エピローグ

 煌めく細かなエッグに包まれながら、ハクトとリッカ、エヴァンジェリンはギルド本部へ向かってゆっくりと高度を下げていく。


「……リヴァイアサンのあの目、もしかしたら彼岸ノ血脈の“コア”だったのかもね」

 と、エヴァンジェリンは摘まみ取ったエッグの粒を口に放りながら言った。


「コア……?」

「成る程……つまりあの赤い目を貫いたハクトの一撃が、まさにリヴァイアサンにとってのクリティカルヒットだったということだな」

 うなずくリッカだが、ハクトはまだ理解が及んでいない。

「どういうことだ?」


「そもそも、クリティカルポイントは彼岸ノ血脈と繋がった点だ。仮にその血脈の中心となるコアというものがあって、それを断つことができたならば、すべてのクリティカルポイントにその影響が及んだとしてもおかしくはない。見てみろ――」

 と、彼女はリヴァイアサンの出現によって崩壊した荒野に視線を向けた。

「あれほどいたバニーも、全て彼岸に還ったようだぞ」


 確かに、荒野を充たしていたバニーの赤い群れが、今はどこにも見当たらない。

 きっとミラ達が防衛線を張ったギルドの屋上に押し寄せていたバニーの群れもいなくなっているはずだ。


 ほっとしかけたハクトは、そこで思いとどまった。

「……いや、ちょっと待ってくれ。すべてのクリティカルポイントって言ったよな。俺達ワーバニーにもクリティカルポイントがあるはずだろ?」

 自分達は無事なのか。


 エヴァンジェリンが口元に手をやって笑った。

「自分で言ってて気づかないんだ、ウケる。エヴァ達はワーバニー――それがすべてでしょ。半分、人なのよ。バニーなんかと一緒に考えるなってこと」

「ふむ。結果から考えれば、わたし達のクリティカルポイントは、バニーのそれとは、似て否なるものだったということだろう」

「いまいち安心できないな……」


 エヴァンジェリンは大きく伸びをして続けた。

「でもま、平気とは言えないかもだけど。このエヴァがこんなに疲れちゃってるのもそのせいかもね。あーあ、何か甘いもの! プディング食べたい! あとクリームとシロップがたくさん乗ったパンケーキ!」

「そうだな、わたしも今は思いっきり酒を呷りたい」

「今は……というか、酒ならいつも思いっきり呷ってるだろ、師匠は」

「愚か者! リヴァイアサンとの戦いの間は一滴も呑んでいないのだ! 過去最長の断酒状態だぞ!」

「いやリッカうっさ。誤差でしょ、そんなもん」

「エヴァまで!」


 ギルド本部が近付いて来ると、ハルバートを手に屋上の端に立っているミラが見えた。大きく片手を振っている。

 屋上の縁に着地するハクト達。同時に彼らの角と翼が消える。

「おかえりなさい、ハクトくん。きっと戻って来ると信じていましたよ」

 そう微笑むミラの髪や純白のコートは血で汚れていた。

「無事なのか、ミラ……!」

「これは返り血です。わたしも含めみなさん平気ですから安心してください」


 屋上には、疲れた様子ながらどこか穏やかな様子で休むギルドハンター達の姿があった。

「うわあああん、姫! ハクト君にエヴァちゃん! 良かったっすよぅ~!」

 半泣きになりながら、サブリナがリッカに抱き付いてきた。

「……エヴァちゃん……?」

 後ろでエヴァンジェリンが微妙な表情を見せている。


「サブリナ、建物の中に避難していなかったのか」

「中に避難してたら余計怖いじゃないっすか! 覚悟のうえとか言ってみたけど全然ムリだったっすよ! あああ、助かったっす~!」


「さすがのあたしも肝が冷えたけど、あんた達なら必ずやってくれると思ってたわ。それよりほら、聞こえない? 建物の下を見てごらんなさいよ」

 同じく返り血を浴びたジェイムズが屋上の端を顎でしゃくった。


 言われて気付いた。

 響くようなざわめきが聞こえる。ハクト達が下を覗き込むと、さらに大きな喧騒に包み込まれた。

 ギルド本部に避難していたオリエンテムレプスの住民達が全員外に出て彼らに感謝の歓声を送っているのだ。


 エヴァンジェリンが呆れたように片眉をあげた。

「……何これ。ワーバニーがこんなに人目に晒されるとかありえないんだけど」

「今さら何言ってんのお嬢ちゃん。ワーバニーだろうが何だろうが、あんた達は人を救った英雄なのよ。しっかり胸を張りなさいな」

 ジェイムズに背中を叩かれ、彼女は唇を尖らせている。

「ちょっ、ねぇえ! 痛いんだけど、おじさんさぁ!」


「……わたしの言葉を覚えていますか、リッカさん」

「ん?」

 ミラがリッカの横に並んで言った。

「真の英雄とは困難に立ち向かい、その困難を打ち砕き、そして勝利の拳を天に掲げるものです」

「……そう言っていたな」

「心からのお礼を。リッカさん、あなた達は真の英雄です。それでこそハクトくんの師匠を名乗るにふさわしい」

「……うむ」


 上空に漂っていたエッグの粒子が、地上付近まで降りてきた。陽の光に照らされて辺りが光の粒で満たされる。

「さあ、三人とも。街のみなさんに、応えてあげてください」

 ミラがハクトとリッカの腕を、ジェイムズがエヴァの腕を取って、思い切り上に掲げた。


 途端に地響きのような歓声が沸き上がる。


 戸惑いはある。

 酷使した身体の節々も痛む。

 それでも、手放しの賞賛を浴びることは悪いものではない。

 ハクトはリッカやエヴァンジェリンと顔を見合わせ――やがて全員で笑った。


「ぎゃふふ、会心の笑みって感じっすね。いい顔……はいは~い、撮るっすよ~!」

 いつの間にかサブリナがカメラを手にしている。


 ハクト達の姿をフレームに収め、シャッターを切った。



おわり

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ヒガン・バニー 〜相棒に裏切られて死の淵をさまよった俺、奈落の底でウサミミ美女に弟子入りしてクリティカルヒットを伝授される〜 マガミアキ @AKI_Magami

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