴り上げるリッカ。空中に浮いた怪物は、小太刀の一閃が斬り落とす。

「そんな人離れした技……そんな今すぐには……!」

「いや、マークとステアを体得した“今すぐ”こそがチャンスだ。物事は流れ、流れに乗ればできるはずだ、ハクト。いいか、お前はもう人ではない!」

「……ッ!」


 ステア。

 目を凝らすハクトの瞳が赤く光る。


 周囲に張り巡らされている血脈のひと筋が、残り一体のバニーに繋がって脈動している。

 そのバニーは、こちらを向いているリッカの背後に迫っていた。


 彼女は背後のバニーに気付いているようだが、自らは動こうとしない。

 ハクトに託しているのだ。

「人を超えろ、ハクトッ!」


 師匠。

 あの場所へ――跳ぶ!


 刀を、大きく振りかぶった。左手は柄を握り、右手は峰に添える。


 息を吸ったハクトの輝く瞳が、赤い光の帯を描く。

 振り下ろした刃が、血潮を辺りにまき散らした。


 リッカの横をかすめ、ハクトの刀がバニーを縦に両断していた。


「……それでいい」

 リッカは血潮の降るなか、口元に凄絶な笑みを浮かべる。


 彼女は背を向けたまま、そうハクトに告げた。



つづく

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