第31話 地割
単車を倒し、何体ものバニーを跳ね飛ばしながら地面をスライドさせていく。同時に後部座席から跳躍するリッカ。
ハクトは傾いた車上から腕を伸ばして地面に右拳を当てた。
――マーク。
彼を中心に、赤く輝く円形が広がる。
地面の中から刀のタスクを掴み上げ、ターンで単車を起こしながら一気に薙ぎ払った。何体かのバニーを切り裂いて生じた隙に、刀を肩の上に構える。
――ステア。
視界に、彼岸ノ血脈が映し出された。
周囲をバニーの群れに取り囲まれているため、クリティカルポイントが無数の星のように輝いて見える。
――リープ。
ハクトはバイクのシートを蹴って跳んだ。
同時に放たれた一閃が、十数体のバニーを一瞬で両断する。
辺りを包む血煙のなか、彼は二閃、三閃と跳んだ。
クリティカルポイントを破壊されたバニーから生じたいくつものエッグが、きらきらと宙に舞う。
そのうちの二つを掴み、ひとつを口に運びながらひとつを横に投げた。
投げた先にリッカがいる。
彼女もすでに小太刀のタスクを手にして、大量のバニーを消し去っていた。
受け取ったエッグをかじる彼女に、ハクトが言った。
「師匠、いくらワーバニーの俺達でもこの群れを全部相手するのは……」
「うむ……確かにやみくもに斬っていても、先は見通せないな」
考えながらも、二人はクリティカルヒットの手を止めなかった。
バックパックに入れた、マンティコアから回収したエッグ――。それにバニーをある程度引き寄せる効果があるかも知れないが、大群全体を押しとどめるほどではない。
二人のクリティカルヒットが、一度に何十体ものバニーを斬り捨てているが、それでも全体の一割に満たないだろう。
群れは着実に街へと向かっている。
「……見間違いかも知れないけど、師匠。さっき地割れの下に向かって光るものを見た。雷みたいな――」
リープの着地をしたハクトと、彼のすぐそばに着地したリッカの肩が触れ合う。
「地割れの下……やはりワーレンで何か起きているのか」
二人はあらためて周囲を見回した。
バニーの数は増え続けている。
ワーレンを調べる必要はあるだろうが、このままここに留まって少しでもバニーを削るべきだろうか。バニーを完全に倒すことができるのは、ハクトとリッカの二人だけなのだ。
と、そこへもう一台の単車が激しい駆動音とともに突っ込んで来た。
薙ぎ払われたオレンジ色の光とともに、複数のバニーが切り裂かれる。
「……二人とも! 遅くなりました!」
ハルバードを手にしたミラが車上から叫んだ。
「ミラ!」
「ギルド所属の全ハンターに動員をかけました。街の防衛は彼らに託して、わたしは前線でこの波状攻撃の圧力を削ることにします!」
「ちょうどいい所に来た。ミラ、わたし達はワーレンを調べる。この場を頼めるか」
リッカが呼びかけると、ミラは小さくうなずいた。
「ええ、もちろん。ワーレン調査の必要性はわたしも感じていたところです。彼岸ノ血の中でも行動できるあなた達なら適任でしょう。ここは任せてください」
言葉とともに振り払われたハルバードの斧刃が、周囲のバニーを一掃した。
「気を付けて行って来てください、二人とも。特にハクトくん、わたし以外に殺されたりなんかしたら殺しますからね?」
「ん? う、うん。ミラも気を付けて」
「ありがとう。でも忘れていませんか、ハクトくん。わたしはミラ・アリクサンダル、人呼んで“白百合”。オリエンテムレプスハンターズギルドのギルドマスターにして、何よりあなたの師匠です」
ハルバードを肩に担ぎ、ミラは不敵に微笑んだ。ボブカットの髪が軽く揺れる。
「数は多くてもマンティコアと比べれば遥かに小物。この程度、造作もありませんッ!」
地面に石突をぶつけると、ハルバードがオレンジ色の光を放つ。
