第49話 邪視

「何だか……すごく綺麗っす」

 三人の姿に、思わず目を奪われたサブリナ。

 直後、その背後の柵が大きな音を立ててひしゃげた。

「……ッ?」

 背中に翼を生やした大型のバニーが柵の上に飛び降りてきたのだ。


 空気を断つような冷気とともに小太刀のタスクが一閃し、その有翼のバニーをリッカが両断していた。エッグを残して霧散するバニー。

「……上からも攻めてきたか!」

 見れば、リヴァイアサンの周囲に無数のバニーが群がっている。大型から小型まで、それぞれが背中に翼を生やして飛翔していた。

 その群れがこちらに向かって来る。


「まずいな、ギルド本部の屋上に防護設備なんてないぞ」

 ハクトもステアの視界を巡らせ、飛来してくるバニーの一体を斬り捨てた。

「うっざ」

 エヴァンジェリンは大型のバニーをひと太刀で斬り下げつつ、声をあげた。

「ねぇえ、ザコ以下の人間を守ってやる暇なんか無いんだけど! 邪魔だからワーバニー以外は建物の中に引っ込んでてくれないッ?」


 彼女の倒したバニーの影にもう一体、小型のバニーがいた。

「ち――ッ!」

 エヴァンジェリンの刃をすり抜け、そのバニーが殺到する先には杖を突くジェイムズが立っている。


 彼は慌てる様子もなく背中に挟んでいたショットガンを左手で掴み、バニーの顔面を散弾で撃ち抜いた。

「人のことをそう見くびるもんじゃないわよ、お嬢ちゃん――」

 右手の杖は仕込み杖だった。斬撃とともに鞘が砕け、動きを止めたバニーの身体を刃が斬り裂く。

 ジェイムズは、返り血を浴びた髭を指で拭った。

「足を悪くしたあたしでも、このくらい何てことないんだから。それに、逃げ場のない屋内に閉じこもる方がかえって不利を招くというものよ」


「そうですね。バニーを狩ることはできなくとも、戦って退ける程度ならハンターとして通常行動の範疇はんちゅうです」

 純白のコートを翻してミラが跳躍している。単車のような唸りをあげるハルバートで別の大型バニーの翼を薙ぎ払った。


 傷ついたバニーが後ろによろめく。そこへ驟雨しゅううのような銃弾が浴びせられ、その大型バニーは建物の下へと落下していった。

 いつの間にか完全武装した数名が現れ、バニーにライフルの銃口を向けている。

「ギルドハンター……!」

 非常階段からはハンター達が次々に駆け込んで屋上に展開し、周囲へ弾幕を張り始めた。


「ザコ以下がさぁ! エヴァは死にたがるヤツらのために身体を張る気はないんだけど! をわきまえなよッ!」

 そう叫ぶエヴァンジェリンの表情からは笑みが消えている。


 弾幕によって数多くの小型のバニーが空中で足止めされていくなか、中型のバニーが翼を広げて突っ込んでくる。

 そこへ投げつけられるグレネード。


「……これがわたし達のですよ」

 爆風になびく髪を軽く手で押さえ、ミラは凄絶に笑った。

「あなたの言う、ザコ以下――人の一分いちぶんというものです」


「……ッ!」

 エヴァンジェリンとミラの視線が、束の間交錯する。


「リヴァイアサンを、お願いしますッ!」

 裂帛の気合とともに、ハルバートがオレンジ色の光を放つ。

 エヴァンジェリンの背後に迫っていたバニーが彼女の斧刃に頭を砕かれていた。


「ったく、どいつもこいつもッ!」

 エヴァンジェリンは振り返らないまま上空へと飛翔する。


 ハクトも刀で首を刈った大型のバニーを踏み台に跳躍し、翼を広げた。

「行こう、師匠! みんなならきっと大丈夫だ!」

「うむ!」

 彼が伸ばした腕を取り、リッカも柵を蹴って大きく羽ばたく。


「がんばれえッ! みんながんばるっすよッ!」

 いつの間にか監視台に逃げ込んでいたサブリナが跳びはねるようにして必死に声を張り上げていた。


 空中で襲いかかって来るバニーの群れを避け、あるいは斬り払いながら、ハクト達三人は一気に赤黒く光る空へと上昇して行く。

