第11話 単車
シャワーを浴び終えたハクトは、自分の息が上がっていることに気付く。
異様に身体が熱い。
「そういえば……ワーバニーは体温が高いって言ってたっけ……」
とはいえ、ハクトが着るものといえばハンターの装備だけだ。上半身をはだけるにしても、気密性の高いツナギ状の防具を身に着けるのはかなり辛かった。
黒髪をポニーテールにまとめているところだったリッカが、荒い息で部屋に戻って来たハクトに気付いて苦笑した。
「冷蔵庫に水が入っているぞ」
「み、水……」
ハクトは冷蔵庫を開け、大量の酒瓶の隙間にあるピッチャーを取り出すと直接口をつけて冷えた水をがぶがぶと飲んだ。
そのままリッカと同じようにテラスに出て、そよ風を浴びている間にようやく楽になって来た。
「はあ……師匠の格好が理にかなっていることを実感するよ」
大きく深呼吸して手摺にうなだれたハクト。
耳だけを吹いて来る風に向けた。
耳が涼しい。
「……まあ、そのままの装備では見るからに暑そうだ。着るものは変えた方がいいだろう」
リッカは手脚の鎧を装着している。
「対瘴気防御力にこだわらなくていいんだもんな。師匠と同じ服装はさすがに恥ずかしいけど、ギルドの自室にもう少し涼しい服くらいはあったと思う」
「まるでわたしの服装が恥ずかしいみたいに聞こえるが……好きにするがいい。シャワーを浴びてその有様なら、クリティカルヒットのような激しい動きをすれば、暑さで昏倒しかねない」
リッカは、フード付きの黒いマントをハクトに手渡した。
「これを羽織れ、ハクト。街に出る時は、こうしてフードで耳を隠す」
と、彼女は自分も黒マントを羽織ってフードを被った。
「……いきなり暑そうだな」
「文句を言うな、ウサギの耳を丸出しにしてはおけないだろう」
「それはまあ……というか、むしろそんな簡単な隠し方で大丈夫なのか?」
「あまり大袈裟に隠すと、かえって目立つゆえ。目立ちさえしなければ街に溶け込むのはさして困難ではない」
「そういうものか……」
ようやく身体の熱も引いてきたところだ。ハクトは受け取ったマントを肩にかけた。
リッカのセーフハウスは森の木々に取り囲まれていたが、出口からは小道が真っ直ぐ伸びていた。
かたわらの小屋から、リッカが単車を一台引き出して来る。
「師匠も単車を使うんだ」
ハクトは意外そうな声をあげた。
ネザー・ワーレンからセーフハウスまで一瞬で移動してみせたリッカだ。
「街中へリープする訳にはいかないだろう。もっとも、単車でなら森を出て荒野を抜ければ街はすぐだ。この一帯は、伐採や狩猟の場として利用されているからな。街との行き来はしやすいのだ」
あまり深い森には見えなかったが、思った以上に街から近い場所にあるようだ。
「便利なのはいいけど、セーフハウスを作る場所にしては無防備すぎないか」
「人が立ち入らないような場所に住居を構える方が目立つだろう」
と、リッカが単車のハンドルを握った。
「ま、待ってくれ、師匠。俺が運転するよ」
「ん? どうしたハクト。急に弟子みたいなことを言い出して」
「みたいじゃなくて、弟子だよ。あんた酒呑んでるだろ、運転は危ないよ」
「そうか……そこは盲点だったな」
「盲点……まあいいや、とにかく後ろに乗って」
ハンドルを握って単車を起動させると、ホイールが明るくオレンジ色の光を帯びた。
その見た目から、正式にはブレイズサイクルと呼ばれている二輪車両だ。
エッグを動力源としているので駆動部分はかなり軽い。その分、車両のフレームやボディは堅牢かつ強靭にできていた。
ワーレン内部でのハードな使用にも充分耐えられるので、ハンターにとっての必須装備となっている。
ハクトと一緒にワーレンの底へと落ちた単車はさすがに壊れているだろうが。
「随分と使い込んでいるな……ボディが傷だらけだ」
「うむ、手に入れてから三ヶ月は経つしな」
そう言いながらリッカはハクトの後ろの座席に跨った。
「……え?」
ぎょっとしてリッカを振り返る。
「たった三ヶ月でこんなぼろぼろに……? 念のため聞いておくけど、師匠。人がいるような場所で運転してないよな?」
「何を言ってるんだ、ハクト……人がいたら轢いてしまうではないか」
「あー……」
ハンドルを握らせなくて良かった。
「よし、それじゃあ行こう。師匠、しっかり掴まって」
「頼む」
リッカの腕が腰に回され、マント越しに身体が密着する。
身体の触れあっている部分に熱い体温を感じるが、不思議と不快ではなかった。その熱さが、今生きている証のような気がした。
小道の落ち葉をはね上げながら、単車が勢いよく発進する。
車体は傷だらけだったが、走行にはまったく影響なさそうだ。
一〇分も単車を走らせると森を抜け、広々とした荒野に出る。行く手には緩やかな丘が見え、その先に街の建物が望めた。
そこがワーレン近郊の街、オリエンテムレプスだ。
ハクトがかつて拠点とし、所属していたハンターズギルドのある場所だった。
「エッグを換金すると言っていたけど、師匠。俺はギルドに入れないよ」
ハクトは単車を走らせながら後ろのリッカに呼びかけた。
「俺は相棒を裏切ったあげく返り討ちにあって事故死したハンター――ってことになってると思う。クロードがギルドにそう報告すると言っていた」
「問題ない。わたしとてギルドには近付かない。他にあてがあるゆえ、気にするな」
と、リッカ。
「あて?」
「行けば分かる……そのクロードというのがお前をワーレンの底へ突き落としたという、かつての相棒なのか」
「そうだよ」
「その気になれば濡れ衣は晴らせるのではないのか? ハクト本人が生還して真実を語るのだ」
「クロードが事実と認めるはずはないから、確実に争いになる。無実を証明するにしてもかなりの時間はかかるだろうし、その間、常に身の安全が脅かされることになりそうだ」
ハクトを躊躇なく銃撃し、グレネードでとどめを刺そうとした相手だ。いざ争いになればクロードは手段を選ばないだろう。
「それに俺……今となってはギルドに戻る気もないから、危険と労力に見合わないよ」
「ふむ?」
「今の俺はリッカの弟子だ。俺がいるべき場所は、あんたのそばだよ。そうだろ、師匠?」
「ふむ……随分とかわいいことを言ってくれる」
リッカは口元に笑みを浮かべ、頬をハクトの背中に寄せた。
そのまま単車を進ませていると、不意にリッカが言った。
「……早速だが、ハクト。お前にひとつ指南しよう」
「ん?」
「クリティカルヒットにおいて、テリトリーの展開こそが動きの要となる。すなわち、マーク――これがお前が第一に習得すべき技と言える」
「うん、分かるよ」
「ここならわたし達以外に誰もいないゆえ、具合が良い。実際にやってみるといいだろう」
「今、ここでか?」
「そうだ。後ろを見てみろ」
ハクトが単車のバックミラーを確認する。
数体の小さな影が、猛然と彼らの単車に追走しているのが見えた。
長い耳と赤い身体――バニーだ。
「……はぐれバニー……! こんな所にもいるのか!」
「あれが目標だ。さあハクト――」
リッカが軽く彼の肩を叩いた。
「バニーハントの時間だ」
つづく
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