第19話 百合
クロードに襲われた場所――入口付近の巨大な縦穴をある程度下層に降りると、ワーレンは無数の横穴へ枝分かれし始める。
横穴に入った先はさらに分岐しており、無限とも思われるような広大な空間を形成している。
その広大な空間こそが、ハンター達の仕事場だった。
ハクトは記憶を頼りに、彼が巨大エッグを発見した場所まで単車を走らせた。
「……ここだ。間違いない」
見覚えのある横穴の前に出て、ハクトは単車を停めた。
単車を通せないほどの細い横穴をくぐった先には、少し広めの部屋のような岩場がある。
「案外、入口に近い場所にあったのだな……」
「ワーレン全体からみればまだ上層域だな。瘴気――彼岸ノ血の濃度も低いし、こんな場所じゃエッグが見つかることすら珍しいと思うよ」
リッカがランタンを手に、辺りの岩壁を照らして回る。
「見ての通り、何の変哲もない空洞だろ。“巨大鉱脈”……ギルドの思い過ごしだと思うけどな」
「ふむ……」
リッカはやおら太腿を持ち上げると、地面を踵で強く蹴った。
赤く輝くテリトリーの円が広がる。
「ハクト、ステアだ。彼岸ノ血脈を視てみるといい」
「わ、分かった」
彼女にならってハクトも足元の地面を拳で突いた。赤く広がったテリトリーのなか、伏せた両目に意識を集中し、ゆっくりと見開く。
彼の両目が赤い光を放った。
ハクトの視界に、血管のように縦横に走る赤い筋が写し出される。
「巨大エッグがあったのは、あの場所ではないか?」
同じように両目を赤く光らせたリッカが指差す先は、確かにハクトがエッグを採取した場所だ。
「……!」
その部分に見える彼岸ノ血脈は明らかに異様な動きをしていた。
血脈同士がもつれるようにして大きな塊となり、不気味に脈動している。
捻じれた血脈は岩壁の奥へも伸びていて、いくつもの塊がぼこぼこと蠢いているのが見えた。
「……何だこれ……?」
異様な光景に、ハクトの声が上ずった。
「見るからに彼岸ノ血脈が乱れているな。ここを突けば彼岸ノ血が一気に溢れ出すだろう、エッグという形でな」
「つまりこれが、“巨大鉱脈”……?」
「エッグが数多く産出されるという点ではそうだ。ギルドの想定は間違っていない。……だがそれは、いわば腫物を潰せば悪い血が噴き出るようなものだ、傷も化膿する。ここからエッグを採取し続ければ血脈の乱れはさらに広がって行くだろう」
リッカは爪先でとんと地面を軽く突いた。
広がっていたテリトリーが消失する。
「……大探索……止めるべきなんじゃないか」
ハクトはリッカの顔を覗き込んだ。
「……ふむ」
「師匠、あんたが人の営みを否定しないって立場なのは理解してる。けど俺達、本当はかなり危ない状況にあるんじゃないのか? 俺、何となくだけど、あんたが何かを隠してる気がするんだ」
そう言うハクトにリッカが目を向ける。
「……どういうことだ?」
「地震だよ」
先ほどワーレンに入る直前に、ずしん、という響くような地震があった。
ハクトがリッカと出会った後、すでにこれまでに何回か、似たような地響きに遭遇している。
以前ハンターとしてワーレンに潜っていた時にはこんなに地震が起きていただろうか?
すぐに収まる地震だ、彼が単に気に留めていなかっただけかも知れない。
だが――。
「師匠が俺に弟子入りの話をしてくれたのも、地震が起こった直後だっただろう。師匠は何か心当たりがあるんだよな? だって地震が起きた時、あんたはいつも真剣な顔になってる」
リッカはハクトを見つめたまま、スキレットを取って無言で酒をあおった。
「……師匠。それって、俺があの巨大なエッグを採取したのがきっかけだったりするんじゃないのか」
言いつのるハクトから視線を外し、リッカは口を開いた。
「すまない、今はまだ言えない。だがお前はわたしの弟子だ。わたしが必ず説明するゆえ、その時を待て」
「……」
もう一度スキレットをあおり、細く息を吐いてリッカは続ける。
「……ギルドの大探索についてはお前の言う通りだろう。幸い、ここは小部屋のような空間だ。ここへ至る細道を破壊して塞げば、再発見は容易ではない。この場所は封印しよう」
「……そうだな」
その時、二人の間に背後から白く輝く刃がおもむろに伸びた。
「その場を動かないでください」
「……!」
思わず動きを止めるハクトとリッカ。
目の端でその刃を辿ると、鋭い槍の穂先が見えた。穂先の根元には斧刃がある。
槍と斧がひとつになった長柄の武器――ハルバードだ。
ハクトはその得物を得意とする人物をよく知っていた。
その人物はこのハルバードを使い、見習い時代のハクトに白兵の基本を叩き込んだ。
「今……あなたの口から破壊して塞ぐ、という言葉が聞こえました」
長大なハルバートを小ゆるぎもせずぴたりとこちらへ突きつけているのは、白いロングコートをまとったしなやかな肢体の人物。
ミラ・アリクサンドル。
「……
静かな声音が、
「あなた達には事情を訊く必要がありそうですね。一緒にワーレンの外へ出てください」
「……入口の拠点にいるものとばかり思っていたがな」
リッカがわずかに背後へ顔を向けて言った。
「ええ、調査は明日の早朝開始の予定ですから。他のハンターも多くは拠点の周辺で待機していましたよ。したがってマントで顔を隠した二人組が真っ直ぐワーレンに入っていく様子はとてもよく目立ちました。不審に思ったので後を追ったのです」
「ギルドマスターの割には腰が軽いことだ」
言い終わるなり、リッカは踵で地面を強く蹴っていた。
赤いテリトリーが広がる。
「!」
次の瞬間、リッカの姿がその場から消えていた。
リープしたミラの背後から、鋭い蹴りが放たれる。
白いコートをひるがえし、ミラはその蹴りを避けていた。
同時にハルバードが薙ぎ払われる。
背面へ転身し、その横薙ぎを避けるリッカ。地面に手を着いたと同時に、テリトリーの中から小太刀のタスクを手に取った。
「初見で避けるとはな。さすがはギルドマスターといったところか……勘が鋭い」
と、両手の小太刀を交差させて構える。
フードがめくれて彼女の長いウサギの耳が揺れている。
「このわたしが、動きを目で追えないとは……何者です?」
ミラもハルバードを脇に構え、低く腰を落とした。
「……いえ、そもそもワーレンで肌を曝したその無防備からして尋常の存在ではありえない。その長い耳も……ふざけた髪飾り、という訳ではなさそうですね」
声に動揺は見られるが、構えに隙は無い。ギルドマスターは注意深く間合いを保っている。
「人のように見えて、人ではない、何か。そう……まるでバニーが、とてつもない進化を遂げたかのような……彼岸の気配を感じます」
リッカは口の端だけで笑った。
「……つくづく、勘の鋭いことだ」
ハクトは思わず一歩を踏み出し、二人の間に立った。
「ま、待ってくれミラ! 話を、聞いてくれないか」
ミラのマスクがハクトの顔を向く。
「……あなたは……まさか」
ハルバードの穂先が、そこで初めて乱れた。
つづく
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