「あんた達がこの選択をした理由さぁ――」

 先頭を飛ぶエヴァンジェリンの表情は見えない。

「何か分かった気がする」


 近付くほどにリヴァイアサンの巨体が視界を埋めていく。まるで別の広大な大地に向かっているかのようだ。

 だがアレが倒すべき相手なのだ。

 ハクトは手の中のタスクを握り締める。

 リヴァイアサンの体表を覆い尽くす、赤い鱗状の棘の形まではっきりと見えた。


「このままアレの体表に取り付く!」

 群がるバニーの合間をぬって高速で飛行しながらエヴァンジェリンが叫ぶ。

「意味分かる? アレの身体をエヴァ達のテリトリーにするってこと!」


 テリトリーは此岸へ彼岸を呼び出す技だ。

 そしてリヴァイアサンは彼岸そのもの。

 すでに此岸に顕現しているこの怪物は、そのまま自分達のテリトリーになりうるということだ。

 あるいはただのバニーにも同じ理屈は通るだろう。

 だが桁違いの大きさをもつリヴァイアサン相手だからこそ可能になる手だった。


 その時、リヴァイアサンの体表に変化が起きた。

 波打つように鱗状の棘が一斉に逆立っていく。

 すべての棘の下に、赤い光が輝いていた。


「……目……?」


 無数の赤い目が、同時に閃く。

 そこから放たれた光線によって辺りの空間が埋め尽くされた。


「……ッ!」

 空中で咄嗟に避けるハクト。


 凄まじい破壊力だ。

 赤い閃光に巻き込まれた何体ものバニーが、その場に霧散していく。

「図体はでかくても、死角は無いってことか……!」


「怯むな!」

 リッカが長い黒髪をなびかせながらハクトに並んだ。

「お前が言ったのだぞ、リヴァイアサンはとてつもなくでかいバニーだとな! わたし達がやることは何も変わらない!」

「分かってる……!」


 逆立った巨大な鱗に脚をかけるハクトとリッカ。

 そしてその前に降り立つエヴァンジェリン。


 同時に三人の目が赤く輝いた。声が重なる。

「クリティカルヒットだッ!」


 大地を砕くように、彼らの剣閃がリヴァイアサンの体表を深々と斬り裂いた。

 鱗の数枚が吹き飛ぶ。


 むき出しになったリヴァイアサンの目が、再び赤い光を放った。

 空間を圧する破壊の閃光がハクトの横を掠めていく。


 光線を避けたハクトへバニーが襲いかかって来る。斬り飛ばされたリヴァイアサンの鱗がバニーの姿へ変じたのだ。


 ハクトのステアがそのバニーのクリティカルポイントを捉え、一刀のもとに斬り伏せる。

 生じたエッグを掴み、思い切りかじり取った。

「負けるかよ……!」


 クリティカルポイント――。

 それはリヴァイアサンにも、あった。

 夜空に広がる星々のように、数えきれないほどの光点となって彼の視界を埋め尽くしている。


 リッカの放つ凛冽な冷気が複数の巨大な目ごと一帯の光点を砕く。

「並の相手ではない。すべてのクリティカルポイントを同時に断つなど不可能かも知れない。だが!」

「ああ、俺達の攻撃は通る!」

 ハクトはかじったエッグの残りをリッカに投げ渡した。彼女もそれを口にする。

「その通りだ、わたし達の唯一にして最大の武器は世界の崩壊にも通用する! ならば何度でも、途切れることなく、相手が倒れるまでクリティカルヒットを叩き込むだけだ!」


 リッカの手にあるエッグを、エヴァンジェリンが横から噛み取った。

「きゃっは! 頼むから先に力尽きちゃわないでよね、ザコ弟子どもがさぁッ!」

 彼女の放つ業火が、リヴァイアサンの光線の軌道を逸らす。


 ハクトは頭上をかすめる光線の圧力を感じながら大きく踏み込んだ。

 一陣の雷光と化した彼の攻撃は、リヴァイアサンの体表に地裂のような傷痕を刻む。


「行くぞ――」

 全身から電撃を放つハクトの口元に歯が覗いた。

「バニーハントの時間だ」



つづく

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