同時に振るわれた幾筋もの剣閃が、辺りのバニーの群れを吹き飛ばした。
彼女に後を任せ、ハクトは倒れた単車を引き起こして起動させた。
彼の背後に乗ったリッカが、行く手の地割れを指差す。
「あそこから行こう」
「……マジか」
「せっかくできた近道だ。使わない手はない」
「あれ近道って言うのか……?」
リッカがハクトの肩を叩く。
ハクトはアクセルを思いっきりひねった。
進行方向から跳びかかってくるバニーを刀で切り裂きながら進み、そのまま地面に生じた亀裂に向かって真っ直ぐに跳び込む。
一瞬の浮遊感の後、タイヤが向かいの崖にぶつかる感触がハンドルに伝わった。
アクセルは開きっぱなしだ。ほぼ垂直な崖を削るように単車は地割れの中へ滑落していく。
少しでも平坦な部分があればそこを足場にし、あるいは新たに崖を登って来るバニーの群れを踏み台にして下を目指していく。
いつしか地上の光は届かなくなり、辺りはワーレンの暗闇に包まれ始めた。
ようやく地面らしい場所に着地したのは、ワーレンのかなり深い層だった。
彼岸ノ血がぬかるみを作っている。ハクトが最初にリッカと出会った場所とよく似ていた。
ハクトはぐったりと運転席にもたれた。
「……降りきったぞ。単車の運転うまくなったな、俺……」
「先はまだあるようだがな」
さらに深い場所へと続く亀裂が少しずれた場所に開いていた。
赤いぬかるみが、亀裂の下へとゆっくりと流れ落ちていくのが、単車のライトに照らされている。
「……ネザー・ワーレンに続いているのかな」
リッカは首を巡らせて、洞窟を見渡した。
「この辺りなら、ネザーもそう遠くはない。このまま横穴を下って行ってみよう」
リッカの示す方へ、ハクトは単車を走らせた。車輪が赤いぬかるみをはね上げて行く。
駆動音が洞窟内に響き渡っているが、バニーが寄って来る気配は無かった。全部地上へ向かっているのだろうか。
やがて単車は、見覚えのある大空洞に出た。
液状化した彼岸ノ血が幾筋もの小川を作っているのが見える。
ワーレンの最奥区域、ネザー・ワーレンだ。
「……」
以前来た時はあちこちにエッグが生成されていて、暗闇の奥にもちらちらと夜空の星のように瞬いて見えていたものだ。
今はそれらが全く見当たらない。
「本当にワーレンからエッグが失われているのか……?」
「大型のバニーの気配も感じないな」
リッカが後部座席の上で立ち上がって耳を立てている。
「……師匠、マンティコアから回収したエッグ、ここで還しておく?」
比較的大きな川の側で、ハクトは単車を停めた。
「うむ……今起こっている事態に対して、どれほどの意味があるか疑問だが……」
リッカはハクトのバックパックを開いて、中のエッグを掴み上げると、側を流れている赤い川に向かって投げ捨てた。
赤い燐光をともなって、飛沫があがった。
静かな大空洞に、エッグを投げ捨てる音だけが響く。
「……もったいない。捨てるなら、くれないか」
「……ッ?」
不意に届いた声に、二人は動きを止めた。
咄嗟に周囲を見回す。
川の対岸が、土手になっている。
そこに転がっている岩のひとつが動いたように見えた。
人影だ。
誰かが、岩に腰かけてこちらを見ている。
「まさか……」
目を見張っているハクトの前で、人影はおもむろに身を起こした。
ゆっくりと川の方へ歩み寄って来た人影を、川の放つ燐光が赤く照らす。
「お前は……ッ!」
照らし出されたその顔を見て、ハクトは言葉を失った。
「……やあ、ハクト。僕だ。クロードだよ」
そこで柔和な笑みを浮かべているのは、クロードの姿だった。
彼の黒髪の間から二本、ウサギのような長い耳が伸びているのが見える。
つづく
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