第18話 卵玉
爆音とともに、純白にコーティングされた単車がこちらへ向かって走って来る。
マスクを被っていて乗り手の顔は見えないが、その身にまとう白いロングコートが風になびいて、遠目にも鮮やかだ。
「あ、見えたっす」
サブリナは口元に手を添え、単車に向かって歓声をあげる。
いつの間にか周囲に増えていた見物人からも次々に歓声があがった。
「あれがギルドマスターか。凄い騒ぎだな」
リッカは辺りの群集を見回して言った。
「それだけみんなの関心が高いんすね」
サブリナは指を振りながら詠うように続ける。
「若きギルドマスター・アリクサンダル、純白のロングコートを翻し、純白の単車を駆る英雄。またの名を“
「……ほう」
「“
「え?」
ハクトの言葉に、リッカが胡散臭げにサブリナの方を見る。
彼女は素知らぬ顔をして言った。
「まあ、そういう説もあるっすね」
「おい」
歓声に包まれながら単車はスピードを落とし、通りの中程でゆるやかに停車した。
そこでギルドマスターはマスクを外し、軽く髪を振る。
ブルネットをボブカットにした、青い目の美しい女性だった。
辺りの歓声がひと際大きくなる。
白コートの下は、ハクトが着ていたものに似たハンター用の防具を装備していた。
肌に密着したツナギ状の防具からは、女性らしい柔らかな身体の線も見て取れる。
「……!」
それを見たリッカがワインで軽くむせた。
「お、女ではないかッ?」
「え? そうだけど。それがどうかしたのか」
「アリクサンダルという名だと聞いたぞ。アリクサンダルなら男だろう、普通!」
「いや、アリクサンダルは苗字だから……名前はミラ。ミラ・アリクサンダル」
「ミラ……」
「彼女が人気なのは、実力があるからなのはもちろんなんすけど、顔が綺麗だからっていう軽薄な面もあるんすよねえ」
手を挙げて歓声に応えるギルドマスターへ、軽薄に手を振るサブリナ。
横でリッカは憮然と白ワインをすすった。
「何やら騙されたような気分だな……」
「おやおやあ? ハクト君の元師匠が女だと分かって妬いてるんすか、姫?」
「何を言っている。なぜ師が弟子に妬かねばならないのだ」
サブリナは満面の笑みでリッカの肩を叩く。
「姫にもかわいい所はあるんすねえ。大丈夫っすよお、ハクト君にとってギルドマスターは昔の女! これを機に姫に乗り換えようって魂胆なんすから! 元気出して!」
「
「見当違いの思い込みで勝手にわたしを励ますな」
ハクトとリッカは同時に顔をしかめている。
「励ますだなんて、そんな……いざくっつきそうになったら全力で阻止するっす。うちだけ独り身は嫌っすからね」
「……ジェイムズがあんたをゲス呼ばわりする訳だな」
「こらこらハクト君。事実だからって、そういうことを女の子に面と向かって言うもんじゃないすよ」
「そしてゲスのくだりはまったく否定しないんだな、あんたは……」
ギルドマスターは再びマスクを被るとアクセルを握った。
うなりを上げて街の外へと走り出す彼女の単車を、十数台もの単車や貨物車両が後を追う。
大探索に向かうギルドマスターのパーティとも言うべき一団だろう。
一番最後尾にいた、単車が目に留まった。
マスクを着けているが、あの体型と装備はクロードに違いない。
砂煙をあげて遠ざかる隊列を眺めやって、リッカはグラスのワインを飲み干した。
「……サブリナ、手伝い感謝する。これは何かの足しにしてくれ」
リッカはポーチからエッグをひとつ取り出してザブリナに手渡した。
「ぎゃ、大粒っす! これだから姫、好き!」
サブリナはエッグを陽にかざして小躍りしている。
「……ハクト。お前なら彼女達が向かう場所を知っているな?」
「あ、ああ。巨大なエッグを見つけた場所なら……」
「よし、案内してくれ……できれば先回りしたい」
「分かった、急ごう」
大きく手を振るサブリナに別れを告げ、ハクトとリッカは単車に乗り込んだ。
目指すはワーレンだ。
途中で森の中のセーフハウスに戻り、荷物を積んだ台車だけ車庫に格納する。
再び単車を走らせながら背後にしがみついているリッカに声をかける。
「……セーフハウスからリープでワーレンに戻ればすぐじゃないか?」
「あれを使うのはワーレンから地上に戻る時だけだ。ワーレン内は彼岸ノ血に満ちているし、構造も複雑だ。狙った場所に移動できない危険があるからな」
ワーレンが近付くと、複数の単車が視界に入るようになった。
ギルドマスターの調査団とは別に、大探索に参加しようとしているハンター達だろう。
広大なワーレンと比べれば入口は狭い。
山の岩肌に穿たれている直径一〇メートルほどの穴がそれだ。
入口の周囲には大勢のハンターがたむろし、彼らの単車の駆動音が鳴り響いていた。
互いに競争関係にあるハンター達だが、今はその誰しもがギルドマスターの動向をうかがっているのだろう。
彼らの視線の先に、何台か貨物車両や単車が展開され、複数のテントが建てられていた。
こちらがギルドマスターの調査団らしい。
その拠点のなかで特に注目を集めているのが、鉄格子状の荷台を積んだ車両だった。
鉄格子の中に鎖で固定されたひと抱えはありそうな巨大なエッグが据えられ、赤い光を放っている。
「あれがハクトが見つけたというエッグか……確かに巨大だ」
「……ああ。でもどうしてここへもって来たんだろう」
「エッグの光を頼りに“巨大鉱脈”を探るためだろう。エッグの光は互いに引かれ合うゆえ。あれだけ巨大であれば光の反応も分かりやすい」
背後のリッカを見やると、真剣な顔つきで巨大なエッグの方を見つめていた。
「……なあ、師匠はエッグをネザー・ワーレンに還していた。あのエッグも、本当は同じように還しておかなきゃいけないものなんじゃないか?」
「……今は、確かなことを何も言えない。わたしもあのサイズを見るのは初めてだ。彼岸ノ血の循環が乱れても不思議はない……還すに越したことはないだろう。だがむしろ、すでに彼岸ノ血の循環が乱れているがゆえにあのエッグが生まれたという可能性も捨てきれな――」
その時、ずしん、と大きな地鳴りが辺りに響いた。
洞穴の天井から、ぱらぱらと小さな砂礫が降るのが見える。
突然の地震に辺りは少しざわめいたが、すぐに収まったので特に騒ぎは広がらなかった。
ハクトは単車を停めて地面に足を着く。
「……」
エッグの赤い光を見ていると、次第に不安になってくる。
ひょっとして自分は、取り返しのつかないことをしてしまったのではないだろうか。
「そう気に病むな、エッグは人々の生活に必要なもの。お前はハンターの仕事をしただけだ。いざとなったらわたし達で何とかすればいい。お前はわたしを手伝うために弟子入りしたのだろう?」
「……ああ」
リッカはスキットルの蓋をはね開けて中の酒をあおると、ハクトの背を軽く叩いた。
「行くぞ、今のうちにあのエッグが見つかった場所を調べておきたい」
二人を乗せた単車が、入口に向かって駆動音をあげた。
つづく
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